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第15話 笑顔の報酬




「これ、全部が……。えっ!? まだ有るの?」


 アオイは魔王より一足遅れて、盗賊団アジトの中央広場を訪れるなり、その集積されている財貨の山に茫然と我が目を疑った。

 金貨、銀貨、大銅貨、小銅貨の貨幣が分類されて詰まった酒樽が20樽以上。これだけでも莫大な額になるが、ここに現品が更に加わる。

 武器、防具、貴金属、工芸品、衣類、生活必需品、食料品。それ等が文字通りの山となって積み上げられており、立派な市場が開かれていた。

 しかも、集積の作業はまだ済んでおらず、盗賊達は命惜しさに各家から黙々と財貨を運んでおり、アオイは盗賊団とはこれほどの儲けがあるのかと驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。


「さて、どう思う?」


 そんなアオイへ魔王から唐突な質問。

 但し、その視線は盗賊達を厳しく見定めたまま。相変わらず腕を組んで偉そうに立ち、その姿はまるで奴隷達の仕事ぶりを監視する監督官の様だった。


「ええっと……。凄い量ですね」


 アオイは返答に詰まった。

 なにしろ、魔王の質問は主語が無い。どんな答えを求めているのかが解らずに迷った末、当たり障りのない見たままの感想を応えた。

 だが、それは見当違いだったらしい。魔王が顔を左右に振って、これ見よがしに溜息を深々と漏らす。


「だったら、あれを見ろ」

「えっ!? ……あっ!?」

「凄い人数ですね。彼女達を見て、そう簡単に言えるか?」


 アオイは唇を不満に尖らすが、魔王が顎をしゃくって指し示した方向へ視線を向け、自分の応えが漠然と間違っていたのだけは解った。

 そこには盗賊達に監禁されていた20人ほどの女性が居り、その年齢は二十代を主として、十代から三十代前半までばらばら。これから何が始まるのかと身を寄せ合って怯えきっていた。

 各家を見回った際、助けに来たと告げてあるのだが、長く監禁されていた日々が心を荒ませたらしい。盗賊達に沸かせた風呂へ入らせて、服も着せて、靴も履かせたが、その瞳は虚ろで輝きが無かった。


「そ、それは……。」


 同じ女として、アオイが何軒かの家で見た衝撃的な光景が許せず、心を重くさせて言葉に詰まっていると、ここで初めて魔王は顔をアオイへ振り向かせた。

 その目がキラリーンと輝いているのを見つけて、アオイは自分の失敗を悟り、魔王へ聞こえない様に口の中で小さく舌打つ。


「知っているか?

 ゴブリンやコボルトが人間を襲うのは、人間が手頃な食料だからだ。

 オークが人間の女を襲うのは、オークの雌が極めて稀少な存在だからだ。

 そして、奴等同士が戦うのは、縄張りがかち合った為の生存競争からだ。

 この意味が解るか? 魔物は利己的な欲望で同族の財産を奪ったりはしないと言う事だ。

 だったら、こうは思えないか? 魔物ですら行わない行為を行う盗賊という人種は魔物以下の存在だと……。」


 案の定、怒濤の長説明が開始。それは盗賊達にとって、とても耳が痛いものであった。

 アオイが大丈夫だろうかと様子を窺ってみれば、盗賊達は明らかに憤慨しており、魔王を見る目つきが鋭くなっていた。

 ソレもその筈。人間から害虫扱いされているゴブリンやコボルト、オーク以下だと言われたら怒らない筈が無い。


「これを見ろ。……とうもろこしだ。

 この前、少し聞いたんだが……。暖かい南方なら、とうもろこしは栽培が1年に渡って可能らしい。

 だが、この辺りは冬が厳しい為、栽培は夏の1回だけ。比較的、高価な食材と言える。

 しかし、お前も壁の上から見ただろうが、とうもろこし畑など何処にも無かったよな?

