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第6話 蝶は羽ばたいた



「こちらがレイモンド様の冒険者タグになります。

 初回の発行は無料ですが、次からは有料となりますので無くさない様にお願いします」

「ああ、解った」


 その一つ、一つが見るからに逸品な調度品に囲まれた中、魔王は牛革張りの座り心地抜群のソファーに座っていた。

 ここは冒険者ギルドの一階奥にあるVIPルーム。本来なら、貴族や大店の商人を迎える時にくらいしか使われない特別な部屋。

 何故、そんな部屋に元皇族とは言えども今は平民であり、冒険者になったばかりの魔王が迎えられているかと言えば、ギルド長の配慮だった。

 なにしろ、魔王がロビーに居ては水晶玉での一件。恐怖の魔王が冒険者ギルドに現れたという笑劇の幕がいつまで経っても下りず、只でさえ忙しい朝の賑わいが終わりそうに無かったからである。


「次は当ギルドの利用に関しての説明となります。質問がある場合、その都度にお願いします」

「一応、知っているつもりだがよろしく頼む」


 おかげで、貧乏籤を引いてしまったのが、魔王の新規冒険者登録を受け持った受付嬢。

 今まで一度も入室した経験が無いVIPルームの豪華さに気圧されているらしく、魔王の対面に見た目こそは座っているが、お尻を半分だけソファーにちょこんと乗せて、いつも以上に背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。

 また、加えて言うなら、部屋から早く出たい一心か、その口調は普段より少し早かった。


「では……。

 当ギルドはあくまで冒険者様と依頼者様の間に立つ存在であり、それ以上でも、それ以下でも有りません。

 もちろん、冒険者様から相談があった場合は応じますが、最終的な判断をするのは冒険者様自身です。全ては自己責任となります」

「まあ、当然だな」


 一方、魔王と言えば、慣れた様子で堂々としたもの。座り心地抜群なソファーの機能性を十分に生かして、背を委ねて深く座り、足を組んでいた。

 その偉そうな態度が癪に触り、受付嬢の眼差しがやや鋭くなっているのだが、魔王は全く気付かず、手渡された冒険者タグを手の中に弄び、それを興味深そうに観察していた。

 大きさは女性の掌の中に収まるほどの長方形の金属プレート。四辺が尖っておらず、丸み帯びており、その一辺に紐か、鎖を通す小さな穴が空いている。


「ご理解が頂けましたら、お渡しした冒険者タグをご覧下さい。

 一番上にレイモンド様の御名前。その下に『F』と書かれてありますが、これはレイモンド様の冒険者ランクを表します。

 冒険者ランクは上からS、A、B、C、D、E、Fの順に列び、レイモンド様は登録されたばかりですから、1番下のFとなります」


 つまり、首にでもかけて、肌身離さず持っていろ。そんなところか、そう受付嬢の説明を聞きながら推測して、魔王は冒険者タグを懐の内ポケットへ収める。

 魔王の心は少し浮き立ち、この説明後に早速向かう冒険へ既に飛んでいた。先ほど『冒険者名簿管理部』のカウンターを探す傍ら、掲示板に列び張られた依頼の数々を確認して、目星を幾つかに付けていた。

 それ等の中でも、これだと特に決めているのが、このモテストの街から半日くらい歩いたところにある村からの依頼『サイクロプス』の討伐。場所が近場な割に報酬が格段に良かった。

 サイクロプスとは頭に角を生やした単眼の巨人。その全長は小さくとも3メートルを超え、大きいモノは10メートルにまで達する。

 元来、サイクロプスは奥深い森の山裾に家族単位で群れていると言われているが、群をはぐれてしまったのか、森の奥から出てきて、人々が住んでいる圏内に姿を現すモノが極希に現れる。

 そうなるとサイクロプスは災害指定のモンスターとなる。その存在に動物達が怯えて、周辺の森から姿を消してしまう為、狩りが成り立たなくなり、その朝夕に必ずあげる雄叫びは強い雷雨を呼び寄せて、畑は泥沼の様になり、川が氾濫するからである。

