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第2話 魔王の野望 中




「ふむ……。」


 魔王城の最奥、それは人間がこの城を所有していた頃は皇居と呼ばれた場所。

 だが、魔王は骸の王。睡眠と食事を必要としない為、今は宝物庫となっており、金貨や銀貨、宝石など、この大陸に存在する富の半分以上がここに収められていた。

 宝物が微かな明かりを集めて輝き、その輝きがまた別の宝物を照らして更に輝く。年がら年中、曇天が空に広がって、常夜の魔王城でありながら、ここだけは明るかった。眼も眩む光景とは正にこの事を言うのだろう。

 しかし、約1000年の時をかけて蓄えてきた宝物庫。その数がどれだけ増えようが、その輝きがどれだけ増そうが、魔王は興味を全く持っていない。

 そもそも、宝物庫にある品々の95%以上が配下からの献上品。または魔王城へと至りながらも志半ばで散っていった勇者一行達が所持していた品。魔王自身が命じて、集めた品は数少なく、それ等も目的を失うと共に意味と価値も失っている。

 ここが宝物庫と呼ばれているのは、それ等の管理をその昔に配下へ任せたところ、その者は何を思ったのか、元皇居と呼ばれる場所に貴重な品々を置き始め、それが繰り返された結果に過ぎない。

 では、その者が何故に貴重な品々をここへ置いたかと言えば、貴重なモノは貴重なモノ同士。この地の一室に魔王がとても大事にしている拘りの品が有ったからである。


「……やはり解らないな」


 この城が魔王城と名を変えて、約1000年。

 魔物達に修繕や修復と言った概念は基本的に有らず、魔王城の各所は荒れ放題となっているが、宝物庫のこの一室だけは違った。

 1000年の月日、管理が1日と欠かさずに行き届いており、魔王が最も信頼している配下が手前の部屋に配置されて、魔王城の何処よりも強固に、厳重に守られていた。

 さして広くはない部屋の中央に置かれたセミダブルサイズの天蓋付きベッド。その薄く白いシースルーのカーテンに囲まれた中、両手を胸の前で組んで眠る骨。

 そう、只の骨である。この一点からして、それは有り得ない事実であり、その骨が何なのかという以前、魔王がどれほど大事にしているかが解る。

 何故ならば、この魔王城において、命を落とした者は例外なく生きた屍『アンデット』となり、虚ろな第二の生を受けて、魔王城を守る尖兵となる。それは骸の王たる魔王の強すぎる腐気が魔王城に漂っている為であり、早い者は死んだ直後、遅くとも死体が白骨化した時点で変貌する。

 しかし、この部屋で眠る骨は約1000年の時を経ても骨のまま。アンデット類へ対する劇毒『聖水』によって作られた氷が天蓋内を覆い、魔王の腐気から守る工夫が施されていた。

 そして、約1000年の間、この部屋の日参を魔王は1日たりとも欠かしておらず、魔王領では手に入らない貴重な『聖水』の氷を融かさずに維持する為、膨大な魔力を注ぎ続けていた。

 ところが、1000年という時はあまりに長すぎた。今や、氷の棺の中に眠る骨の正体に関する記憶は魔王の中から失われており、この部屋を魔王が訪れるのは只の日課であり、1000年の悠久が成せる惰性に過ぎなかった。


「うーーーん……。」


 寝台の前に置かれた豪奢な椅子から立ち上がり、魔王は部屋の窓辺から魔王城の上空に広がる曇天を眺める。

 その何やら思案を巡らせて唸る心の内は、大切だったモノを思い出せない苛立ちか。それとも、別の何かか。




 ******




 その世界に存在する巨大大陸、パンゲーニア。

 現存している資料が少ない為、定かではないが、大陸の中央に位置する湾の畔に『インランド王国』と呼ばれる国が出来たのは約1650年前頃だと言われている。

 その後、周囲に存在した5つの国を武力統合。広大な平原を一手に有して、その名前を王国から帝国へと変えたのが約1400年前。ここから『インランド帝国』の飛躍は始まる。


