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第16話 犬も歩けば




「アオニャン、そっちに行ったニャ!」


 無謀にも街道をたった3人で旅する者達が居た。

 しかも、その見た目はいずれも成人したばかりであり、女2人と男1人の組み合わせ。

 当然の事ながら、盗賊達は組み易しと見た。財貨はさほど持っていなさそうではあるが、女2人はなかなかの器量好し。鴨を逃してはなるまいとお決まりの台詞と共に襲いかかった。

 ところが、蓋を開けてみると、どちらが鴨だったか、それを盗賊達は身をもって知る事となった。


「任されました!」


 盗賊達が口上をあげている最中、獣人の娘が放った飛び込み肘打ちによって、まず1人目があっさりと昏倒。

 その問答無用の先制攻撃に盗賊達が茫然となった隙を突き、続けざまに正拳、裏拳、回し蹴りのコンビネーションが放たれ、2人目、3人目、4人目が次々と地に伏してゆく。

 慌てて盗賊達は我を取り戻すと、ハーフプレートを身に着けていても弱気そうな顔立ちをした眼鏡の娘へ標的を集中させるが、これがまたとんでもない剣士だった。

 ほぼ同時に三方向から放たれた矢の軌道を見切り、バスターソードを片手で一振り。その全てを弾き飛ばした上、棍棒の時間差攻撃を放とうとしていた正面の者を返した一振りで逆袈裟切るという曲芸じみた剣技を披露。


「ええい! この程度の雑魚に何を手間取っている! 退け! 邪魔だ!」

「ニャんと!」

「はい!」


 この時点で盗賊達のリーダーは戦意を半ば失い、撤退を叫ぼうとしていたが、更なる驚異が目の前で繰り広げられる。

 女2人に護られている貴族のお坊ちゃん。そう思い込み、盗賊達が眼中に入れていなかった残る1人の男が吠えた次の瞬間だった。

 男が突き出した右掌から真っ赤に燃える炎が放射状に放たれ、残っている盗賊達と周囲の木々を圧倒的な火力で焼いてゆく。


「ドラゴニック・ファイヤーブレス!」

「うぎゃーーーーー!」


 盗賊達が3人の前に現れてから、30秒も経ったのだろうか。街道の平和はあっと言う間に守られた。




 ******




「それにしても、アオニャンは優しいニャー」

「えっ!? 突然、何ですか?」


 左手に森、右手に小川の街道を行く魔王一行。その隊列は先頭からタリア、アオイ、魔王の順番。

 特に相談した訳でも、申し合わせた訳でも無いが、いつの間にか、この隊列が3人の中で気付いたら定着していた。

 なにせ、タリアは気配察知に長けた獣人。これがベストな隊列であり、タリアが加わってから、魔王一行は不意打ちを完全に受けなくなっていた。


「さっきの盗賊ニャ。どうして、あんニャのに手加減するんだニャー?」

「いや、それは……。」


 事実、先ほどあった盗賊達の待ち伏せも、タリアの尻尾が事前にぴょこぴょこと動いて、ソレをアオイと魔王へ知らせていたのである。

 それは戦士としての技量はメキメキと成長していても、心構えがなかなか追いついていないアオイにとって、とても有り難いものだった。


「そいつのは優しいじゃなくて甘いんだよ!

 ……ったく! この俺にあれだけの手間をかけさせておいて……。」

「ううっ……。」


 しかし、魔王から見たら、当初の懸念は解消されたが、アオイの心構えはまだまだ不満だらけ。

 2人の会話に怒鳴って割って入り、その厳しい言葉に言い返せず、アオイが肩を落として視線も伏す。


「レイニャン、どうしたんだニャー?」

「ええっと……。その……。色々と……。」


 1人、事情を全く知らないタリアはキョトンと不思議顔。

 歩調を少し緩め、唐突に不機嫌となった魔王についてを小声で尋ねるが、アオイはぎこちない笑みで言葉を濁すのみ。

 重苦しい雰囲気が漂い、沈黙も漂いかけるが、タリアはまるで何事も無かったかの様に話題転換を図る。


「でも、あれニャ。ニャンだかんだ言って、バランスの良いパーティーニャ」

「フフ……。戦士、武道家、魔術師。これであとは僧侶が居たら完璧ですね」

「ニャは! それ、フラグニャ!」

「えっ!? フラグって……。そんな言葉が有るんですか?」


 それに救われて、アオイが元気を取り戻す。

 そう、タリアは持ち前の陽気さもあって、今ではすっかりパーティーのムードメーカー。その存在に魔王とアオイは密かに助かっていた。

 なにしろ、積極的な魔王と消極的なアオイ。パーティーとして、上手く機能している時は申し分ないのだが、反りが少しでも合わなくなると、その仲をなかなか戻せない問題点もあった。