 そして、何よりも恐ろしいのが人の味を一度でも覚えてしまった場合。人を積極的に襲い始め、その巨大な体躯を生かして、村や町を破壊する恐ろしい存在と化す。

 そう言った理由から、サイクロプスの討伐依頼は完遂が絶対に求められる為、ベテランの冒険者でも尻込みする者はとても多い。その強さも災害指定されるだけのものを持っており、通常は数パーティが組んで挑む。

 しかし、裏を返すと、人の味を覚えていない限り、サイクロプスは人を襲うのは消極的である。最初の一回に限り、先制攻撃が必ず決まる為、サイクロプス程度の雑魚は一撃で必殺が出来る魔術を持っている魔王から見たら、その存在は美味しすぎた。


「この冒険者ランクを御自分の強さと勘違いする方がとても多いですが、冒険者ランクは実績です。

 当ギルドが仲介した依頼を冒険者様がどれだけ完遂したか。それによって、ランクアップしてゆきます」


 最早、魔王の頭の中はサイクロプスを倒して、多額の報酬を得ている図が明確に浮かんでいた。

 このモテストの街から歩いて半日程度の村が現場なら、魔王が持つ魔術で空を飛んで行きさえすれば、往復に半日もかからない。

 しかも、ターゲットは巨人のサイクロプス。目立つ存在の為、その捜索に時間がかかるとは思えない。昼食を食べてから出発したとしても夕方までには帰ってこれるだろうと算段する。

 その後は歓楽街へ赴き、お決まりのコース。魔王のプランは昨日の時点で決まっている。今夜のお相手は髪の長い赤毛のお姉さん。

 魔王は口元をニマニマと緩めながら満足そうにウンウンと頷き、何やら窮屈そうに足を組み替える。


「言い換えるなら、当ギルドの冒険者様へ対する依頼解決能力を測る物差しでも有ります。

 その為、冒険者ランクを超える依頼は受ける事が出来ません。

 つまり、レイモンド様が御自分の腕に自信を持っていたとしても、今の冒険者ランクがFである限り、当ギルドが査定したEランク以上の依頼は許可が下りません」


 だが、その幸せな未来図に冷水を浴びせられ、魔王は我に帰る。

 何故ならば、魔王が目論んでいたサイクロプスの討伐依頼。その用紙の左隅上に赤いインクで目立つ様に押されていた判子の文字はB。

 それが何を意味するのかは説明をまだ受けていないが、今の話を聞く限り、冒険者ランクに通じる依頼ランクであるのはほぼ間違いない。

 更に言えば、サイクロプスの討伐依頼の他に幾つか候補としていた依頼の用紙に刻まれていた文字はCばかり。それは魔王の目論見が潰えた事を意味した。


「何っ!? ……それは困る!

 先ほど掲示板をチラリと見たが、Fランクの依頼は薬草の採取や街の掃除と言った雑用ばかりだったぞ?

 いやいや、違うだろう! 冒険者は冒険をするから冒険者だ!

 まだ誰も踏み入れた事の無い領域や迷宮へ行き、モンスターを倒して、この世の神秘を解き明かす!

 俺はソレがやりたくて、ここへ来たんだ! 間違っても、草やゴミを集める為じゃない!

 くっ!? こうなったら、ゴブリンやコボルトの様な雑魚でも良い! Eランクの依頼を受ける事は出来ないのか!」


 すぐさま魔王は組んでいた足を解くと、椅子から身を勢い良く乗り出して熱く語った。

 一応、魔王は自分には関係の無いものだと鼻で笑いながらも、Fの判子が押された依頼書も記憶に留めていた。

 その内容は魔王の言葉通り、誰にでも出来る雑用。どれも報酬は安く、魔王が思い描いていた幸せな未来図を現実のものとするのは不可能だった。

 それどころか、魔王の所持金は今日の食事代のみ。冒険者ギルドの規則に従い、冒険者ランクがEに上がるまでの間、Fランクの依頼を続けるとなったら、下町の場末にある屋根が有るだけマシな安宿暮らしの生活ランクを落とす必要があった。

