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第11話 元魔王と勇者(仮)




「ゴブゴブ!」


 太陽の恵みを受けて、すくすくと育った黄金色となる一歩手前の青い麦畑。

 そのあぜ道を行くひ弱そうな2人をお昼のご馳走にしようと、麦畑の中に息を潜めていた魔物達はあぜ道へ一斉に躍り出た。

 緑色した肌と醜悪な面構え、口を閉じていても下顎犬歯を突き出しているのが特徴的な魔物。雑魚御三家の代表格『ゴブリン』である。

 その体躯は小さい。大きくても150センチを超えず、人間と比べたら非力ではあるが、その欠点を補うほどの素早さがゴブリンの持ち味。

 しかし、ゴブリン最大の武器は群れる事にあり、『1匹を見かけたら、30匹は倒すまで油断するな』という格言が有るくらい。

 また、ご覧の通り、知恵を少なからず持っており、集団戦を疎いなりにも心得ている為、単体の強さは雑魚御三家の中で1番下だが、一人前の冒険者でも油断は決して出来ない強さがある。


「う、嘘っ!? は、挟み撃ちっ!?」


 前方に7匹、後方に5匹。完全な不意打ちを食らい、アオイは息を飲むが、焦りは無かった。

 この1週間の間、掃除や洗濯といったFランクの依頼ばかりを行い、殺伐としたモンスター討伐系の依頼から遠ざかっていたが、雑魚御三家との戦闘経験は嫌というほど積んでおり、ゴブリンが相手ならという自信は少しあった。

 ただ、問題なのは隣に立っているクライアントの存在。貴族と思われる彼が傷つきでもしたら、一大事となるのは必至。下手すると、冒険者ギルドの問題にまで発展する可能性があった。


