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第11話 見たことのない学ラン

6月に入ったのに、今日はうすら寒い。

雨は上がったけれど、梅雨空の土曜日だった。


課題の提出が遅れて居残りになり、学校を出たのが1時過ぎ。


お腹空いた。


今日の午後は氷丸と一緒に父さまのお見舞いに行く予定だ。


きっと氷丸もお腹を空かせて私を待っている。

もし先にお昼を済ませていたら許さない。


うちの正門が見えてくると、ふと気づいた。

学ランの男の子が正門前にいる。


やだな。


観光気分でうちの周りをうろついたり、のぞき込んだりする人はけっこう多い。


私はいつも正門横の通用口から出入りしている。

もちろんカギがかかっているので開けて入るのだけど、入るところを見られたくない。


私は使用人たちが使う裏門から入ることにした。

裏門も車用引き扉横に通用口があり、私はそこのカギも持っている。


正門までならあと3分の距離なのに。迷惑だなあ。


でもどうしよう。

正門を通り過ぎて、右手に折れると裏門なのだけれど、そのルートなら7、8分でつく。


だけど男の子に見られないように、ぐるっと回り道して裏門を目指すと20分はかかる。

しかも10分は登り坂だ。


もちろん回り道が安全だ。


安全だ……けれど。


この空腹で10分の登り坂。気が遠くなる……


私は正門通り過ぎルートを選択した。


自然に通り過ぎれば大丈夫大丈夫。

この道は私の学校の通学路だから、同じ制服を着た女の子が何人も通っている。

特に私を気にするはずもない。


そう結論付け、私は歩き出した。


男の子は通用口の前でキョロキョロしている。


もしかしてうちに連絡を取りたいのだろうか。


でも残念でした、正門にはインターホンもありません。


基本的にうちに訪問するときは事前に連絡や約束があるはずで、飛び込み訪問なんかはできないのだ。


荷物のお届とかは事前連絡の上、裏門を案内される。

そこでインターホンを押せば使用人の誰かが裏門を開けに行くようになっている。


お招きしたお客様の場合は、もちろん正門をご案内する。


訪問予定時刻が決まっていれば、使用人が門番として待機する。

決まっていない場合は電話で正門に着いたことを知らせてもらい、使用人が門を開けに行く。

そのため正門横には公衆電話も設置してある。


まあ、最近は正門を案内するような人は、携帯電話を持っていることも多いけれど。


通り過ぎるとき、チラリと見てみた。


学ランでこの辺を歩いている男子もよくいるから、付近の学生かと思ったけど、よく見ると違う。

見たことのない学ランだ。


氷丸が学ランだったから、微妙な違いがあることがわかる。

袖裏とか金ボタンの模様とか……


すると、男の子がこっちを向いた。


目が合う。


やばっ!


私は歩みを早め、角を曲がって裏門へ急いだ。


通用口のカギを探しながら息をつく。


ふう、危ない危ない。

まさか目が合うとは思わなかった。


えと、ここのカギは……


「あの」


背後から声を掛けられ、私は心臓が飛び出した。


振り向くと、学ラン男子がすぐそこにいる。


「ごっ、ごきげんよう!」


反射的に返答した。


男の子はポカンとしている。


そのすきに私はなんとか鍵を開け、扉にすべりこんだ。


内側から鍵をかけ、飛び出しそうな心臓を手で押さえる。


あ、あとをつけられたの? やだやだ怖い!


