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第3話 魔王の野望 下




「くっくっくっ……。」


 魔王は久しく高揚していた。その高揚感が口から自然と溢れて、部屋に響き渡る。

 ここは魔王の研究室。魔王が配下へ収集を命じた稀書や秘術に用いる貴重な触媒が保管された場所。


「くっくっくっ……。

 さあ、力の五芒よ! その力を集めて、我に与えよ!」


 今、その姿形は目に見えないが、この部屋に凄まじい魔力が渦巻いていた。

 床に描かれた巨大な魔法陣の中央に立つ魔王。その魔法陣の外側を等間隔に囲んで描かれた小さな5つの魔法陣の中央に置かれた5色の稀少石。

 魔王の願いに応じて、それぞれの稀少石が赤、青、緑、黄、紫の光を放ち、放電するかの様に音をバチバチと鳴らしながら魔王へと向かう。


「そして、理の六芒よ! 我が命に従え!」


 五色の光が魔王を包んで合わさり、白い光の柱が天井へ立ち上る。

 それは幾つもの壁を透過して、魔王城より天空へと更に上り、魔王城上空の曇天に穴を空けて何処までも突き抜けると、曇天は雷雲となって渦巻き、天候を急速に悪化させ始めた。


「くっくっくっ……。

 ここまでは計算通り……。さあ、いざ往かん! 我が野望の果てに!」


 一方、光の発生源でも変化が起き始めていた。

 魔王が両掌を上にして、その上に置き持っている黒いサークレット。

 それが虹色の輝きを放ちながら、両掌の上からゆっくりと浮かび上がってゆき、魔王の目線の位置で留まると、その場にふわふわと少し揺れて滞空を始めた。

 その様を満足そうに頷き、魔王は黒いサークレットへ視線と意識を集中させて、力有る言葉を力強く紡ぎ始めた。


「我がモノが我のモノ! 汝がモノも我がモノ!

 ならば、我は我! 汝は我なり! 今、我が魂を形として、汝が器へ導かん!」


 この地に覇を唱えてから、約1000年という悠久の時を君臨し続ける魔王。

 その前半の歴史は骸の王『リッチ』らしく、この世に存在する数多の秘術や神秘を解き明かして、叡智を極めんとするものだった。

 そうした過程の中、新たな魔法、魔術を習得すれば、それを使ってみたくなるのが当然の心理。その性能を確かめる為、人間領へ幾度も侵攻を行った。

 しかし、魔王は領土欲を持たず、固執するモノが魔王城に存在した為、侵攻はしても統治はせず、魔王城以外の統治は配下へ一任した結果、その領土は天然の要害に囲まれた大陸中央の平原である元インランド帝国領のみに留まり、人間との争いは一進一退を繰り返した。

 なにしろ、魔物の殆どは頭が基本的に弱く、統治力に欠ける。魔族は力と知恵の双方に秀でてはいるが、反骨心と独立心が高い為、魔王城から距離を置けば置くほどに独立、または反逆し易い欠点があった。

 もっとも、魔王にとって、大事なのは魔王城のみ。魔王城へ危機が及ばなければ、どうでも良かった。俗事として、その全てを放置した。


「受け入れよ! 受け入れよ! 

 汝は我が前に跪き、油を注いで生命の炎を灯し! 宴を設けよ!」


 君臨から約500年が過ぎた後半の歴史は退屈との戦いだった。

 長すぎる年月の流れと詰め込みすぎた叡智の影響によって、魔王の記憶は毛虫が葉を蝕む様にゆっくりと古いモノから崩壊し始めた。

 その結果、魔王が固執していたモノは価値を失いかけ、当初は解き明かす毎に心を躍らせた世界の秘術や神秘も減ってしまい、それを探して見つける事自体が困難となっていた。

 知恵や心を持たない下等なアンデット種は別だが、定命を持たない不死の者にとって、退屈とは苦痛であり、耐え難い病である。

 魔王は必死に探した。未だ知らぬ謎や神秘が必ず何処かに有る筈と信じて探した。見つからなければ、地の果てまで侵攻して、人間の国々を幾つも滅ぼして探した。

 そして、約200年の渇望の果て、魔王は知的好奇心を擽って止まない神秘を遂に発見する。


「恐れるな! 生は死の始まりなら、死は生の始まり!