 無論、歓楽街で遊ぶなど、夢のまた夢。女体の神秘を解き明かす為、再誕した魔王にとって、その事実は有り得ないくらい非常に耐えがたいもの。

 だから、魔王は妥協した。Eランクの報酬額なら、そこそこの宿屋に泊まれ、再誕して以来、興味を持ち始めた美食も楽しめる。女体の神秘の解明は暫く我慢だと食い下がった。


「その場合、パーティを組んで頂くと可能になります。

 同ランクの冒険者で3人以上、それで1ランク上の依頼が受けられます。

 またはEランクの冒険者がパーティに在席していると、その方に合わせて、Eランクの依頼が受けられます」


 しかし、受付嬢の反応は淡々として冷たかった。

 受付嬢は魔王が魔術師だと言っていたのを思い出して、心の中で呟く。『ああ、今年もやって来たんだ。もう、そんな季節か』と。

 実を言うと、このモテストの冒険者ギルドでは秋から冬にかけての間、魔王と良く似た様なケチを付けてくる新米冒険者が数人ほど必ず現れるのが風物詩となっていた。

 その理由は魔術学院へ入学してから暫くが経ち、攻撃魔術の呪文を一つでも覚えて、自分が凄く強くなったと勘違いする身の程知らずが多い為である。

 そして、そう言った者達は一流と呼ばれる冒険者達にも下積み時代が有ったのを知らず、それを考えようともしない。頭にあるのは酒場の吟遊詩人が歌う様な華々しい話だけ。

 そもそも、雑魚と呼ばれているゴブリンやコボルトでさえ、その実は結構な強さを持っている。幼少の頃より武術を一筋に学んでいた者ならまだしも、昨日まで一般人だった者にはまず倒せない。

 その上、特にゴブリンやコボルトは群れる習性を持っており、パーティを組まずに相手をするのは自殺行為と言えた。冒険者達がゴブリンやコボルトを雑魚と呼ぶのは戦いの数を重ねた結果、戦い慣れたからに過ぎない。

 また、最初から2人組、3人組の冒険者もたまに存在するが、大抵の冒険者は1人から始まり、まるで見ず知らずの赤の他人を信頼して、パーティを組もうとする者はそうそう居ない。

 その為、雑用を主とするFランクの依頼が存在した。この命の危険をまだ必要としない依頼を通して、同時期に冒険者となった者達の中から自分との相性が合う者を探して、交流を深めながらパーティを組む。ここからが本当の冒険者の始まりと言えた。

 そう、冒険者ギルドは冒険者の為を思って、このランク制度を作っているのだが、身の程知らずの者達はこれが解らない。受付嬢は魔王をどう説得しようかと思い悩む。


「う~~~ん……。いや、待てよ?