「レイモンドさん、私の後に着いてきて下さい!」


 頼りになるナルサスはもう居ない。クライアントを護れるのは自分だけ。その責任感がアオイに力を与えた。

 すぐさま剣を抜きながら忠告を叫び、立ち塞がるゴブリン達へ横薙ぎを放とうと、両手で持った剣を右脇奥へ振り絞って駆ける。


「ゴブゴブーーー!」

「ゴブ! ゴブブ!」


 だが、次の瞬間。赤白い物体がアオイの隣を目にも止まらぬ速度で追い抜き、あぜ道の真ん中に立っているゴブリンへ命中。

 そして、大爆発。火柱がまるで昇竜の如く天高く昇り、広がった凄まじい熱風が駆けているアオイを圧し戻して立ち止めさせる。

 火柱の中、ゴブリン達は断末魔の叫びをあげながら焼かれてゆき、火柱が勢いが数秒後に収まって消えると、7匹居た筈のゴブリンの姿は何処にも無かった。

 あぜ道に残っているのは真っ黒な円を描く焼け跡と粉々となった黒炭の山。


「……えっ!?」

「どうした? 何か酷く焦っていた様だが?」


 たっぷりと間を空けて、アオイが目を点にした茫然顔を振り向けると、どうだと誇らしく腕を組みながら胸を張る魔王が居た。

 その魔王の背後、約10メートル先では5匹のゴブリンがそれぞれの武器を振り上げたままの体勢で固まっており、その顔はアオイ同様に茫然と目が点。


「ゴ、ゴブーーー!」


 一匹のゴブリンがいち早く我に帰り、持っていた武器を投げ捨てて、悲鳴をあげながら逃げ出す。

 それを合図にして、他の4匹のゴブリンも逃亡を開始。それぞれが麦畑へ飛び込み、勝手ばらばらの方向へ逃げて行く。


「あっ!?」


 アオイが思わず左手を伸ばす。それぞれのゴブリンを目で懸命に追いかけ、首を左右に何度も振る。

 なにしろ、ゴブリンは繁殖力が強く、成長速度も早いと言われており、見かけたら全滅させるのが基本的な鉄則となっていた。

 しかも、今回の依頼はこの広大な麦畑に巣くったゴブリン達の徹底駆除。数日も経てば、麦の刈り入れが始まり、その時に1匹でも残っていたら大変な事となる。


「ふっ……。愚か者め」


 ところが、魔王は口の端をニヤリと吊り上げての余裕の笑み。

 開いた右手をおもむろに掲げると、その5本の指先から5つの輝きを真っ直ぐに天へと放った。

 20メートルほどの高さまで上ると、その5つの輝きは明らかな指向性を持ち、三々五々に散った5匹のゴブリンへ狙いを定めて光の線を描いてゆく。


「ゴブゴブ! ゴブン!」

「ゴブ! ゴブゴーー!」


 数秒の時間差を置き、5つの断末魔が麦畑の中で連続的にあがる。

 ゴブリン達がアオイと魔王の前に姿を現してから、約30秒程度。当初のアオイの心配を大きく裏切り、超楽勝と言える結果だった。

 それこそ、EランクとFランクの2人のパーティが12匹のゴブリンを退治したのだから大戦果。生き残れた幸運を拍手喝采して喜び、踊り騒いだとしても、誰も文句は言わない。


「おい、こんなものか?

 呆気なさ過ぎて、つまらんぞ。もっと歯応えの有る所へ連れて行け」

「ええぇぇ~~~っ!?」


 だが、魔王は溜息をだるそうに漏らすと、不満気な表情で狩り場のレベルアップを要求。アオイは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。




 ******




「ええっと……。レイモンドさんって、お強いんですね?」

「どうやら、俺の凄さがようやく解った様だな。褒めてやろう」


 アオイは驚く一方で戸惑うしかなかった。馴染みのギルド嬢から聞いていた話と実態が違い過ぎた。

 ギルド嬢曰く、魔王は魔術学院に入学したばかりの貴族。魔術をちょっと覚えただけで強くなった気になり、それを使いたがってウズウズしている子供。

 その現実を舐めきっているぼんくらに戦いの本当の怖さを感じさせて、冒険者という職業の厳しさを教えるのがアオイの仕事だった。

 ところが、蓋を開けてみれば、それは違った。たった1回の戦いぶりを見ただけだが、アオイは魔王が超一流の魔術師だとはっきりと解った。

 何故ならば、アオイはナルサスという超一流の魔術師を知っており、その類い希な魔術の才能を半月に渡って、実際に彼の隣で見ていたからである。


「ありがとうございます。

 ところで、今の魔術って……。ファイヤーウォールとマジックアローですよね?」


 特にナルサスがモンスター討伐に好んで使っていたのが、先ほど魔王が5連発させたマジックアローの攻撃魔術。

 その性能は便利の一言。光属性の魔術であり、光線を描きながら術者が対象とした目標を何処までも追尾。例え、その軌道上に障害物があっても独自に避け、雑魚御三家程度なら必殺をもたらすほどの威力を持つ。

 しかし、その便利さの割にナルサス以外の魔術師が使用しているのをアオイは一度も見た事が無かった。

 何故、使わないのだろうかという疑問が湧き、同じFランクの依頼を受けている間に少し仲良くなった同い年の魔術師の少女に聞いてみたところ。彼女はマジックアローの攻撃魔術の存在すら知らなかった。

 それどころか、彼女の師である魔術学院の教師ですら、その存在を知らなかったのである。翌日、彼女から話を聞いたらしく、アオイの元へマジックアローに関しての話を是非とも聞きたいと目を輝かせて訪れていた。


「ほう、マジックアローを知っているのか?

 マジックアローは分類するなら中級程度の魔術だが、一般に伝わっていない古代のロストスペルだ。

 それを知っているとは……。お前、身なりは戦士の様だが、もしかすると魔術の心得も持っているのか?」


 魔王も同じ理由から驚嘆して、アオイを意外そうに見つめる。

 なにせ、魔王がマジックアローの攻撃魔術を発見したのは、前の世界での約600ほど前の事。魔王城東の湾に水没した古代遺跡が発見され、そこに描かれていた壁画を苦労の末に解読して得た秘術。


「いえ、教えて貰おうとしたんですが、その前に別れちゃって……。

 もしかしたら、知っていますか? ナルサスって、人が良く使っていたんですけど?」

「ナルサス? ……知らないな」


 そして、2人が密かに抱いた期待はあっさりと消える。

 アオイはナルサスと同じ魔術を知る魔王なら、ナルサスの行方の手掛かりを知っているのではと言う期待。

 魔王は神秘に関する造詣を自分と同程度に持っている者が居り、その者が自分の知らない神秘を所持しているかも知れないという期待。

 2人の間に失望感が漂い、アオイと魔王は奇しくも顔を揃って見合わせた後、溜息を短くついた。


「そうですか……。あっ!? そうだ! 