 正しく、先日の盗賊の一件がソレに辺り、アオイのソレが発覚した当日など、食事の時ですら互いに一言、二言しか話さず、道中に至っては全く会話が無かったほど。


「はん! 戦士、武道家、魔術師だぁ~? 何を言っている。違うだろ?」

「ニャ?」

「はい?」


 だが、それを承知していながらも、魔王はやはり自分が中心に居なくては気が済まなかった。

 再び話に割って入ると、自分、アオイ、タリアの順に指さして、アオイが告げたパーティー構成を修正する。


「ご主人様! 料理人! ペット! ……だろうが!」

「ニャニャっ!?」

「また、そんな事を言って……。」


 タリアはペット呼ばわりされ、憤りを感じる前に驚愕のあまりに絶句。目をこれ以上なく見開く。

 その特異な身体能力を考えると、獣人は古い古い先祖に獣の血を持つのは明らかだが、獣人は亜人。歴としたヒト種である。

 当然 ペットと呼ぶのは差別にあたる。他にも例えば、猫舌という言葉があるが、猫族の者が熱い物を食べられずに困っているのを見て、それを笑うのはマナー違反となる。

 ところが、機嫌を損ねると、思った事は何でも躊躇わずに口に出してしまう魔王。これが原因となって、モテストの街でも問題を何度か起こしていた。

 その度、捕まった魔王を衛兵所へ引き取りに行くなどの苦労を重ねていたアオイは、思わず溜息を漏らさずにはいられず、魔王へ白い目を向ける。


「ニャーをペット呼ばわりするとは許せないニャー! 前言撤回するニャー! ニャーを誰だと思っているニャー!」

「ふっ……。ほれ」


 その上、タリアが我を取り戻して、鼻息をフンフンと撒き散らして怒鳴るが、魔王は涼しい顔。

 それどころか、鼻で笑って一蹴すると、懐から小腹が空いた時用の干し肉を取り出して、タリアの頭上へ高く放り投げた。


「……って、お肉ニャー!」

「やっぱり、ペットじゃないか」

「はっ!? うううっ……。ニャーの中にある野生が憎いニャー……。お肉だけは、お肉だけは駄目なんニャー……。」


 即座にタリアは反応して、その場跳び。両手を頭上で叩いて、干し肉を見事にキャッチ。

 早速、干し肉を頬張って、ご満悦となるが、肩を震わせて笑う魔王の指摘を受けて、再び驚愕のあまりに絶句。

 見開いた目をワナワナと震わせて、その場に膝を折ると、一呼吸の間を空けて、四つん這いとなり、項垂れた頭を左右に振りながら自己嫌悪に浸る。

 それでも、タリア曰くの野生がそうさせるのか、干し肉を噛むのは決して止めない。


「タリアさん、大丈夫ですよ? 誰もペットだなんて思っていませんから……。レイモンドさん、やりすぎです!」


 慌ててタリアの元へ駆け寄って跪き、その肩を抱いて慰めながら魔王を強く睨み付けるアオイ。

 しかし、その実はアオイも笑いを必死に噛み殺していた。魔王を強く睨んで刻んでいる眉間の皺はプルプルと震えており、あと一押しで決壊寸前。


「ふん! ……って、いや、待て! ちょっと待て! 

 おい、猫! 何故、お前がここに居る! どうして、付いてきている!」


 幸いにして、それは気付かれなかったが、ここで魔王はもっと重大な事実に気付く。

 それはタリアが魔王とアオイのパーティに何喰わぬ顔で混ざっていると言う今更ながらのもの。

 盗賊団のアジトを旅立ち、既に4日目。あの場に置いてけぼりを喰らわせた負い目も有り、魔王は渋々ながらもタリアの同行を許していたが、それは昨日までの話。

 昨夜、立ち寄った小さな村の使っていない家を借りての一泊。ここから分岐する道先の別れを双方で予め承知していた為、ささやかながらもお別れ会を行った筈にも関わらず、気付いてみたら、今日も同じ道を一緒に歩いており、魔王は訳が解らなかった。


「ニャーは虎ニャ! 猫じゃないニャー!」

「あっ……。気付いちゃった」

「えっ!? ……お前、気付いていながら?」


 例によって、猫呼ばわりされて憤り、両手を掲げながらガオーと吠えるタリア。

 それは予想通りの反応だったが、予想外の反応。アオイが小さく舌打ち、顰めた顔を背けたのを見つけて、魔王は大きく見開いた目をパチパチと瞬き。タリアへ向けていた人差し指をアオイへ向ける。