 ……と言う事はだ。Cランクの奴がパーティのメンバーなら、いきなりCランクの依頼を受けられるのか?」

「はい、可能です。

 しかし、御自身がCランクの立場だったとして考えて下さい。

 レイモンド様は何の知己も持っていない駆け出しの冒険者とパーティを組もうと思いますか?」

「……思わない」

「それが答えです。まずはFランクの依頼で実績を重ね、Eランクを地道に目指して下さい」


 ところが、その身の程知らずに魔王は当て嵌まらない。無用な心配であって、大きな足かせに過ぎなかった。

 なにせ、魔王自身が大陸災害レベルのSランク討伐依頼対象。国家災害レベルのAランク討伐依頼でさえ、楽勝は無理でも単騎で確実に倒せる実力を持っている。

 当然、魔王はイライラと苛立ちながらも、制度の穴を諦めずに探すが、魔王の実力を知らない受付嬢はあっさりと却下して、魔王へ白い目を向ける。


「参考に聞くが、FからEへ昇格するのにどれだけの実績が必要なんだ?」

「昇格基準に関しましては一切が部外秘となっている為、お教えする事は出来ません。

 ただ、FからEの昇格はさほど難しくはありません。遅くても1ヶ月、早い人は2週間くらいで昇格します」

「雑用を2週間もだと……。」


 それでも、魔王は諦めない。聞くだけは聞いてみるかと尋ねた質問に返ってきた答えを聞いて、顔をうんざりと顰めながらも頭の片隅でこう考える。

 冒険者登録が済んでしまえば、こっちのもの。あとは実力を示して、納得させるだけの事。それで何も問題は無い筈だと。


「一応、忠告を致しますが……。

 冒険者ギルドを仲介していない依頼は冒険者ランクの査定対象になりませんし、報酬も支払われません」

「なん……。だとっ!?」

「最初に説明した通り、冒険者ランクは強さでは有りません。実績です。

 具体的に言いますと、レイモンド様が個人的にドラゴンを倒したとしても、レイモンド様の名声は上がるかと思いますが、冒険者ギルドにとっては関係の無い事です」

「ぐぬぬ……。」


 だが、その悪巧みすら読まれた上にあっさりと再び却下される。

 魔王は絶句すると共に思わずソファーの肘置きを両手で勢い良く叩きながら腰を上げて、数秒ほど中腰体勢のまま佇み、腰を再び力無く落とすと、奥歯を噛み締めて項垂れた。

 受付嬢はやっぱりと言わんばかりに溜息を漏らすと、ここが勝負所だと冒険者ランクの大切さを優しく語り始める。


「レイモンド様、良く考えてみて下さい。

 冒険者ギルドは冒険者の皆さんの為に存在するモノであって、個人の為に存在するモノではありません。

 例えば、レイモンド様が無謀なランク依頼を受けて、それが失敗したとします。

 当然、その依頼を申し込んだ依頼主は不満を持ちます。レイモンド様へ対しては勿論、その依頼を許可した冒険者ギルドへ対してもです。

 どうして、役に立たない者を送ってきたのか、冒険者ギルドは自分を舐めているのか、と罵ります。

 そして、それが何度も重なれば、冒険者ギルドの信用問題となり、やがては冒険者全体の信用問題にも影響を及ぼしてゆきます。

 だから、冒険者ランクという制度が存在するのです。言い換えるなら、これは先人達の知恵の結晶です。

 本来なら、ならず共や盗賊達と変わらない武装した者である冒険者達が信用されて、社会的な地位を得ているのは冒険者ランクという制度が根底に有るからなのです」


 しかし、とうとう魔王は苛立ちを露わにして、右脚で貧乏揺すり。残念ながら、その耳には届いていなかった。

 その様子を眺めて、受付嬢は舌打ちたいのを我慢して、心の中で呟く。やっぱり、貴族なんてモノは関わりを持つべきものじゃない、と。

 だが、相手は元皇族。納得させないまま放っておく事は出来ない。ゴブリン退治へ勝手に向かわれて、死なれでもされたら国際問題になる可能性だって有る。

 受付嬢はこれ以上の説得は無理と判断。まずは現実を知って貰う為、こうなると予想していたギルド長から許可されている策の使用を決意する。


「……仕方が有りませんね。

 こうなったら、裏技を使いますか?」

「裏技だとっ!? 有るのか! そんなモノが!」

「ええ、まあ……。あまり褒められた方法ではありませんが」


 その途端、項垂れていた顔を弾かれた様に上げて目を輝かす魔王。

 受付嬢は逆に乾いた笑みを漏らして意気消沈。これ以上の付き合いは御免だが、悪巧みに加担する以上、この街を魔王が去るまで専属の担当となるに違いないと悟って。