ここからだと、正面玄関に行くよりモエたちの家の玄関の方が近い。


私は走り出した。


モエたちの家は使用人屋敷で、通路で本館とつながっている。


今住んでいるのはモエ夫婦だけだけど、かつては住み込みの女中さんが使っていた小部屋がいくつかあって、今も通いの家政婦さんたちの控室になっている。


玄関を入ると大きな土間になっていて、テーブルやいすがある。庭師さんたちの休憩所だ。


私は引き戸の玄関を勢いよく開けた。


土間にはハルトがいた。


「姫様!?」


「ハルト!」


私はハルトに抱き着いた。


「どうしました!?」


「よかった。あ、あのね……」


私は息を整えた。


安心したらなんだか涙もにじんできた。


「し、知らない人に話しかけられて。正門のところにいたの。それで裏門にきたんだけど、あ、あとをつけられて」


ハルトはギュッと私の腕をつかんだ。


「大丈夫ですか?」


「う、うん。私、びっくりして……」


ハルトは深呼吸をして私の腕をさすった。


「おうちに入っていてください。わたしが行ってきますので」


私はうなずいた。


「どんな男ですか?」


「え、と……。学ランで、じゃがいもみたいな……」


「……少年ですか」


「うん、そう」


ハルトは少し息をついた。


「念のため、氷丸様にお話ししてもらえますか?」


「うん、わかった」


ハルトはうなずき、速足で裏門へ向かった。


私は一度靴を脱ぎ、高い上がりかまちから中に入った。

靴をもって女中部屋を通り過ぎ、本館への通路に向かう。

使用人屋敷と本館を仕切る扉前のポーチでもう一度靴を履き、本館に入る。


ロビーに出ると、氷丸が正面玄関を出ていくところだった。


「あっ、氷丸!」


慌てて呼び止めると、氷丸は振り向いた。


「あのね、今……」


「ああ、わかっています。俺の知り合いです。大丈夫ですよ」


「え」


氷丸はわき目も振らず走って行った。


「なんだ」


氷丸の知り合いか。よかった。


私は自分の部屋に向かい、私服に着替えた。


そうか。

もしかしたら、エデュケイション中の子かもしれない。

たしか、今エデュケイションを受けているのは中学三年生の子がひとり。

それくらいの年頃だった。


でも、エデュケイション中の学生がライエの屋敷に来るのは禁止されているはず。


それに、なにか事情があって来たのなら、ウロウロしないで氷丸の携帯に電話すればいいのだし。


あれ? 私まだ氷丸になにも言ってないのに、なんで氷丸は迎えに出たの?

どうしてわかったんだろう。


やっぱり氷丸って、なんかテレパシー的な力をもってるんじゃないかなあ。


モヤモヤした気分で部屋を出ると、玄関が開いた気配がした。


階段の上から様子をうかがうと、氷丸とハルトと、例の学ラン男子がいた。


え、うちに入れたの? やだどうして!


私は慌ててもう一度部屋に入った。


どうしよう。

さっき無視して裏門の外に置いて来ちゃった。


氷丸の知り合いだなんて思わなかったから。

でも失礼な態度だって怒ってるかもしれない。


グルグルと思い悩んでいると、氷丸が部屋に入ってきた。


「姫様、いいですか?」


「な、なに?」


「今、門の前で彼に会ったのですよね。紹介したいのですが、降りてきてもらえますか?」


「え……やだ」


「モエが彼も昼食を一緒に、と。姫様もお腹空いているでしょう?」


「……」


私は小声で聞いてみた。


「私、さっき失礼な態度とっちゃって。あの子、怒ってない?」


氷丸は微笑んだ。


「大丈夫ですよ、なにも気にしていません。さあ、食事にしましょう。サーモンとじゃがいものクリームグラタンが待っていますよ」


「う……」


好物で釣ろうとは、卑怯者め。


しぶしぶ一緒に降りると、学ラン男子はハルトと一緒に階段下にいた。


私に気づくと、彼は頭を下げた。


私も彼の前に行き、頭を下げた。


「あの、さっきはごめんなさい」


「えっ?」


学ラン男子はきょとんとした。


「氷丸の知り合いだなんて思わなかったから。無視しちゃってごめんなさい」


「ああ」


彼はうなずいた。


「ごきげんようの子か!」


「!」


合点がいった、という顔で何度もうなずいている。


も、もしかして、私のこと、さっき入り口で会った子だとわかってなかったの?


氷丸が「さっき会ったんだろう?」と彼に言った。


「だって、わかんないですよ。おんなじ制服着ている女の子いっぱい通ったし。だけど、この子は俺のことジロジロ見てきて、だから聞いてみようと思ったんですよね。ライエの家の場所」


「!」


顔が熱くなる。


「そしたらごきげんよう、なんて言って逃げてっちゃうんだもん」


氷丸とハルトは笑った。


「でもおかげでインターホンが見つかって、氷丸様に迎えに来てもらえたんで。そっか、俺こそすいません。びっくりさせちゃって」


「……」


「あ、はじめまして」


学ラン男子はペコリと頭を下げた。


「キザキ・リョータです」





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