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第2話 伝えたいこと

例の最終審査のあと。

関係者がレイジの病室に集まり、審査の不正については話がついた。

レイジがかばってくれたおかげで俺は命拾いしたのだ。


そのあと俺がけがの治療を受けている間に、炎丸様はキザキ・リョータに告げていた。


最終審査は合格だ、と。

君さえよければエデュケイションに入ってくれ、と。


だが、キザキ・リョータはそれを断っていた。


ライエのことも氷丸様のことも信用できない、エデュケイションを受けるつもりはない、と。


無理からぬことと炎丸様も納得し、後日その話を聞いた俺は後悔にむせび泣いた。


キザキ・リョータの潜在能力は間違いなく本物だった。


心身ともに正しく教育すれば、いくらでも伸びていく。

伸びしろしかない才器だった。


まだ掘り起こされたばかりのその原石は、第四代氷丸を凌駕する未来をもって、磨かれる日を待っていたのに。


彼を失ってしまったことは、ライエにとってどれだけの損失であったろう。


俺が愚かだったばかりに……




「親は、炎丸様から今回はご縁がありませんでしたが、って言われて、てっきり不合格だったんだろうと思ったそうです。俺も断ったとは言いづらくて、そのままにしといたんですけど、この間兄ちゃんがバラしちゃって」


俺と炎丸様はうなずいた。


「そしたらまあ、怒ること怒ること。お前がじいちゃんに影響されて、どうしても玉の継承者になりたいって言うから苦心して大金こさえて都会に出してやったのに、断るとはなにごとだ、って。審査でいやなことがあった話もしたんだけど、そのくらいのことでなんだ、この根性なしって。炎丸様にただで教育してもらえるのに、ありえん、もう一度頭下げてお願いして来いって」


俺たちは再びうなずいた。


思いがけない逆転劇……俺は胸が高鳴っていた。


「俺も、あのときは頭に血がのぼってたんで、氷丸様やレイジさんに教育されるなんてごめんだと思ったんだけど。でも落ち着いて考えてみたら、なんかすげえもったいなかったかな、って。ふたりも反省してるみたいだったし、エデュケイション受けてもよかったんじゃないか、って思えてきて」


「うむ」


「一度は断っちゃった手前、恥ずかしいんですけど。もし、取り消せるなら、やっぱり炎丸様に教育してもらいたくって。それが可能か聞きたかったんです」


炎丸様が俺に視線を送ってきた。


俺はもちろん、大きくうなずいた。


炎丸様はひとつ息をついた。


「キザキくん」


「は、はい」


「ありがとう。もちろんこちらは受け入れの準備はできているよ」


「え……じゃあ」


「だが、ひとつ確認しておきたい」


炎丸様のピリッとした声に、キザキ・リョータは背筋を伸ばした。


「俺はこんな状態だ。今後は仕事も家からすることになる。本部へ行くことはほぼないだろう」


「え……」


「つまり、実質的に君の教育は氷丸が受け持つことになる。思うところもあるだろう。エデュケイションは過酷なカリキュラムだ。信頼できるメンターからの指導でなければ耐えられるものではない。それに、君には迷惑をかけてしまったが、カリキュラムが始まれば配慮や特別扱いは一切ない。その点を考慮して、もう一度考えてみてほしい」


「……」


キザキ・リョータはうつむいた。


「答えは急がないよ。ゆっくり考えてくれ」


「……はい」


うつむくキザキ・リョータの背中を俺は見つめていた。




「今日はこれで帰ります。炎丸様、お大事にしてください」


「ありがとう。来てくれて嬉しかったよ」


キザキ・リョータが立ち上がったので、俺は近寄った。


「送るよ」


「あ、助かります。じゃあ近くの駅までお願いします」


俺はうなずいた。


「姫様、彼を送ってきますので」


「うん、いってらっしゃい」


俺は耳元にささやいた。


「遅くなるようでしたら、先に帰ってください」


姫様は不審そうな顔で俺を見つめ……うなずいた。

察してくれたようだ。


彼の家までここから30分から40分くらい。

道筋は頭に入っている。


勝負だ。




キザキ・リョータに助手席を勧め、俺も車に乗り込んだ。


家まで送ると言うと彼は首を振った。


「そんな、いいですよ。駅までで」


「いや、送らせてくれ。少し話をする時間をくれないか?」


「えー……」


「家まで30分くらいだと思う。その間、話を聞いてほしい。君も俺に言いたいことがあったら言ってくれ。どんなことでも」


キザキ・リョータは諦めたようにシートに身を沈めた。


「わかりました。言いたくなったら言います」


「ありがとう。じゃあ行こう」


「はい」


俺は高鳴る胸を抑えてハンドルを握りしめた。




「最終審査のこと、改めてお詫びさせてくれ」


「ああ……いや、もういいですって」


「君にもレイジにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。気がついているとは思うが、悪いのはレイジだけじゃない。責任は俺にある。君の潜在能力を見たい気持ちにとらわれて、公正なテストを行わなかった。本当に申し訳なかった」


