目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 私の居場所

父さまが呼び止めたので、私たちはベッドサイドに戻った。


並んで座ると、父さまは大きく息を吐いて話し始めた。


「ふたりにはとても感謝している。今まで生きてきて、これほど人の優しさを感じる生活は初めてだ。ふたりがどんなに俺を思ってくれているか、俺に気づかせてくれた。それだけでも、この両足を失った意味があると思えるんだ」


私は胸が熱くなった。


「ユーナ、ありがとう。いままで寂しい思いをさせてすまなかった。俺を恨んでいるだろう? それなのに、こんなに優しくしてくれて……」


胸の熱さがこみ上げてくる。


あっという間にまぶたにたどり着き、熱さがあふれだした。


父さまは私を見て手を出した。優しい目だった。


私は父さまの胸にすがりつき、何度も首を振った。


父さまは私を抱きしめて頭をなでた。氷丸と同じように。


でも、今私を抱きしめ、優しく頭をなでてくれているのは氷丸じゃない。

父さまなのだ。


私は初めて父さまの腕に抱かれながら、涙が止まらなかった。


こんなにも、父親の愛に飢えていたなんて。


嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。


「お前が赤ん坊のころ、俺はちょうど仕事が乗ってきたところで……仕事が楽しくて仕方がなかった。お前の母さんは身体を壊して転地療養していたし、ほとんど家にも帰らなかった」


「……」


「たまにお前に会っても、どうしたらいいかわからなかった。俺は赤ん坊の世話なんてしたことがないし、お前は小さくて柔らかくて……壊れ物みたいで恐ろしくて、ろくに触ることもできなかった。モエに叱られて何度か抱いたが、泣き出すお前をどうしていいかわからなくて、次第に遠くから見ているようになった」


ドキドキする。


父さまが、こんな風に自分のことを話すのは初めてだ。


「そんな俺にお前がなついてくれるわけもなく、大きくなるにつれてお前も俺を避けるようになっていった。自分で蒔いた種とはいえ、正直寂しかった。昔から周りの人間に可愛がられる性格じゃなかったが、自分の子供にすら愛されない自分が心底情けなかった」


父さまは息をついた。


「だから……氷丸は、精一杯愛してやろうと思った。ユーナにしてやれなかった分も、俺のすべてをかけて、氷丸を愛して育てようと思った。氷丸も俺の愛情に十分応え、素晴らしく成長してくれた。俺を愛してくれた。それが……俺は、嬉しかった」


氷丸が動いた。


「それは……、それならなぜ。気づいたときから、姫様にも同じように愛情を注げばよかったじゃないですか」


まったくだ。


「しかし……気づいたときにはもう、ユーナは結構大きくなっていて。俺は赤ん坊が苦手だが、女の子も苦手なんだ。どうしよう、どうしようと思っているうちに、どんどん大きくなってしまって。俺は、女の子っていうのはどうも苦手なんだ。どう扱っていいかわからん。照れくさくってな」


私は呆れて顔を上げた。


父さまは真っ赤になって鼻をかいていた。


「ユーナを自然に可愛がるお前がうらやましかったよ」


「呆れましたねえ」


氷丸も呆れたらしい。


「自分の子供なのに、なにが照れくさいのよ! もう!」


父さまはモジモジと「うん」とか「そうだな」とか小声でつぶやいている。


「ま、炎丸様はシャイですからね。無理もないか」


なにっ? 父さまがシャイ?


「でもこれからはそんなことじゃいけませんよ。姫様が可愛いなら、ちゃんと可愛いと言わないと。言葉にしないと通じませんよ、姫様は鈍いんだから」


「そうよ! いい年して照れないでよ!」


氷丸は私の頭をコツンと叩いた。


「こら、なにを威張っているんですか。さっきまで自分だってモジモジしていたじゃないですか」


私は赤面した。


父さまがニヤリとする。


悔しくなって、私は父さまに抱き着いておでこにキスをした。


父さまは目を見開いてオタオタしている。

やったね!