「まーー、まーー……。良いじゃないですか。

 旅は道連れ、世は情けと言います。相性も悪くありませんし、3人一緒の方が何かと面白いじゃないですか?」


 アオイは振り向き戻り、笑顔を取り繕いながら誤魔化す。

 実を言うと、タリアへ同行を強く求めたのはアオイであり、魔王が気付くまで同行の件を内緒にしておこうと決めたのもアオイ。

 なにせ、前述のムードメーカーの件も有るが、アオイにとって、タリアは久々の女友達。その言葉通り、相性が良くて、とても居心地の良い存在だった。

 特に夜這いの一件以来、どうしても夜になると、魔王を男として意識してしまい、その間にタリアが居るだけで随分と助かっていた。


「俺は面白くないんだよ!」

「ニャー……。」


 だが、魔王は自分のあずかり知らぬところで物事が決まっていたのが不愉快で堪らなかった。

 まなじりを吊り上げて怒鳴り、その強い拒絶に猫呼ばわりされて憤っていたタリアですら意気消沈。弱々しく鳴いて、アオイへ縋る様な目を向ける。


「ほら、タリアさん。例の件をレイモンドさんにも……。」


 その視線に大丈夫だと勇気付けて頷き、アオイは同行を納得させる為の理由を告げる様にタリアへ促す。

 普段は王様ぶって取っ付きにくい魔王だが、その実は情がとても深くて篤い事を魔王と一緒に1ヶ月半を過ごしたアオイは知っていた。

 同時に魔王の気難しい性格も知っており、最初から同行を申し出たら絶対に断るだろうと予想していた為、敢えてアオイはタリアの同行を知らないフリを決め込んだ。

 だが、今朝ほど出発した村から半日が経ち、同行がバレてしまった今、正に良い頃合いだった。まさか、ここから1人で帰れとは言わないだろうし、タリアの事情を知りさえすれば、魔王はきちんと解ってくれるだろうという自信があった。


「何だ? 何か事情が有るのか?」

「ううっ……。実を言うとニャー……。ニャーの一族には伝統があるんだニャー」

「伝統だと?」

「ニャー、伝統ニャー……。

 成人したら、国を出て、お金を稼がニャいといけニャいんニャー……。

 だけど、ニャーは子供の頃から算術が嫌いで……。いつの間にか、お財布が空っぽになってるニャー……。」


 案の定、魔王はぶっきらぼうに腕を組んで立ち、顔を背けながらも食い付いてきた。

 恥ずかしいのか、タリアは小声でボソボソと呟く様に応える。顔をやや俯かせて、魔王の様子をチラチラと窺い、両人差し指同士を突っつきながら。


「いや、違うだろ。お前の場合、食べ過ぎなんだよ。有ったら、有るだけ食べるからな。

 旅の道中ですら、節約を知らないんだ。街なら散財して当たり前……。まあ、貯まるモノも貯まらんわな」


 そんなタリアを嘲り笑い、魔王は肩を竦めて、これ見よがしに溜息を深々と漏らす。

 しかし、これが罠。素直になれない魔王なりの最大の譲歩。ここで反発すると拗れてしまうのだが、これを前もって伝えておいたアオイは思わず両拳を胸の前で作り、タリアへ強い眼差しと共に『ここは我慢のもう一押しです』という念を送る。


「むっ!? それもあるニャー……。

 ええっと……。だから……。その……。ニャンだ……。

 そう、そうニャ! これからはアオニャンに財布を預けるんニャ! ……と言う事で、よろしくニャ!」


 その念を受け取ったのか、タリアは一瞬だけ激発しかかるも耐えた。耐えたが、作戦通りに進んだのはそこまで。

 今朝、アオイが魔王役を担い、魔王が返してくるだろう幾つかの反応を予想して行った練習の問答をすっかりと忘れ、重要な部分をすっ飛ばして、いきなり練習台本の最後に繋げたものだから支離滅裂で意味不明。