 さっき、呪文を使っていませんでしたよね? あれはどうしてですか?」


 アオイは気を取り直して、先ほどの戦いで感じた疑問を尋ねる。

 魔術師によって、その呪文が同じ魔術でも多少違いや長短が有るのは知っていたが、魔王の様に呪文をまるっきり唱えないというのは初めてであり、驚きだった。

 それだけに『あのナルサスさんでさえ、どんな魔術にも呪文を唱えていたのに』と言葉の後に続いて、心の中で呟く。


「ふっ……。見ろ、あの鳥を」

「えっ!?」


 その問いを鼻で笑い、魔王は空を指さした。

 この広大な麦畑へゴブリン退治に来ている冒険者パーティはアオイと魔王の他にも3パーティが居る。

 冒険者達とゴブリン達が戦いとなれば、どちらかが必ず犠牲となり、当然な事ながら無惨な屍が麦畑に晒される。

 鳥たちにとって、それは労せず手に入るご馳走である。それを狙って、麦畑の上空は鷹や鷲といった肉食の鳥達が何匹も旋回して飛んでいる。


「お前、鳥が呪文を唱えているところを見た事があるか?」

「……へっ!?」

「魚でも良いし、馬でも良いぞ?」

「何を言っているんですか?」


 その鳥達を言われるがまま見上げるが、アオイは意味がさっぱり解らず、視線を魔王へ戻して困惑する。

 魔王は再び鼻で一笑い。いかにもこれだからド素人は困ると言わんばかりに嘲りを口元に浮かべ、腕を組みながら胸を張って語り出した。


「ふっ……。解らんのか。鈍い奴め……。

 鳥は呪文を唱えなくても、空を飛ぶ。魚だって、馬だって、そうだ。呪文など必要とせず、泳ぐし、早く走る。

 それが当然だからだ。お前が手足を動かす様にな。

 つまり、呪文も同じだ。所詮、呪文や儀式、シンボル、触媒と言ったものは、その魔術を使い易くする為の手段に過ぎない。

 だったら、俺くらいの者になれば、超上級や伝説級、神級ならともかく……。初級や中級程度など、俺にとっては息をするのも同然だ」

「は、はぁ……。」


 アオイは顔を引きつらせて、返事を返すのが精一杯。

 その敢えて遠回りを選んで解説するところから理解する。魔王がナルサスと同種の説明好きであると。

 但し、ナルサスの場合は聞き手をなるほどと感心させるが、魔王の場合は聞き手を見下した感が強くて、嫌味が感じられた。


「あともう1つ、お前は勘違いをしている」

「勘違いですか?」


 そんなアオイの様子に刹那、片眉を跳ねさせる魔王。

 どうやら思ったほどの反応を引き出せずに不満らしい。これならどうだと敢えて言葉を溜めると、アオイが問い返してくるのを待ってから更なる説明を解く。


「お前、俺が最初に使った魔術をファイヤーウォールと言ったな?

 ロストスペルほどではないが、これもなかなか使い手の居ない上級魔法だ。

 それを知っているのは褒めてやるが、あれはファイヤーウォールではない。……ファイヤーアローだ」

「えっ!? えっ!? えっ!? だって、ナルサスさんのは……。」


 その甲斐あって、アオイはこれ以上ないくらいに驚き、目を何度もパチパチと瞬き。身体を仰け反り跳ねさせて、右足を半歩下げた。

 ファイヤーアローは火を起こす入門魔術の次の段階で習得する初級魔術。魔術名は火矢と表現しているが、実際は野球のボールほどの火球である。

 その威力は初級魔術だけあって、当たり所にもよるが、それ単発で致命傷を狙えるほどでは無い。実際の弓で射る火矢と同程度。

 ナルサスは炎を着弾後に対象へまとわりつかせるのがとても巧く、100発100中で火だるま化させていたが、魔王の様に周囲を大きく巻き込んだ豪快な火柱を立てるまでには至っておらず、アオイが驚くのも無理はない話。


「同じ魔術と言えども、使う者の魔力と練度が異なれば、その威力も変わってくる。

 ……と言う事はだ。そのナルサスとやらはまだまだの様だな。

 ロストスペルを知っている様な奴なら、俺がまだ知らない神秘を知っているかと少しは期待したが……。」


 魔王は大満足。張っていた胸を更に張り、鼻息を荒くフンスと一吐き。

 しかし、それで満足しておけば良かったのだが、自分を持ち上げる為にナルサスを比較に出して、肩を竦めて小馬鹿にしたものだから、たちまちアオイは表情を冷え冷えと凍らせた。