 死の谷の暗闇を恐れるにあたわず! それは再誕の道標なり! 御者が持つ鞭に導かれるまま、ただ従え!」


 それが『おっぱい』であり、その発見は意外にも間近に有った。

 この頃、人間の世界ではとある宗教が隆盛を極めて、『魔王打倒』が声高らかに叫ばれており、今現在とは比較にならないほど魔王領への侵攻、魔王城への侵入が多かった。

 それ故、魔王城を歩いていると、オークやインキュバス、サッキュバスを代表とする性欲豊富な魔物達が捕虜とした人間達や亜人達を嬲り、乱痴気騒ぎを起こしているのを見かける機会が多々あった。

 その光景の中、生き甲斐であるはずの闘争の時同様に、もしくはそれ以上に目を活き活きと輝かせて、嬉しそうにはしゃぎ騒ぐ魔物達を見る度、魔王は思った。そんなに楽しいモノなのだろうか、と。

 実を言うと、魔王は手に入らない物は何もない絶対の帝王でありながら1000年の時を超える童貞の中の童貞『童帝』でもあり、女性との肉体的接触経験を一度も持っていなかった。そう、人間の元男性だった魔王にとって、女体とは神秘が詰まった宝石箱にも等しかった。

 一応、魔王の名誉の為に補足しておくが、骸の王となる前の魔王は決して醜男でなければ、意気地が無かった訳でもない。鋭い眼差しを持った端正な容姿は幾人もの女性を虜にさせたし、実際にアプローチを何度となく受けており、成人する前は婚約者さえも居た。

 ただ、魔王となる元人間時代、女性と交際する余裕がまるで無かった。最初は自身の身を立てる事に集中して、次はある目的の為に焦燥。最後は宛て無き復讐心に囚われて、女性との恋愛は二の次、三の次にしてしまった結果、女性との接触経験は会話止まりで生涯を閉じてしまっていた。

 だが、ソレを今更になって求めようが魔王は骸の王。その肉体はとうの昔に腐り落ちており、ソレを行おうにも行うモノ自体が存在しなければ、魔王は性欲も単体として種族が完成されている為に存在しない。

 拾った骨を削って作ったモノを雄々しく装着させて、サッキュバスと試しに交わってもみたが、まるで心は躍らずに楽しくは無かった。

 それどころか、サッキュバスの明らかな接待プレイに悲しくなり、心にも無い言葉を『さすが、魔王様。素敵でしたわ』と色っぽく囁かれた時は出る筈の無い涙がホロリと零れ落ちた。

 そんな絶望を味わいながらも魔王は諦めなかった。女体の神秘を解き明かす為、あの手、この手を考えて、常に前へ進むのを止めようとはしなかった。


「さすれば、汝は我が魂に溢れ、我が力と理の光を灯すだろう!

 その新たな奇跡の誕生を祝い! 今、ここに祝詞を捧げて、我は往く! おっぱいの神秘を解き明かす為に!」 


 前進のきっかけを得たのは約200年前。とある勇者が持っていた人語を喋る剣『インテリジェンスソード』の存在だった。

 それは読んで字の通り、付与魔術の秘術によって、剣という生命ではない無機物でありながら独自の意志を持つに至ったマジックアイテムである。

 叡智を極めた魔王、その存在は当然知っていたが、それを知りながら全く気付かなかった落とし穴の存在を見つけると、魔王は三日三晩に渡って高笑いをあげて喝采した。

 即ち、己の精神を無機物の物体に移して封じ込め、それを所持した者の精神を乗っ取って奪いさえすれば、肉の身体を持つ事が可能となり、おっぱいの柔らかさを感じ取れるのではなかろうか。その方程式を導き出したのである。

 ただ、その方程式は魔王が付与魔術を比較的に苦手とするところから難解を極めたが、これこそが欲する渇望へ向かう唯一の解答と信じて、魔王は約200年に渡る試行錯誤を重ね、今日という成果の日を遂に迎えた。


「ソウル・リンカーネート・エンチャント!」


 魔王が紡ぐ力有る言葉に反応して、徐々に細くなってゆく光の柱。

 とうとう、それは光の糸となり、魔王が最後のキーワードを張り上げた瞬間、光の糸が魔王の目の前でプツリと途切れ、膨大な魔力が荒れ狂って弾け飛び、真っ白な閃光が部屋に溢れる。