「……」


「俺は今まで、自分がどんなに思いあがっていたか気がついた。君のおかげだ」


キザキ・リョータは少し顔を向けた。


「今まで守ってきた自分というものが、どんなにちっぽけなものか気づかせてくれた。第四代氷丸の看板にうぬぼれ、まわりを見下して生きてきた。そんな俺のくだらない世界を、君は打ち壊してくれた。俺に気づかせてくれた……」


「……」


「俺は改めて自分を振り返り、玉の継承者にふさわしい人物になるため、研鑽を積むことを誓った。そして、今度こそ手に入れるつもりだ。本当の第四代氷丸を」


「……そうですか」


気のない返答に傷ついていられない。

俺は深く息をついた。


「君を教育したい」


キザキ・リョータはピクリとした。


「俺のすべてをかけて、君を育ててみたい。……玉の継承者として」


キザキ・リョータが息をのむ気配がする。


「俺は今まで最高の教育を受けてきた。いや、最高だと思っていた。だけど完璧ではなかったんだ。現に、俺は思いあがった卑怯な継承者になってしまった」


「……」


「やり直したい。エデュケイションを受けると決めたあの日に戻って、間違っていたところ、足りなかったところを正し、補い、心身ともに最高の玉の継承者になりたい。しかし、俺には無理だ。成長のピークは過ぎ、伸びしろもなければ余計な知識や経験も積みすぎた。俺の中にある、理想の継承者になるのは俺には無理だ」


「……」


「君ならなれる」


「!」


「君なら俺が思い描く理想の継承者になれる。俺の理想通りの教育を行うことができたら、君なら必ずなれる。試したいんだ。今、俺の中には最高の教育プランが満ち溢れている。それを受け入れる器を持った人間に実施できれば、俺の思い描く理想の継承者……いや、心身ともに至上の領域に達した人間になれる」


「……」


「君はそれを実現できる器を持っている。それを確信した以上、俺は君を諦められない。どうか俺を信じてついてきてほしい。君を至上の人間に育て上げるために、俺はすべてをかける。約束する」


キザキ・リョータは深く息を吐いた。


彼の中で、今どんな思いが駆け巡っていることだろう。


俺のこの、暑苦しいアプローチを密室で受け止めながら。


「……ちょっとわかんないんですけど」


キザキ・リョータの問いかけに身が引き締まる。


「わからないとは?」


「要するにあなたは、俺に理想の教育プランを施して、俺を理想の継承者に育てたいってことですよね」


「そのとおりだ」


「でも、あなたは本当は自分が理想の継承者になりたいのでは? そのために研鑽を積むんですよね。俺には無理とか言ってたけど、自分が理想を目指してがんばるのをやめて、俺に理想の継承者をやらせるのは違うんじゃないかなあ」


「!」


「俺を理想の継承者に仕立て上げたところで、あなた自身は理想の氷丸になれるわけじゃないでしょう? そこんとこどうなんですか」


俺は思わず笑みがこぼれた。


「いいね。君は本当に頭の回転がいい。身体能力が抜群なだけでなく、こうして会話をしていると君がどれだけ血の巡りがいい人間かよくわかる。ますます諦められなくなってきた」


「おだてたってごまかされませんよ。質問に答えてください」


「いいだろう」


俺は深呼吸し、慎重に言葉を探した。


「君を教育する過程で、俺は自分も同じ教育の過程をたどることになる。それはエデュケイションのやり直しだ。俺もあの少年だったころに戻り、こうされたかった、ああするべきだった、という過去の後悔をやり直す。過去を昇華するんだ」


「過去を昇華……」


「それは、一番効率的な研鑽方法だろう。言うなれば理想のエデュケイションを君にも俺にも施すんだ。俺は理想を目指すことを諦めるわけではない。がんばることをやめるわけではない。君と並走して努力を続けていく」


キザキ・リョータが小さくうなずいた。


「君を理想の継承者に育て上げたとき、俺も間違いなく成長している。理想の継承者とまでは行かなくとも……今よりずっとクオリティの高い第四代氷丸になっているはずだ」


「……」


「君と一緒ならきっと成し遂げられる。そのとき君は、いまだかつてないほどの素晴らしい継承者に成長しているだろう」


キザキ・リョータは小さく長く息を吐いた。


「見えるんだ。その手に玉を持ち、自信に満ち溢れた君の姿が。そして、その横には満ち足りた顔をした俺がいる。俺には見える。その確信がある」


「……」


「協力してくれないか? ……俺の夢の実現に」


キザキ・リョータはゆっくりと俺の方を向いた。


運転中でなければその目を見て大きく頭を下げるのだが……仕方なく、小さく頭を下げた。


キザキ・リョータは大きく息をついた。


「あいかわらず、口が上手いですね」


俺は少し笑った。


「それも君のおかげだな。あの面接以来、話す、ということに敏感になったよ」


彼は少し照れたように鼻をかいた。


「俺の伝えたいことは……正確に、確実に、君に伝わっただろうか……」


キザキ・リョータはゆっくりと正面を見据えた。


長い沈黙。


彼も言葉を探しているのだ。

きっと、今の気持ちを表すのに、最も適した言葉を。


「多分」


キザキ・リョータはそう言って、大きく息を吐いた。



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