「鶏を割くに焉んぞ、牛刀を用いん」

「んっ!? ……何だ、それは?」


 アオイはナルサスと別れる原因となった理由に関してを納得しきった訳では無い。依存心だったのか、恋心だったのか、その判断に未だ迷っていた。

 だが、これだけは間違いなく言えた。何の身寄りが無い自分に対して、様々な事を教えてくれ、こうして今も生きていられる術を教えてくれた事に大きな感謝と深い尊敬の念をナルサスに感じていた。

 当然、そのナルサスを侮辱されたのだから、アオイは頭にカチンと来た。魔王を一睨みしてから、黒炭となったゴブリン達の残骸を眺めながら小さくボソリと呟く。


「意味が無い。無駄だという事です」

「何……。だと?」


 一方、魔王は得意気に『さあ、褒めろ』と待っていたが、アオイから返ってきたのは意味不明な言葉。

 さすがの魔王も地球の中国の故事は知らなかったが、その響きから褒めていない事だけは理解して問い返すと、アオイは鼻を鳴らして吐き捨てた。

 絶対者たる魔王に対して、あまりにも無礼な態度。冒険者ギルドを訪れて以来、積もりに積もってきた魔王の怒りは爆発寸前。導火線に火が点く。


「だったら、あれを見て下さい!」

「うむ、我ながら素晴らしい。あの数秒足らずでここまで燃やし尽くすとはな」

「やりすぎなんですよ!

 あんな炭を持ち帰っても、ゴブリンだと誰も認めてはくれませんよ! 報酬を貰う為にはゴブリンの耳が必要なんです!」

「何っ!? 聞いてないぞ!」


 しかし、アオイが黒炭となったゴブリン達を勢い良くビシッと指さしながら烈火の如く怒鳴ると、魔王は激怒をあっさりと吹き飛ばして、これ以上なく見開いた目から眼を飛び出さんくらいに驚愕する。

 なにしろ、魔王の懐にある財布の中身はあと僅か。今夜のパン代くらいしか残っていないにも関わらず、この麦畑を訪れる前に冒険者ギルドから借金を背負っていた。

 どうして、借金など背負ったかと言えば、その借金こそがギルドの受付嬢が持ち掛けた裏技。戦闘指南という名目でEランク冒険者のアオイを雇い、名目上はパーティとして組む事により、Fランク冒険者の魔王でも本来は請け負えないEランク依頼のゴブリン退治を請け負うというもの。

 つまり、今日のゴブリン退治にて、魔王はアオイの雇用費用以上を稼がなくては赤字となり、借金だけが残る為、1匹でも多くのゴブリンを討伐しなければならなかった。

 それ故、大した労力はかからなかったとは言え、『1匹を見かけたら、30匹は倒すまで油断するな』と言われるゴブリンも資源。その存在が無限に有る筈もなく、ただ働きをした事実は激怒を忘れさせるのに十分過ぎるものだった。


「言う前にやったんじゃないですか!

 マジックアローで倒したゴブリンもそうです! こんなただっ広い麦畑の中で倒しちゃったら、捜すのが手間でやってられませんよ!」

「ぐぬぬ! ならば、麦をウィンドカッターで切り裂けば!」

「麦を守りに来ているのに麦を倒して、どうするんですか!

 損害賠償を取られるだけですよ! そんな事も解らないなんて、馬鹿ですか! アホですか!」

「こ、この俺に向かって……。ば、馬鹿? ア、アホ?」


 挙げ句の果て、アオイの勢いは止まる事を知らなかった。

 その指先を黒炭となっていたゴブリン達から魔王の眼前へ向き変えて、容赦なく厳しく責め立てる。嘗て、ここまで魔王を罵った者など1人として居ない。

 魔王は自分に最も相応しくなく、最も関係ないと認識していた称号を与えられ、驚きも怒りも通り越しての茫然自失。


「取りあえず、レイモンドさんの強さは理解しました!