 まあ、こいつ等の生業を考えたら、これをどうやって手に入れたかなど容易く解る答えだ。

 だったら、こいつ等がこのとうもろこしを不当な手段で得たが為、どれだけの人数が不利益を得たと思う?」


 しかし、柳に風。魔王は全く気に留めない。

 手近な封が開いている麻袋の中身を一掴みして挙げ、掌を傾斜を付けると、とうもろこしの実をパラパラと零して再び麻袋へ戻す。その作業を何度も繰り返しながら語る。


「もちろん、被害者の1人目はこのとうもろこしを交易していた商人だ。

 それこそ、このとうもろこしどころか、命すら奪われている可能性は十分に有る。

 そして、その商人が結婚していたら、2人目、3人目の被害者が商人の家族だ。

 突然、稼ぎ手が居なくなって、さぞや苦労しているに違いない。

 いや、商人が動かす金の額は一般人のソレとは大きく違う。もしかしたら、破産して、多額の借金を抱えている可能性だって有り得るな」


 いつもながら遠回りな説明で話の終着点が見えず、アオイは漂い始めた緊張感に気を揉む。

 やはり最初の例えが悪すぎた。盗賊達は作業の手を止め、何人かに至っては殺気立ち始めている者すら居た。


「その場合、どうやって返したら良い?

 この世の中、男ならともかく、女が選べる選択肢はあまり無い。

 そう、娼婦になるしかない。これが最も手っ取り早く借金を確実に返せる手段だ。

 子供が年頃で女なら、これも娼婦になるだろう。それ以外は奴隷だ。その身自体を売るしかない。

 もっとも、これはマシな方で幸運と言える。

 娼婦になれないほどの年増や醜女はどうしたら良い? 自分の身を奴隷として売ってもたかがしれているぞ?

 まあ、逃げるか、死ぬか……。そのどちらかだろうな。

 そうなったら、金を貸していた者は少しでも回収しようと、商人の親類縁者に群がり、被害者4人目、5人目の登場となる」


 ところが、その緊張感は次第に収まりを見せてゆく。

 正直なところ、魔王の話は上手く誘導されたものだったが、決して有り得ない話では無かった。

 アオイ自身、被害者の先に居る更なる被害者の存在まで考えは至っておらず、思わず『あっ!?』と驚き声を小さく漏らして目を見開く。


「もっとも、これはあくまで明確に見える被害者の数に過ぎない。

 これが目に見えない被害者の数となったら、その数は数えきれないほどだ。

 それはどうしてか? その答えは市場に出回る筈だったとうもろこしがここで止まっているからだ。

 流通量が減れば、市場の相場に影響を与えて、とうもろこしの値段は上がり、分配量が減るという事に繋がる。

 なら、とうもろこしを手に入れられなかった者はどうする? ……他のモノを買うしない。

 そうなると、その代用品の消費が進み、消費される事によって、相場が上がり……。めでたく、負の連鎖の出来上がり。

 あとは説明しないでも解るだろう。たった1本のとうもろこしだって、それを不当な手段で奪ってしまえば、この大陸全体の物価を少なからず上げる要素になっているという事だ」


 最早、盗賊達は完全に意気消沈。

 顔を俯かせる者、顔を俯かせた上に肩を震わせる者、気まずさに耐えきれず作業を再開させる者。今更ながら、自分達が行ってきた罪の大きさを思い知っていた。


「どうして、こいつ等が盗賊になったかは知らんし、聞く気も無い。

 まあ、貧困が根底にあるのは確かだろう。……税金は高いしな。

 しかし、だからと言って、他人のモノを奪って良い道理は無い! 先ほども言ったが、盗賊などゴブリン以下の存在だ!

 世の中が悪いというのなら、世の中を変える努力をしろ! それが出来ないなら、自分を変える努力をしろ!

 その努力もせず、ただ安易な道を選び、嘆いていた世の中の悪さを自分で更に悪くして、どうする! 呆れてモノが言えんわ!」


 そして、魔王は最後に一握りのとうもろこしの実を盗賊達へ投げ付けて怒鳴り、長説明を締めた。

 それを盗賊達は甘んじて受け止めると、止めていた集積作業を再開させる。その様子は先ほどまでとは明らかに違い、嫌々やらされている感が消えて、罰を受けている感が見て取れた。


「こいつ等がいかに下種か、さすがのお前もこれで解っただろ?