 ******




「ううっ……。どうして、Eランクにも掃除とか、洗濯って無いの。

 モンスター退治以外は力仕事ばっかりで……。これって、男女差別よね。

 でも、黒いパンは固くて美味しくないし……。白いパンが食べたいし……。やっぱり、Eランクをするしか……。」


 冒険者ギルドのロビーが未だ賑わいを見せている中、どう見ても場違いな黒縁の眼鏡をかけた少女が1人居た。

 大抵、依頼書が朝一に貼り出されるロビーの掲示板へ訪れるのはパーティリーダーの仕事であり、パーティリーダーとなる者は自己主張が少なからず強い。

 それ故、旨味が少しでも多い依頼を得ようと、朝一の掲示板前は俺が俺がと押し合い、ある意味で戦場と化すのだが、その少女だけは違った。

 掲示板前にある人集りの後ろをウロウロと動き回っては背伸びをしたり、その場を何度も飛び跳ねて、長い黒髪のポニーテールをピョコピョコと跳ねさせていた。

 時たま、自分の前が運良く空き、そこへ素早く入ってはみるが、すぐに外へ押し出されてしまい、やはり人集りの後ろをウロウロと動き回るのを繰り返す始末。

 もっとも、その少女は顔立ちからして、いかにも性格が大人しめ。今も眉を困った様に『八』の字を描いており、こんな場所に冒険者として居るよりも、客の来ない寂れた古本屋の奥で本を読みながら店番をやっている方がよっぽど似合っていた。

 ところが、そんな顔立ちとは裏腹に少女が身に纏っているのは黒い金属製のハーフプレート。どう考えても、その華奢で細腕な身体では歩くのですら辛いはずが、まるで平然としているのだから不思議だった。

 そんな大人しい性格と見た目のギャップが印象に強く残り、決して容姿に優れてはいないが、関わった者達がつい応援したくなる少女であり、このモテストの冒険者ギルドにおいて、ちょっとしたアイドル的存在となっていた。


「あっ!? 居た、居た!

 おぉぉ~~~い! アオイちゃぁ~~ん!」


 突如、ロビーに響き渡った呼び声。

 その大声もだったが、この近辺の地方では聞かない珍しい名前に興味を持ち、多くの者が反応。まずは発生源を探して、左掌をメガホンにさせている受付嬢をロビー奥に見つけると、その受付嬢が掲げた右手で手招いている先へ視線を向けた。

 おかげで、思わぬ注目を一斉に浴びせられた少女『アオイ』は身体をビクッと震わせて怯えた後、真っ赤に染めた顔を伏せながら慌てて受付嬢の元へ駆けた。


「ひ、酷いじゃないですか! い、いきなり、何なんです!」

「相変わらずの恥ずかしがり屋さんだねぇ~?

 今日もまだ依頼が取れていないみたいだし……。もっと積極的に行かないと駄目だよ?」

「ほ、放っておいて下さい! そ、それより用件は何なんですか!」


 そして、受付嬢の元へ辿り着くなり、声を潜めながらも怒鳴り責めて、ちょっぴり涙目となった目で睨む。

 だが、受付嬢は堪えるどころか、掲示板前でのアオイの不甲斐なさを駄目出し。アオイは完全にむくれてしまい、唇を尖らせた顔を受付嬢から背けるが、その斜めとなったご機嫌を戻す秘策を受付嬢は持っていた。


「おやおやぁ~~……。そんな事を言っても良いのかな?

 せっかく、お姉さんがアオイちゃんの為に美味しい依頼を持ってきたのにさ」

「……えっ!?」

「今日は白いパンどころか、『七つ角屋』のフルーツタルトがお腹一杯に食べられるよ?」

「う、嘘っ!?」


 その効果は覿面だった。すぐさまアオイが顔を振り向き戻して、目をキラキラと輝かせる。

 ちなみに、『七つ角屋』のフルーツタルトとは街の大通り一等地にある高級レストランがメニューに載せている評判の品。

 アオイは一度だけ食べた事があって、その味が忘れられず再び食べてみたいと思っているが、食事に白パンか、黒パンで悩んでいる今の生活では遠すぎる憧れでしかなかった。


「内容は戦闘のレクチャーを1日。依頼料は大ブロンズで70枚。

 難点は世間知らずのお坊ちゃんが相手ってところだけど……。

 ゴブリンか、コボルトの討伐依頼も合わせて受ける事になるから報酬は結構な額になるわよ?」


 こうして、魔王とアオイ、冒険者ギルドの三者の思惑はそれぞれ違ったが、その方向性は重なり合い、魔王とアオイは邂逅を果たす事となる。

 それは魔王が経験した1000年の世界での出会いより15年も早い出来事であった。




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