「姫様、見事な一本勝ちです。いや、素晴らしい」


氷丸は声を殺しながら笑っている。


「ばかもん、親をからかうな! いいから早く帰れ!」


「はあい。帰ろ、氷丸」


「ええ、そろそろ帰らないとサエキさんに怒られますね。行きましょう」


私たちはもう一度父さまにお休みを告げ、部屋を出た。


なんだかウキウキが収まらない。

氷丸の腕に手を通すと、彼も嬉しそうに私に微笑みかけた。


「初めてだね。父さまが私のことあんな風に言ったの」


「炎丸様は今までもずっと姫様のことを愛していましたよ。ただ、どうしようもなく照れ屋なんです。だからつい、ぶっきらぼうになってしまうんですよね。姫様もこれからは、そこのところを汲んであげてください」


「そうだったんだ。モエとハルトにも言っちゃおうっと」


「ふたりともわかっていますよ。炎丸様の気持ちに気づいていないのは姫様だけだったんです」


「……」


今まで、父さまは私のことを要らないんだと思っていたけれど。


そうじゃなかったんだ。

父さまも本当は私のことを好きなのに、照れて言動に出せなかっただけなんだ。


私はもう、要らない子供じゃない。

愛され、必要とされている子供。


この場所にいていい人間になれたんだ……




しゃぶしゃぶをつつきながら、ふと思い出して「サエキさんって誰?」と聞いてみた。


「なにを言っているんですか。特別室担当のナースエイドじゃないですか」


あの美人の看護助手か。

それにしても……


「何度か顔合わせてるけど、名前なんて知らなかった。いつ自己紹介しあったの?」


「それは……ええ。大切な炎丸様をお願いするのですから」


……さすが。


私は精一杯皮肉な声で言ってやった。


「氷丸は女の子が苦手じゃないんだね。むしろ得意なんでしょう」


「はは……女の子の扱いは姫様から学ばせてもらいました。俺は幸運ですよ。シャイじゃありませんからね」




氷丸はあれからサングラスを気に入ったようだ。


仕事に行くときもプライベートでも、薄いカラーレンズのサングラスをかけることが多くなった。


どうして外さないの、と聞くと「姫様がかっこいいと言ってくれたので」と答えた。


父さまは家の近くの大病院に転院した。


インターネットがつながる豪華な特別個室におさまり、リハビリ、義足の調整、車いすの練習、と忙しそう。


さらに、最近出回り始めたノート型パソコンを病室に持ち込んで仕事もしているようだ。

療養しなさい、とドクターたちに叱られているとのこと。


今、執務室や父さまの寝室、トイレやお風呂にリフォームが入っている。


父さまは部屋のしつらえを変えることに渋ったけど、氷丸が強引に進めてしまった。

車いすや義足でも使いやすいように、水回りも介助ができる安全仕様に作りなおしている。


父さまが入院している間に完成する予定なのだけれど、「できるだけ早く済ませろ」と騒ぐので氷丸になだめられている。


私は学校が終わると、そのまま父さまの特別室へ顔を出す。


家にいてもリフォームの工事音がうるさくて勉強できないから、と言うと父さまも止めなかった。


父さまは、数字や図や英語がいっぱい載っている資料を見ながら、パソコンをダカダカやっている。


難しそう。

父さまも氷丸も、よくこんなのずっとやっていられるなあ。


宿題が終わってソファーで暇そうにしていると、父さまが話しかけてきた。


「ちゃんと覚えているか?」とライエの家系図を見せたり、「なになに社は知っているか?」と仕事相手の会社を教えようとしてきたり。


「わかんない。ねえ、もういいでしょ。マンガ読みたいんだけど」


「こら、真剣に聞きなさい。いずれはお前がライエの屋敷も本部も引き継ぐことになるんだぞ。今から少しずつ慣れておきなさい」


「!」


冗談じゃない。こんな難しいこと、まっぴらごめんだ。


私は改めて宣言した。


「私、ライエの仕事は向いてないよ。だから跡も継がない」


父さまは「ばかもん。お前が継ぐことに決まっているんだ」と怒ったけど、もう怖くなかった。


氷丸が来ると、父さまはプリプリしながらその話をした。


氷丸は苦笑いしながらこう言った。


「姫様はまだ子供ですから。いずれ俺がなんとかしましょう」


なんとかされてたまるもんか。


父さまと仲直りはしたけど、それとこれとは別問題。


長い戦いになりそうだ。


でも負けるもんか。


本当の自分らしさはまだ見つけられないけど、私は私の居場所を見つけた。


だからこそ流されちゃだめ。

これからは自分らしさを探していかなくちゃ。


私は私の望む私らしい生活を手に入れるため、これからも戦い続けるのだ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?