 それでも、お人好しなお前の事だ。改心するチャンスとか、そんな甘い考えをしているなら無駄だぞ。

 人間というモノはタガを一度でも外して、楽を覚えてしまったら、それを元に戻せる者など希でしかない。だから……。」 

「レイモンドさん」

「んっ!? 何だ?」


 しかし、魔王は鼻息を荒くして認めない。

 『病治りて医師忘る』、その諺を説こうとするも言葉を遮られ、不機嫌そうな顔を盗賊からアオイへ振り向ける。


「もしかして、それを私へ教える為にわざわざ?」

「い、いや……。ち、違う! お、俺はだな!」


 だが、両手を胸の前で組みながら尊敬の眼差しを向けているアオイを目の当たりにして、魔王は胸をドッキーンと高鳴らせて焦りまくり。

 ようやくアオイは悟った。路銀欲しさも実際に有ったのだろうが、魔王が盗賊団のアジトを襲撃した第一の理由が自分を立ち直らせる為だったと。

 ここまで丁寧な説明をされたら、それ以外は考えられない。アオイは人の命を奪うのにまだまだ抵抗はあったが、次に盗賊から襲われた時は今の話を糧にして、ちゃんと戦える自信が持てた。


「ありがとうございます。私、もう大丈夫ですから」

「お、おう……。そ、そうか」


 そんなアオイが普段の10倍くらい可愛く見えてしまう魔王。

 思い返せば、出会った時から馬鹿だ、アホだと罵られて、何かと怒鳴り合いばかり。

 こうして、尊敬の眼差しを向けられたのは初めてであり、先ほどから魔王の胸はドキドキと高鳴りっぱなし。人が周囲に居るのは承知していたが、構うものかと生唾をゴクリと飲み込み、アオイを抱き寄せようとしたその時だった。


「ニャーー! さっぱりしたニャー!

 ……って、ニャニャ? レイニャンも、アオニャンも2人で見つめ合って、どうしたんだニャ?」


 初対面時に発揮したタイミングの悪さをまたもや発揮させて、お風呂上がりのタリアが登場。

 その姿は上がスカイブルー、下が黒のカンフー着。腰に巻いた赤い帯の結び目を左腰に垂らして、両手に赤いナックルガード。


「えっ!? 別に見つめ合ってなんかいませんよ? ねっ、レイモンドさん?」

「ふっ……。そうだな」


 アオイはタリアの言葉にキョトンと不思議そうな表情で首を傾げるが、魔王の反応は違った。

 白い目をタリアに向けながら鼻を鳴らすと、魔王は食料が積まれている山の元へ歩み寄り、牛肉のブロックを手に取った。


「ニャニャっ!? マッツザーカ牛のA5ランク並ニャっ!?」

「……欲しいか?」

「欲しいニャ! 食べたいニャ! お腹ペコペコニャ!」


 その見事な霜降り具合に息を飲み、タリアはお腹をグーグーと鳴らして、涎をタラタラと垂らしまくり。

 だが、魔王はニヤリと笑い、差し出す素振りを見せながらもタリアが受け取る寸前、背を素早く向けた。


「なら、取ってこい! 猫!」

「ニャーーーーー! ……って、ニャーは虎ニャ! 猫じゃないニャーーーーー!」


 そして、身体能力を魔力で増強させると、肉を全力で投擲。もう二度と帰ってくるなと言わんばかりの遙か彼方へ放り投げ、タリアは本能が赴くまま、すぐさま肉を追って駆け出した。