 次からは私の指示にちゃんと従って下さい! そうじゃないと、今日はただ働きどころか、損をしそうなんで!」

「……わ、解った」


 いつの世も、どの世界でも、金というモノはヒトを縛り付ける存在。それは今の魔王も例外では無かった。

 憤怒の表情を寄せるアオイに怯み、魔王は両掌を突き出しながら仰け反り、ただただアオイの言葉を受け入れて頷いた。




 ******




「美味い! 美味いぞ!」


 麦畑から少し離れた小川の河原。手頃な岩を椅子にして、ちょっと遅めの昼食。

 魔王は雉のもも肉を豪快にかぶりつき、その味に目をカッと見開かせて驚くと、夢中になって食べ始めた。


「そ、そうですか?」


 調理を担当したアオイとしては褒められて嬉しくない筈がない。

 照れ臭そうに視線を伏して、石組みして作った竈で焙っている雉のもも肉へ刻んだ草をパラパラと振りかける。


「なるほど……。香り付けの材料だったのか。

 途中、薬草でもない葉っぱなんぞを採っているから、何だとは思っていたが……。」


 たちまち白い煙が上ると共に周囲へ広がる独特の香り。

 再誕以来、魔王は料理に興味を持って、味に厳しくはあったが、その知識は全く持っていない。

 だからこそ、魔王は本気で感心していた。街の中でならまだしも、街の外で美味いと言える料理を作ってしまうアオイの腕に。


「薬草学は発達しているのに、香草はあまり知られていないなんて不思議ですよね」

「そうなのか? どの辺が不思議なのか、まるで解らんのだが」

「薬草も、香草も、ほぼ一緒ですよ。……うん、そろそろかな?」


 だが、魔王が熱心に見つめる為、アオイはより照れ臭くなる。

 本心を言えば、魔王の様に焼き上げた雉のもも肉を豪快にかぶりつきたかったが、魔王の視線を感じて、端っこをちんまりと囓っただけ。

 おかげで、肉と一緒に味わう事によって、更に美味しくなる筈だった鳥皮が余計に引っ張られ、口の中がゼラチン質特有のぷるぷる感で一杯となり、なかなか噛み切れずに苦労する。


「しかも、この味……。お前、調味料も持ち歩いているのか?」

「はい……。少しだけ……。どうせ……。なら……。美味しく……。食べたい……。ですから……。」


 それが受け答えから解ったのだろう。会話を止めて、魔王も雉のもも肉を味わうのを再開させる。

 これ幸いと、アオイは口の中のぷるぷるを懸命に処理しつつ、たまに魔王の様子をチラリと窺いながら『不思議な人だな』と思う。

 初対面時、ギルド嬢との会話を見て、アオイは男性が苦手というのも有るが『この人、駄目だ。自分とは絶対に合わない』と直感で悟った。

 強いて例えるなら、ナルサスがクラスの中心となって引っ張ってゆく学級委員長なら、魔王はクラスメイトの意見をねじ伏せて強引にひっぱってゆくガキ大将。

 クラスの端っこで『ぼっち』をしているアオイがどちらを選ぶかと言えば、それは前者に決まっている。学級委員長は全体に気を配るが、ガキ大将は自分の取り巻きしか見ず、確実に『ぼっち』は取り残される。

 それ故、冒険者ギルドを出発した時から、アオイは憂鬱で憂鬱で仕方が無かったのだが、最初の戦闘をきっかけにして、魔王に対する印象はガラリと変わった。

 ガキ大将タイプというのは変わらないが、自分の至らないところは素直に認めて、アオイを尊重する。魔王の強引さとアオイの引っ込み思案、この2つが合わさって、丁度良い具合になっていた。

 実際、ナルサスという超一流の魔術師と組んでいたアオイにとって、魔王とのパーティは打ち合わせをさほど必要としない戦い易さがあった。

 但し、魔術を無詠唱でいきなり使われたら驚き、連携が取れない為、魔術を使用する時はどんな魔術を使うのか、その名前を魔王に宣言して貰う工夫はした。

 それ等の結果、ちょっと遅めの昼食とはなったが、午前中だけで一般のパーティが1日かけて狩る量の2.5倍は戦果を得ており、ゴブリンの耳を保管してある風呂敷は既に満載。昼食を食べ終えたら、早々と街へ帰る算段となっていた。


