「残念だが、あの村はもう駄目だな。お前の仲間も生きてはいまい」
問答無用の先制攻撃で殴り倒してしまった負い目から、巨漢の『是非、助けて頂きたい』という土下座の要請を断り切れなかった魔王一行。
巨漢が走破して作ってきた森の道を逆に辿り、休み無しに歩き続けて、ようやく鬱蒼とした森を抜けて辿り着いた目的地。
その開放感に誰もが緊張を緩めて、思わず安堵の深呼吸。先ほどまで見る事の出来なかった茜色に染まる途中の空を見あげる。
しかし、収穫期を迎えて刈り入れ途中にある麦畑の向こう側。家が20軒ほど建ち並ぶ小さな村を一目見るなり、魔王は安堵の深呼吸を落胆の溜息に切り替えた。
「それはどういう意味で?」
その発言に当然の事ながら視線が魔王に集う。特に一行の最後尾を行く巨漢『アドソン』の目は厳しかった。
彼は魔王一行が目指していた街『アナハイム』に本拠を持ち、春、夏、秋の三季節をかけて、アナハイム周辺の教会を持たない小さな村々を巡る巡回司祭である。
今年もその旅は順調に進み、残すは目の前の村と魔王達が今朝に旅立った村の2箇所のみとなり、アドソン一行が今朝ほど目の前の村へ到着した時、それは起こった。
いつもなら暖かく迎えてくれる村人達。それ等が家から続々と現れたかと思ったら、アドソン一行が巡回の旅で使っている馬車へ群がり襲いかかってきたのである。
危険な街道を巡るのが仕事のアドソン一行。それぞれがそれなりの腕を持っていたが、不意を突かれたのと圧倒的な数の暴力によって、一人、また一人と脱落。遂に最後の1人となってしまったアドソンは逃げた。
幸いにして、村人達は村の敷地から一歩も出ず、逃げる事自体は容易かったが、たった一人となったアドソンはどうする事も出来ず、その場を立ち去る事を躊躇いながらも、この事件を伝える為、アナハイムへと急いだ。
更なる犠牲を出してはなるまいと、敢えて街道を行かず、少しでも時間短縮する目的で危険も、無茶も承知しながら深い森を走破して。魔王一行と出会ったのは、その途中での出来事だった。
簡単に三角形で例えると、各頂点を逆時計回りにAが目の前の村、Bが魔王達が今朝に旅立った村、Cが出会った地点。A-B、B-Cは街道、A-Cはアドソンが走破してきた森となる。
その苦労を簡単に一言で切り捨てられては堪らず、アドソンが不快を露わにするのも当然だったが、次の魔王の一言が不快など一気に吹き飛ばす。
「魔法が使われたらしき形跡がある」
「な゛っ!? ……ま、真に御座いますか?」
腕を組んで立ち、村を不愉快そうに睨み付ける魔王。
魔法、それは魔術を遙かに凌ぐ奇跡を起こしてしまう秘術中の秘術。
魔術と魔法の違いは明確で簡単。術者本人の力のみで使用できるのが魔術であり、術者本人の力に加えて、時、場所、地脈、月の満ち欠けといった様々な要因が必要となるのが魔法である。
無論、魔法の方が限定的な付加要因が加わる分、その行使には恐ろしく高度な技術と知識が必要となり、難易度は超上級魔術の上にある伝説級魔術の更に上の神級と呼ばれる難度を持ち、超一流の魔術師でも使用は難しい。
しかも、魔法は確実に存在しながらも、その多くは失伝。または秘匿されており、その時代、時代に魔法を行使できる者は一握り程度しか居らず、ほぼ幻の存在となっていた。
それ故、全てに退屈をしきっていた魔王にとって、魔法という秘術中の秘術を解き明かすのは退屈を潰す格好のコレクションとなり、それを追い求めるのは魔術師として更なるステージへ上がる研鑽にも繋がっていた。
また、魔王は魔法に関して、こうも思っていた。秘術とは古の叡智の塊であり、過去と現在を繋ぐもの。その中に詰められた高度な技術と知識によって、奇跡を導き出す方程式はどんな芸術にも勝る究極の美だと。
「それも酷く歪で中途半端なものだ。
おかげで、地脈が分断されて、土地そのものが力を失っている。2、3年も経てば、この辺り一帯は荒野に変わるだろう」
だからこそ、魔王は許せなかった。
魔王以外には見えない今もまだ村全体を包んで残っている魔法の行使痕。それが稚拙な落書きに過ぎず、芸術には程遠いものだけに。
ソレは確かに魔法ではあるが、ソレを魔法と呼び、己が所有する魔法の知識と一緒に列べるのは、1000年に渡るコレクションを汚されている様な気分だった。
「ここが荒野に……。
ですが、レイモンド殿。あの村に魔術の心得を持った者は1人も居ませんぞ? それなのに何故?」
アドソンは信じられないと言わんばかりに目を見開き、辺りをキョロキョロと見渡す。