 ******




「さあ、お前で最後だ」


 魔王の魔術によって、女性達の殆どは既にモテストの街へ帰還済み。

 その際、魔王は女性達の両掌に零れるまでの金貨を乗せた。人生を再出発する為の資金として。

 中央広場に集積された財貨の量を考えると、それはケチ臭い額だったかも知れなかったが、あまり持たせても人生を狂わせるという魔王の判断である。

 そして、最後の1人。魔王は樽の中から金貨を掴み、少女が差し出している両掌の上へ乗せてゆく。


「どうした? さあ、行け」


 ところが、少女は金貨を受け取ったまま。その場から動こうとしない。

 背後に有る高さ3メートルほどの門は見た目こそ、彫刻された悪魔や怪物などの装飾が不気味だが、その向こう側が見えない深淵さえ通れば、たった1歩でモテストの街。

 非日常から日常へ戻れるというのに、少女は顔を俯かせたまま動かなかった。


「ん~~~……。他のお姉さん達には内緒だぞ? ラストワン賞だ」


 彼女は盗賊団のボスが監禁していた少女。

 この大陸において、15歳以上は大人と見なされ、何事も自己責任とされるが、少女は明らかに顔立ちやスタイルが子供だった。

 だが、男を知った女だけが持つ艶も少なからず持ち合わせており、魔王は少女を見つけた時、こんな子供までと腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

 実を言うと、自他とも認める女好きの魔王。15歳になりたての少女から上は40歳の熟女まで容姿とスタイルを満たしてさえいれば、そのストライクゾーンはかなり幅広かったが、子供だけは興味を持てなかった。

 過去に一度。本当はまだ13歳にも関わらず、15歳と年齢詐称をしている嬢と一夜を明かそうとした事があったが、何やら激しい抵抗感が覚えて、アレが直前の直前で役立たずになった経験があるくらい。

 それ故、魔王は少し悩んだ後、貴金属類の中から宝石が付いた指輪を適当に3つ選び、少女が差し出している掌の指へ通した。


「ぷっ!? 何ですか、それ。素直じゃありませんね」

「うるさい! お前は黙ってろ!」


 そんな魔王の心情を読み、アオイは思わず失笑。口元を右拳で隠しながらクスクスと笑い、魔王が照れ隠しに怒鳴る。

 しかし、それが場の空気を軽くしたのか、少女が重く俯かせていた顔を上げた。


「……とう」

「んっ!?」

「ありがとう! お兄ちゃん!」


 泣き顔の中にニッコリと笑顔。それは瞬きほどの短い時間だったが、少女は確かに微笑むと、門の深淵の中へ飛び込み、その姿を消した。

 完全な不意打ちだった。魔王は20人以上の女性を同様に送ったが、謝礼を初めて告げられ、茫然と目を見開きながら固まる。


「ぐぅっ!?」


 だが、次の瞬間。凄まじい頭痛が襲い、たまらず魔王は片膝を落とした。

 強いて例えるなら、頭の中にドリルを突き立てられて掘られてゆくかの様な痛み。

 今ほど目に焼き付いた少女の笑顔がフラッシュを何度も重ねながら徐々に別の女の子の笑顔へと変化。最初はぼやけていたソレがゆっくりと形作られ、紫色した瞳やアッシュブロンドの髪、輪郭が姿を成してゆく。

 ところが、その尋常でない様子に驚き、慌ててアオイが魔王の元へ駆け寄り、同様に片跪いた途端。


「レイモンドさん、大丈夫ですかっ!?」

「くっ!? はぁ……。はぁ……。大丈夫だ。問題ない」


 目の前にぼんやりと浮かび始めていた女の子の顔は消え、それと共に頭痛も嘘の様に治まり、魔王は息を荒く肩でしながらアオイの手を借りて立ち上がった。




 ******




「さて……。」


 魔王は頭痛が完全に治まったのを確認して、深呼吸で呼吸を整えると、指を弾いて鳴らした。

 その途端、モテストの街と繋がる門が塩と化して崩れ、白い山となったソレも風がさらって瞬く間に消え去る。

 ちなみに、この門は今現在のところ、出口の登録地点がモテストの街のみの為、今は単なる一方通行の門でしかない。

 そして、樽から金貨を一握りして掴み、懐から取り出した革袋に入るだけ詰めると、指を再び弾いて鳴らした。

 たちまち青白い炎が広がって、天を焼き焦がさんばかりの火柱を立ち上らせて、集積されている食料や衣類は勿論の事、剣や鎧と言った金属ですら真っ赤に燃やして、見る見る内に液体と化してゆく。