 その癖、タリアは大役をやりきったと言うわんばかりに額の汗を右腕で拭うと、満面の笑顔を浮かべながら親指を立てた右拳を魔王とアオイへ向けた。


「何が、と言う事でだ! ちっとも解らんわ!」

「タリアさん、もうちょっと詳しい説明を……。」


 無論、魔王は納得する筈も無く、怒鳴って呆れ、アオイも呆れるあまり天を仰いで目線を右手で覆い、溜息を深々と漏らす。

 余談だが、タリアの場合はちょっと度が越えたお馬鹿さんぶりを持っているが、これが人間と比べた場合の獣人の弱点である。

 つまり、獣人は元となった獣の特性に加えて、素晴らしい身体能力を持ち、戦士を代表とする前衛職の才能には恵まれているが、残念ながらオツムの方はいまいちであり、魔術師を代表とする後衛職の才能は極めて乏しい。

 それが原因となって、大陸の繁栄にも人間の後塵を拝する結果となり、大陸南部での獣人の地位は低く扱われており、生まれながらに奴隷階級と定められている国すら存在する。


「ニャはは……。ニャっ!?」


 タリアは笑って誤魔化そうとするが、すぐにその眉を跳ねさせると共に表情を真顔へと変えて、バックステップ。左手側の森へ向かって左半身に構えた。

 魔王とアオイはどうしたとは聞かない。タリアの尻尾が逆立っているのを知り、それを合図にすぐさま戦闘態勢を取る。


「……来たニャ」

「はい……。」


 やがて、3人が見つめる森の奥、鬱蒼と茂った藪を掻き分けて、巨大な影が現れる。

 冬を前に腹を満たそうとする熊か、その体躯は2メートル弱。一旦、立ち止まるが、魔王達に気付くと、その身に草を巻き付けて、獣道すらない道無き道を真っ直ぐに猛烈な勢いで突き進んできた。

 タリアが目配せをして、アオイが頷く。どんな怪物とて、森から街道へ出た時、わずかに気が緩む。その瞬間を狙おうという算段であった。


「ニャーーーーーーーー!」

「やあああああああああ!」


 そして、まずは素早さに長けるタリアが一足飛び、アオイも続けざまに踏み切って駆ける。

 だが、次の瞬間。3人の最後尾、腕を組んで悠然と立っていた魔王が目をクワッと見開かせて、右掌を突き出しながら制止を叫ぶ。


「いや、待つんだ!」

「ニャっ!?」

「えっ!?」


 そうは言えども、2人は既に放たれた矢。すぐに止まれる筈もなく、最後の寸前で力を抜いたとは言え、タリアの一撃が大熊の鳩尾にヒット。

 たまらず大熊が悶絶に動きを止めているところ、アオイは急停止こそは出来たが、右肩からの振りかぶりを放っていた腕は止められず、大熊を剣の切っ先で袈裟切り。


「そいつ……。坊さんだ」

「ニャ、ニャんとっ!?」

「う、嘘っ!?」


 その結果、大熊の表面を覆っていた数多の草が斬られて舞い、その下から黒い僧衣を身に纏った巨漢が現れる。

 一拍の間の後、黒い僧衣にも左肩から右脇腹へかけて斬り込みが入り、僧侶とは思えない見事すぎる筋肉が露わになると、巨漢は白目を剥き、その場へ両膝を落として、そのまま俯せに倒れた。

 この世界において、僧籍にある者は俗世より半歩だけ神の世界へ近づいた者とされており、貴族とは違った特権階級を持つ存在である。

 それ故、アオイとタリアは大熊の正体に驚愕しまくり。目を見開ききった青ざめた顔を見合わせて、顔を目一杯に引きつらせる。


「お前等、どうするんだ? 坊さん殺しは大罪だぞ?」

「酷いニャ! レイニャン、1人だけ逃げる気ニャ!」

「大丈夫ですよ! まだ死んだ訳じゃありません! レイモンドさん、早く人工呼吸を!」

「人工呼吸? ……何だ、それは?」

「だから、口と口を合わせて、息をプーーっと……。」


 素早く魔王はアオイとタリアから距離を取って離れ、それをきっかけに始まる醜い争い。

 ちなみに、巨漢はまだ死んでおらず、気絶しているだけなのだが、その見た目は白目を剥き、今や口から泡まで吹いて、完全に死体だった。


「断る! 何故、俺が男と口づけをせねばならん! お前等の責任だ! お前等がやったら良いだろうが!」

「嫌ですよ! ファーストキスだって、まだなのに!」

「ニャーもそうニャ! 絶対に嫌ニャー! お断りニャー!」

「だったら、そんなモノは俺が今ここで済ませてやる!」

「えっ!? えっ!? えっ!? ……キャーーーー! ナルサスさぁぁーーーん!」


 絹を裂く様な乙女の悲鳴が響き渡り、近くに狂い咲きしていた一輪の白い薔薇がその花びらをそっと散らした。




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