 一拍の間の後、閃光が収まると、魔王の姿は何処にも無かった。巨大な魔法陣の上、魔王が立っていた位置に骨の山と魔王が着ていた漆黒のローブが残っているのみ。

 そして、掌ほどの大きさしかないにも関わらず、何もかもを飲み込んでしまう様な黒い深淵の渦が魔王の顔があった場所に渦巻いていた。

 唯一、姿を変えていない虹色に輝いて浮遊する黒いサークレットが引き寄せられて、黒い深淵の渦の周囲を回転し始め、その速度を上げてゆく共に回転する円の直径を次第に縮めてゆき、七色の輝きと黒い深淵の渦が重なろうとしたその時だった。


「大変なのじゃ! 大変なのじゃ! 父上、大変……。なの、じゃ?」


 この約1000年の間、魔王城の天候は1年を通して、曇り。

 ところが、今は雷が激しく鳴り響いての土砂降り。この青天ならぬ、曇天の霹靂に驚き、魔王城は上へ下への大騒ぎ。

 その事態を伝える為、入室厳禁を事前に告げられていたのをすっかりと忘れ、人間で言うなら10歳前後の幼女が出入口の扉を勢い良く開いて現れた。


「むきゅっ!? ……な、何なのじゃ~~っ!?」


 この瞬間、部屋に満ち満ちて、危うく保っていた魔力のバランスが崩れ、魔王が約200年の歳月をかけて挑んだ秘術は失敗に終わった。

 七色の輝きと黒い深淵の渦は重なり合う直前、磁石が反発する様に弾け飛び、巨大な魔法陣の中に転げ落ちた黒いサークレットが白い特殊な砂で描かれた古代文字の1文字を削ると、内側へ向かって渦を巻いていた黒い深淵が一転。外側へ向かって渦を巻き、膨大すぎる魔力を解き放って、部屋を真っ白な光で焼いた。

 まるで小さな太陽が目の前に現れたかの様な熱い光に驚き、目を力強く瞑りながら交差させた両腕を顔の前に翳して耐える幼女。


「ふぅ~~……。

 ……って、はわわっ!? 本当に何なのじゃ!? 何なのじゃ!?

 ……と言うか、父上は何処へ行ったのじゃ!? 何処へ行ったのじゃぁ~~っ!?」


 その閃光が数秒ほどして止み、幼女が両腕を顔の前に翳したまま、思わず胸をホッと撫で下ろして溜息を漏らす。

 だが、幼女にとって、それこそが始まり。突如、巨大な魔法陣の中心から黒い放電が外周にある5つの小さな魔法陣へ走り、その中心に有る5色の稀少石が破裂。同時に巨大な魔法陣は闇色の穴へと様変わり、部屋を激しく揺らしながら室内にある物全てを強烈な勢いで吸い込み始めた。

 一瞬、幼女は目を見開いて固まるが、すぐさま我に帰ると、部屋の外へ向かって一心不乱に駆け出した。前傾姿勢となって、歯を思いっ切り食いしばり、腕を必死に振って逃げた。

 しかし、見た目は幼女ながらも齢600年を超える吸血鬼の身体スペックを以てしても、闇色の穴の吸引力は凄まじかった。


「のじゃ、のじゃぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!?」


 5秒ほどの健闘の末、幼女は闇色の穴へ吸い込まれてしまい、その姿を悲鳴と共に穴の深淵へと消してゆく。

 その直後、闇色の穴は吸い込みをピタリと止めて、姿を消したかと思ったら、再び現れた魔法陣の中心より光の柱を天空へ上らせて、その太さを加速的に広げた。




 ******




 この日、大陸の中心にて、謎の超々々大爆発が起こり、魔王と魔王城は姿を消した。

 その時に放たれた光は大陸の端からも見えたと言われており、爆発の余波は大陸を分断するほどの大地震を誘発。巨大大陸は2つの大陸に姿を変える。

 また、超々々大爆発の際、粉塵が天空へと舞い上がり、魔王城へ近ければ、近いほどに影を長く落として、大陸全土で大飢饉が発生。

 食料の奪い合いをきっかけとして、人間達の歴史は約300年に渡る長い戦国時代へと突入してゆく事となるが、それは別の話。




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