 無論、それは金貨、銀貨、大銅貨、小銅貨も変わらず、莫大な財貨が燃えて無くなってゆく様を茫然と見守るしかない盗賊達が彼方此方で呻き声を漏らす。


「ふんっ……。ほら、行くぞ」

「あっ!? ……は、はい、よろしくお願いします」


 そんな盗賊達に鼻を鳴らした後、魔王は掌を上にした両手をアオイへ差し出す。

 アオイは魔王が何を要求しているかを悟り、紅く染めた顔を俯かせながら歩み寄り、背を向けて魔王と重なり合う。

 それを合図にアオイをお姫様だっこして、魔王はアオイと共に浮遊を開始。ゆっくりと空へ上ってゆく。


「ま、待ってくれ! お、俺達はどうなるんだ!」


 盗賊達は目を見開いて一斉に驚愕した。慌てて盗賊団のボスが皆を代表する様に叫ぶ。

 但し、それは魔王とアオイが空を飛んだ事に対してではない。この場に置いていかれる事に対してである。

 なにしろ、盗賊団のアジト四方は高い壁。モテストの街と繋がる門は消えて脱出方法が無く、今もデスナイトとスケルトン達に囲まれている状態。

 しかも、外からの助けを待とうにも、ここは外から見つかり難い場所な上、その救助を待つ間の食料は今正に燃え盛っているところ。三度の飯より好きな酒はとっくに廃棄されており、あと口に出来るものと言ったら水しかない。

 余談だが、盗賊団のボスは最後の最後まで自分が監禁していた少女へ縋る様な視線を向けていたが、少女は最後の最後まで盗賊団のボスを一度も見る事は無かった。


「安心しろ。そいつ等はあと暫くもすれば消える。

 それに全部差し出せと言ったが、お前等の事だ。少しは残してあるんだろ? だったら、それで命を繋いでいる内に脱出方法でも考えるんだな」

「や、約束が違うじゃねぇ~か! お、俺達はお前が……。」

「ああ、言ったな。全財産と引き換えに命を助ける、と……。 

 実際、助けたじゃないか? 今、お前等は生きているだろ?

 なら、あとは知らんよ。お前等がここからどうやって外へ出るか、それは俺の関与するところではない」 

「な゛っ!?」


 だが、魔王は冷たかった。一瞥すらくれず、壁ほどの高さまで上昇すると、今度は移動を開始。

 盗賊達は2人を追いかけようとするが、デスナイトとスケルトン達に囲まれていては追いかける事すら出来ず、罵声だけが秋空に虚しく響き渡る。

 一方、魔王にお姫様だっこされているアオイは魔王のペテンに呆れ、深い溜息を漏らさずにいられなかった。


「はぁぁぁぁぁ~~~~~~……。」

「むっ!? 文句でもあるのか?」


 魔王は皺を眉間に刻んで顔を顰める。

 先ほど魔王は否定したが、アオイの指摘通り、今回の一件はアオイの意識改革の為である。

 だからこそ、ある程度はアオイの意を汲み、降伏勧告を行ったが、魔王としては盗賊達に再出発のチャンスを与えただけでも最大の譲歩と言えた。

 ここまでお膳立てさせておきながら、まだ解らない様なら根本が合わない。アオイの料理の腕を惜しみながらも魔王は料理番解雇を視野に入れる。


「いえ、別に……。あれくらいの罰は必要だと思います。ただ……。」

「……ただ?」

「次の街、アナハイムでしたっけ?

 こうやって、最初から飛んでいけば良かったんじゃないかなって……。」


 しかし、アオイの不満は全く別のモノだった。

 その下らなさに思わず吹き出すのを堪え、魔王は安堵を覚えながら、この飛行魔術を安易に使わない理由を説く。


「馬鹿を言え。己の足で歩き、その土地、その土地の景色を愛でる。

 これこそが旅の醍醐味よ。空を飛んで行くなど、無粋……。意味が無い」

「でも、早いし……。こっちの方が断然に安全ですよ?」

「そもそも、お前は解ってない。

 この魔術、意外と疲れるんだぞ? どうして、俺一人だけが疲れなきゃならん。不公平だろうが」

「そうなんですか?」

「ああ……。お前、重いからな」


 ところが、叡智は極めていても、男女の機敏はまだまだな魔王。

 よりにもよって、年頃の女の子へ対するモノの中では1、2を争う禁句を告げてしまう。


「ちょっ!? ……それ、どういう意味ですか! 私は重くなんかありませんよ!