 特に第38代皇帝のエドワード8世は戦上手の傑物であり、敵味方から軍神の異名で呼ばれた。

 その公式記録として残っている生涯戦績は69戦43勝24引き分けであり、負けたのはたったの2回。大小を合わせて、15の国を征服。歴代の王、皇帝の中でも飛び抜けて、帝国の領土を広げた皇帝である。

 だが、『英雄、色を好む』という諺がある様にエドワード8世はソレが顕著で最大の欠点だった。


 美姫が隣の国に居ると聞いただけで侵略を行い、身分は勿論の事、種族すらも問わず、その眼鏡にかなった者は全て城へ連れて帰り、確認されている数だけでも108人。巨大なハーレムを造り上げた。

 その中でも元の身分が定住を持たない旅の踊り子だった為に序列は低かったが、第78位皇妃『アマリリス』を特に寵愛した。

 色狂いのエドワード8世ではあったが、その生涯で成した子供の数は52人。閨を交わした女性の人数を考えたら、その数は驚くほどに少ない。

 ところが、アマリリスはエドワード8世の子を3人も産んでいる。この事実から、エドワード8世がアマリリスの元をいかに多く訪れていたかが解り、戦場にすらアマリリスを付き従えていた記録も多く残っている。


 アマリリスが産んだ3人の子供。その長子『レイモンド』は母譲りの美しい容貌を持ち、幼くして聡明と知られて、その人気と評判は高く、国民から将来を期待された。

 しかし、レイモンドは聡明であるが故、皇位継承権は13位と低いながらも己の立場がいかに危ういかを悟り、大人と認められる15歳の誕生日を前にして、皇籍と皇位継承権の放棄を宣言。インランド帝国を出奔する。

 もちろん、未練が無かった訳では無い。特にレイモンドは8歳年下の妹を溺愛していた。レイモンドの4年後に生まれた弟が生後間もなくに謎の死を遂げているだけに。

 だが、自分の暗殺を狙ったと思しき不自然な事柄が歳を重ねる毎に多くなり、レイモンドは生き延びる術を他に見出せなかった。


 大陸北西の端に位置する都市、モテスト。

 当時、大陸最大の権威を持っていた魔術学院が存在するその都市こそ、レイモンドが第二の故郷に選んだ場所である。

 レイモンドは幼少の頃より魔術に多大な興味を持っていた。インランド帝国の宮廷魔術師から師事を受けて、弛まぬ努力と研鑽の結果、魔術学院を入学する前にして、一流とは言えないにしろ、一流と二流の間の一流半と言える実力を持っていた。

 これに加えて、魔術で身を立てようという固い決意と溺愛していた妹に会えない寂しさ。その3つが合わさって、5年が過ぎると、レイモンドは魔術を教わる側から魔術を教える側として魔術学院に籍を置く事となる。

 そして、更に3年が過ぎ、教鞭を取る傍ら、幾度かの冒険を重ねて、その名が知られる様になった頃、レイモンドの元へ父親であるエドワード8世の訃報が噂となって届く。


 インランド帝国、その没落は坂から転げ落ちる如くであった。

 エドワード8世の失敗は腹上死という急死に尽きる。この時、エドワード8世は52歳。その日まで健康面での心配はまるで見当たらず、70戦目となる遠征へ向かう途中での出来事だった。

 その第一報が届くと、首都は騒然となり、第二報が半日ほど遅れて届くと、首都は驚愕のあまり静まり返り、皇族、貴族、平民を問わず、誰もが声を潜めて囁き合った。

 第二報、その内容は遠征に従軍している第2皇子をエドワード8世が自分の後継に指名したというものであり、それを証明するエドワード8世直筆の遺言状が存在するというもの。

 元々、エドワード8世は後継者を明確に定めていなかったが、第2皇子派閥が多く従軍している遠征先という状況の中、その遺言はあまりにも怪しすぎ、疑惑を呼ぶには十分すぎるものがあった。

 当然、これを不服として、皇位継承権1位を持つ皇太子は挙兵。帝国の後継者の座とエドワード8世の亡骸の所有権を争い、インランド帝国は2つに分かれての内乱となり、その争いの火種は周辺各国へ次々と飛び火して、大陸全土が戦国時代へと突入する。