山間に在る為、ここは面積こそ狭いが大地は肥沃であり、前方の村はいつ訪れても笑顔が溢れている裕福な村であった。
事実、村の周囲にある畑の麦は何処よりも実り、その黄金の穂を重そうに垂らしている。それが2、3年もしない内に荒野へ変わるなんて、とても想像が付かなかった。
ましてや、前方の村はごくごく普通の農村。時折、出没する害獣やゴブリンなどの対策に青年団はあるが、魔法を使える様な大賢者どころか、初級魔術を使える魔術師とて、1人も住んではいなかった。
「そこまでは知らんよ。
だが、あれを見ろ。坊主なら、あれが何なのかが解る筈だ」
「あ、あれはっ!?」
だが、魔王が指さした先へ視線を向け、アドソンは見開いていた目を更に見開き、魔王の言葉が真実だと知る。
夕方と夜の狭間から現れ、村の上空をゆっくりと気ままに浮遊する幾多の白い朧な発光体。それは古い墓場や人が多く死んだ戦場などで見かける現象であり、その土地が呪われてしまった証拠とも言える現象だった。
「この麦の育ちを見る限り、あの村はどうやら地脈の通り道だ。
そして、一昨日は新月……。恐らく、術者は村人達を贄に願ったのだろうな。死者の復活を」
「な、なんとっ!? で、では……。」
ここまでの説明を受ければ、さすがのアドソンも村で何が起こったのかを理解する。
なにしろ、『死者復活』の魔法は最も広く知られている魔法であり、大陸各地の歴史と社会を度々賑わせてきた悪名名高い魔法である。
七大教会は神に逆らう外法として、これを大禁呪と定めているが、誰しもが持つ心の闇がこの禁呪を呼び、幾ら警鐘を鳴らしても古来より廃れず、どの時代にも存在した。
その癖、成功例は過去の記録に一度も残っていない。記録に残っているのは『死者復活』の魔法を使った結果、その土地が災厄に見舞われて、呪われてしまったというものだけ。
最近、起こった事例は10年ほど前、大陸の南西にあるサリナースという地方で起こった悲劇。その土地を所有していた貴族が溺愛していた娘を蘇らそうとして、最終的に最長幅8キロにも及ぶ広大な湖と化してしまい、街は湖の底へ沈んでしまっていた。
当然、これ等の知識を巡回司祭の地位にあるアドソンは持っていた。持っていたからこそ、ソレを語るのが恐ろしくて、言葉を繋げる事が出来ずに絶句した。
「今、あの村に居るのは死者だけだ」
「おお、神よ! これも試練だと仰るのですか!」
しかし、魔王はアドソンを一瞥して、ソレを冷酷に告げてしまい、アドソンは絶望のあまり頭を抱えながら天を仰いだ。
******
「……で、どうするんだニャー?」
「早く決めて下さい」
魔王とアドソンの会話が途切れたのを見計らい、タリアとアオイがそれまで閉じていた口を開く。
何を問いているのかは言うまでもない。今にも爆発しそうな爆弾の様に戦意を漲らせている2人の強い眼差しが何よりも雄弁に語っていた。早く戦わせろと。
「な、何を仰るのです! い、今の話を聞いていなかったのですか!
こ、ここまで御足労をお願いしたのは私ですが……。こ、ここは引き返して、正式に冒険者ギルドの方へ依頼を!」
驚愕のあまり取り乱して、泡を食いながらも2人を必死に説得するアドソン。
本心を言ったら、昨日まで行動を共にしていた4人が生きた屍となって、あの村に居るかと思うと、居ても立ってもいられなかった。
だが、『死者復活』の魔法にまつわる過去の事例を知る限り、それは地方災害級の災厄。時には国家災害級となった例すらも有り、とても今居る4人では荷が勝ちすぎていると常識的に考えた。
ましてや、これから夜を迎え、アンデットは活性化。アンデット雑魚御三家と呼ばれるゾンビ、スケルトン、ゴーストでさえ、1ランク上の手強い相手となる。
「くっくっくっ……。いいや、逆だ。
最早、あの村は生者を引き込み、死者を呼び寄せる蟻地獄。
夜を一夜越える毎、あの村は戦力を増してゆき、堅牢な城と化してゆく。
だったら、魔法が使われてから、まだ日が経っていない今こそが簡単に攻め入れるチャンス。
そうだな。あの家の数から考えて、村の人口は多く見積もっても、100人……。
なら、半分が男として、50人。まともに戦えそうなのが更に半分として、25人といったところか……。十分、やれるな」
「決まりニャ! アオニャン、どっちが多く倒せるか、競争するニャ!」
「良いですよ! むしゃくしゃしていたところです! 負けませんからね!」