 もし、重いとしたら、それはレイモンドさんが非力で……。そう、鎧! 鎧を着ているせいですよ! 私は重くありません!」


 その効果は覿面に表れた。アオイは息を飲んで絶句した後、顔を怒りと恥ずかしさに紅く染めて、いつも以上の勢いで吠える。

 挙げ句の果て、ここが何処かを忘れて、魔王の頭をポカポカと叩きながら両脚も上下にばたつかせる。


「こら! 暴れるな! 危ないだろうが! ……って、あっ!?」

「キャっ!?」


 その為、魔王はアオイの膝裏を持っていた左手を滑らしてしまい、アオイが自由落下。

 しかし、それは一瞬の出来事。すぐさま魔王がアオイの脇をまだ持っている右手を胸元に引き寄せると共に滑らせた左手をアオイの背中に回して抱き締め、アオイもまた魔王の背中に両腕を回して難を逃れる。

 その結果、お姫様だっこですら恥ずかしかったのが、アオイは魔王の胸元に顔を埋めながら密着して抱き合う形となり、耳まで真っ赤っか。


「ほら、見ろ。ちゃんと掴まっていないからだ」

「……ご、ごめんなさい」


 だが、魔王は肝を冷やしただけであまり面白くなかった。

 なにせ、アオイはハーフプレートを身に纏っている為、固くて重たいだけ。

 一応、すぐ真下にあるアオイの髪から女の子特有の匂いが漂っていたが、モテストの歓楽街で耐性を得ている魔王には効かなかった。

 不機嫌な魔王と恥ずかしさに悶えているアオイ。2人の会話は自然と無くなり、沈黙が漂うと、新たに直下からもう1人の声が聞こえてくる。


「ニャーーーっ!?」

「「あっ!?」」


 魔王とアオイが揃って目を見開き、奇しくも同時に驚き顔を見合わせる。

 そう、2人はタリアの存在をすっかりと忘れていた。盗賊団に監禁されていた女性達をモテストの街へ送り、それで満足してしまっていた。


「酷いニャ! 酷いニャ! 置いていくなんて、酷すぎるニャ!

 ニャーも連れて行くニャー! ニャニャニャのニャーーーーーーーーーー!」


 タリアは涙目となりながら空の魔王とアオイを見上げ、届く筈のない両手を目一杯に伸ばして、全速力で駆けていた。

 その置いてけぼりを喰らい、必死に追いかける姿は哀れで涙を誘った。あの魔王ですら、胸が罪悪感にキリキリと痛んだ。


「ニ゛ャ゛っ!?」


 しかも、タリアは上ばかりを見上げていたものだから、盗賊団アジト敷地端にある壁へ真正面から大激突。

 その反動に10メートルほど後方へ転がった後、白目を剥きながら大の字となって気絶。沈黙した。


「と、取りあえず……。い、一旦、下に下りましょう」

「……そ、そうだな」


 こうして、魔王とアオイの旅に同行者が1人加わった。




 ******




 その後、盗賊団がどんな行動を取ったのかは謎である。

 一応、壁を越えようとする努力は行ったらしい。固い壁を掘った跡や急場凌ぎながらも見事なハシゴといった努力の痕跡が幾つも現場から発見されている。

 ただ、同時に激しく争った跡も有り、結論から先に言うと、盗賊団は壁を越えられず、全員が壁の中で息絶えていた。

 実際は3人が生き残っていたが、冒険者ギルドの調査依頼を受けて、冒険者達が2週間後に壁を越えて、現場を赴いた時、その3人は既に気が触れており、襲いかかってきた為、やむなく処分されてしまい、一歩も外へ出る事なく死亡した。




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