 レイモンドはエドワード8世の訃報を聞くなり、その日の内に休職を魔術学院へ届け出ると、すぐさまインランド帝国へ旅立った。

 エドワード8世が亡くなった今、その庇護を無くなり、母と妹が困窮しているだろうと容易く予想が出来たからである。

 幸いにして、母と妹を迎えて暮らしていけるだけの社会的地位と財産を既に有しており、レイモンドはエドワード8世の予想より随分と早い崩御を愚痴りながらも旅を急いだ。

 ところが、インランド帝国の国境へ達した頃、内乱は激化の一途を辿り、野望を露わにした他皇族と有力貴族が名乗りを挙げて、帝国は7つに分かれてしまい、帝国全土が厳重な警戒態勢。街から街へ移動するのすら困難を極める状態となっていた。

 結局、レイモンドは首都の地を踏むのに6年の時を必要とした。それもエドワード8世が後継に指名したと言われる第2皇子に仕える軍師としてである。

 しかし、レイモンドの願い虚しく、母はとうの昔に謀殺されており、妹は暗殺だけは免れたが、心を壊す薬を服用し続けられて狂人となっていた。


 その日を境にして、レイモンドは死に急ぐ様に敵を執拗に追い求めて、常に身を戦場に置く事を望んだ。

 それがレイモンドの失敗だった。ここで職を辞して、妹をモテストへ連れて帰っていれば、確実に違った未来があったに違いない。

 だが、レイモンドは第2皇子の元に留まり、帝国を元の1つに戻す戦いに奔走。常勝の軍師と呼ばれる様になり、勝利を重ねるほど、その声望は当然の事ながら高まってゆき、主君である第2皇子を焦らせた。

 なにしろ、レイモンドの功績は大きかった。第2皇子は個人としては極めて高い武才は持っていたが、軍事的才能、政治的才能に乏しく、レイモンドが軍師となるまでは敗戦ばかりを重ねていた。

 それが勝利を重ねる様になり、首都を遂に陥落させて、第39代皇帝を名乗れたのはレイモンドの存在無くしては有り得なかった。

 また、レイモンドは元皇族。それは帝国国民なら誰もが知っている事実であり、帝国の後継者を名乗り、第2皇子がようやく手に入れた玉座を奪う十分な大義名分を持っていた。

 そして、第2皇子の心に産まれた疑心暗鬼はゆっくり、ゆっくりと育ってゆき、その毒花を咲かせた時、1000年に渡る悲劇が生まれた。


 とある砦での防衛戦。その砦は侵略先となっている国へ対する橋頭堡であり、後退は絶対に有り得ない砦だったが、援軍は幾ら待てども来なかった。

 やがて、本国へ帰還する後方ルートを敵に押さえられて、補給が完全に途絶える始末。孤立無援の中、連日の攻勢に士気は次第に衰えてゆき、兵力は当初の1/3にまで減り、レイモンドは何故に援軍が来ないのかと不審に思いながらも決死の撤退戦を決意する。

 ところが、命からがら逃げ延びたレイモンド達を国境で待っていたのは、国境となっている丘の上に居並ぶ味方からの矢の雨。前方の味方と後方の自分達を追いかける敵の挟み撃ちを受けて、残っていた1万弱の兵士達は命を悉く散らした。

 レイモンドもまた例外では無かったが、己が死んだ後、首都に残る妹がどうなるのか、その強い未練が身を焦がしまくり、レイモンドは死ぬに死にきれなかった。

 その結果、1万の兵士達が流した血を苗床にして、後世において『魔王』と呼ばれる存在が産声をあげた。怨嗟と絶望を撒き散らして、周囲にいた者全てを瞬く間に死者へと変えて、10万を超える骨の軍団を従えながらインランド帝国首都を目指した。

 しかし、その事実を伝える者は誰も居ない。魔王自身も1000年という時の彼方にその記憶を置き去っている。


 嘗ては大陸一の優美と謳われ、白亜の城と呼ばれた元インランド城。

 今は常夜の世界に包まれて、白亜は灰色に濁り、魔王の居城に相応しい色に染まっている魔王城。

 魔王は窓辺に立ち、曇天をぼんやりと眺めながら気怠そうに今日も今日とて嘆息する。


「あーー……。ぱふぱふって、気持ち良いのかな?」


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