「このパンだって、そうだ。

 普通、こんなの有り得ないぞ? 固いパンと干し肉、それが弁当というものだ」


 ようやくアオイが口の中の物を食べきったのを見計らい、魔王が黒パンを千切って食べながら会話を再び始める。

 黒パンとはライ麦で作ったパンであり、小麦で作った白いパンと比べて、発酵と焼きの膨らみが悪い為、その密度がどうしても濃くなり固い。

 もっとも、噛みごたえや食べごたえがある分、腹持ちが良い為、少しでも荷物を減らしたい冒険者達や旅をする者達にとって、黒パンは定番の弁当となっていた。


「そうみたいですね。

 でも、このパンも、雉も、私だけでは無理でしたよ? レイモンドさんが居てくれたおかげじゃないですか?」

「まあ、それはそうなんだが……。

 パンを柔らかくさせる工夫と言い、雉焼きの味付けと言い、何処かの店で修行したのか?」

「修行だなんて、大げさですよ。夕飯を作る時、母の手伝いをしていたくらいです」


 アオイの趣味は何と言っても読書だが、2番目を挙げるとするなら料理である。

 しかし、それなりの拘りは持っていても、凝った物を作れる訳では無い。家庭料理がせいぜいであり、たまに御菓子を作る事はあったが、簡単な物ばかり。

 ただ、アオイの所見によると、この世界の料理は全てにおいて、アオイが育った世界の料理ほどに洗練されていない。その分のアドバンテージが魔王を驚かせているのだろうと考えた。

 それでも、アオイにとってみたら、普通の事。特に誇れるものでは無い為、やけに持ち上げてくる魔王の言葉がくすぐったくて仕方が無かった。アオイはどう返したら良いかを迷った末、目を細めて苦笑する。

 余談だが、アオイが黒パンを柔らかくさせた方法とは、水に一瞬だけ潜らせた黒パンを鞣した革袋に入れて封を縛り、魔王のファイヤーアローによる火力で瞬間的に蒸しただけ。

 雉に関しては2人とも狩猟の経験も、知識も無いが、たまたま河原を歩いている雉が居り、雉打ちには打って付けな自動追尾するマジックアローを魔王から撃って貰い、あっさりとゲットしていた。

 そのどちらもアオイの言う通り、魔王居らずして、今の昼食は無いのだが、魔王はファイヤーアローとマジックアローを調理や狩猟に使うなど考えた事も無かっただけに、アオイの型破りな考えに感心するしか無かった。


「なら、お前の母上はさぞや名のある料理人なのだろうな」

「お母さんが? ……フフ、ありがとうございます」


 魔王とアオイ、2人の間にほんわかとした優しい雰囲気が流れる。

 秋晴れの麗らかな日差し、美味しいお昼ご飯、たっぷりな報酬が約束された本日の戦果。

 ナルサスと別れて以来、アオイは心の余裕を久々に感じて、その瞼を重そうにうとうとさせる。


「……と言う事で決めた! お前、俺の料理番になれ!」

「えっ!?」


 その矢先、いきなり前触れもなく両掌を盛大に打ち合わせて鳴らす魔王。

 アオイは身体をビクッと震わせて、眠気を一気に吹き飛ばした。何が『と言う事で』なのかがさっぱり解らない。


「うむ、我ながら名案だ!」

「えっ!?」

「剣の腕前と料理の腕前、片方を持っている者なら大勢いるが、それが両方となったら稀少だからな」

「えっ!?」

「第一、隣を歩かせるなら、男より女の方が断然に良い! 決定だ!」


 しかし、魔王はお構いなし。満足気な表情でウンウンと頷いて、一人で納得。勢い良く立ち上がると、アオイへ人差し指をビシッと突き付けた。

 慌ててアオイも立ち上がり、拒否して叫ぶが、魔王は腕を組みながらふんぞり返り、聞く耳をこれっぽっちも持たない。


「えっ!? ちょ、ちょっと待って下さいっ!?

 ひ、引き受けるとは一言もっ!? ……わ、私の意志はっ!?」

「知らん! この俺に仕えられるんだ。これ以上の幸せは他にあるまい!」

「な、何なんですかっ!? そ、それはぁぁ~~~っ!?」


 つい今さっきまでの優しい雰囲気は何処へやら、魔王とアオイの激しい言い合いは街へ帰るまで続いた。




 ******




「やれやれ、ようやく出会えたか。

 これでこっちの方は大丈夫だろう。なら、次は……。」


 魔王とアオイが昼食を楽しんでいる河原とは反対側の河原先にある森の中、ある木の枝にナルサスは立っていた。

 そして、何やら言い合って騒いでいる2人の姿を眺めて、何やら懐かしむ様に微笑むと、外套をバサリと翻して、森の奥へと消えて行った。




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