しかし、魔王は違った。血気盛んな2人をほくそ笑み、自分の知識と現状を冷静に照らし合わせて頷いた。
そのGOサインを受け取り、タリアとアオイが村へ向かって意気揚々と歩き出す。それはまるでゴブリン退治へ行くかの様な軽いものだった。
「えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? えっ!?」
アドソンは受け入れ難い現実に混乱しまくり。
ちなみに、アドソンは魔王達と出会って、まだ半日。運良く、ここへ来る森の道中、ゴブリンといった魔物や獣と一回も遭遇しなかった為、魔王達の実力を知らない。
それでも、危険な街道をたった3人で旅をしていた事実から、それ相応の強さを持っているのだろうと考えてはいたが、さすがに地方災害級を打破するほどの実力が有るとは思っていなかった。
通常、地方災害級が発生したら、最寄りの冒険者ギルドが近隣から冒険者ランクBの者達を可能な限り集め、その上でCランク以上の参加希望者を募り、何十人という複数パーティで解決に向かうのが一般常識。
それをたった4人で解決しようと言うのだから、驚くなと言うのが無理な話。魔王達を踏み止まらせようとするが、舌が慌てふためいて上手く回らず、ただただ視線を交互に魔王と遠ざかってゆくタリアとアオイの背中へ向ける。
「おっと……。そうだ。お前等、少し待て」
その願いが届いたのか、ふと魔王が苦笑しながら2人を呼び止め、タリアとアオイが立ち止まって、無言のまま不機嫌そうな表情を振り向ける。
アドソンはやはり思い直してくれたのかと大歓喜。目を輝かせる。
「今、あの村に人間は1人も居ない。全員、とっくに死んでいる。ゾンビだ。
例え、相手が子供であろうと躊躇うな。噛まれたら、今度はお前等がゾンビになる。下らん面倒はかけさせるなよ」
「はい……。あっ!? ふんっ!?」
「どうしても心配なら挨拶をしてみろ。下位のアンデットは舌が動かんからな。くっくっくっ……。」
「アオニャン、行くニャ!」
「はい!」
ところが、魔王が行ったのはアドバイス。アドソンの期待は打ち砕かれる。
一方、アドバイスを受けたアオイは気付いた。魔王が呼び止めたのはタリアとアオイの2人だったが、そのアドバイスが向けられたのは自分であると。
恐らく、先日あった盗賊の一件に因んだものだろう。そう考えて、日頃の癖で素直に御礼を言おうとするが、慌てて魔王を睨み付け直すと、鼻を鳴らしながら顔をプイッと背けた。
その反応がツボに嵌ったのか、魔王が腹を抱えて笑うと、タリアもアオイ同様に魔王から顔をプイッと背け、2人は肩を怒らせながら村へ向かって再び歩き出した。
「……解りました。
皆さんがそうまで仰るなら拙僧も武器を手に取りましょう。ですが、一つだけお聞きしてもよろしいか?」
「んっ!? 何だ?」
最早、アドソンは魔王達を止めるのを無理と諦めた。
それと共にここまで魔王達を連れてきた責任感から、おめおめと1人で逃げ出す訳にもいかず、一緒に戦う事を決意する。
その途端、面白いモノで今度はこれほどの自信と余裕を見せている魔王達がどれほどの強者なのかが知りたくなり、心が好奇心にワクワクと弾み、先ほどまで感じていた絶望を忘れて、戦意がモリモリと湧いてくるのを感じていた。
だが、戦う前にどうしても解決しておかなければならない魔王達と出会った時から感じている不可解な点。それを解決する為、魔王へ問いた。
「彼女達……。何故、あの様に不機嫌なのですか?
出会った時から、そうですよね? 知らず知らずの内、何か気に障る様な事をしたでしょうか?」
そう、それはアオイとタリアの機嫌の悪さ。
2人は話しかけてみると、普通にちゃんと受け答えもしてくれるのだが、それ以外はむっつりと黙ったまま。
時たま、舌打ちを響かせて、常に何やらピリピリとした緊迫感を放っており、初対面のアドソンとしては居心地が悪くて仕方が無かった。
「ふっ……。お前、歳は幾つだ?」
「28で御座いますが?」
「だったら、察しろ。女という生き物は機嫌が悪くなる日が月に数日あるものだ」
すると魔王から返ってきたのは脈絡の無い問い返し。
アドソンが戸惑いながら応えると、魔王はスケベったらしくニヤニヤと笑い、アドソンの脇を肘で小突いた。
大嘘である。アオイとタリアの機嫌が悪い原因は、魔王が2人のファーストキスを強引に奪ったせいなのだが、それを敢えて言う必要は有るまいと魔王は考えた。
その上、魔王自身、2人の機嫌が悪いのはファーストキスを奪ったからではなく、照れ隠しの一つだと考えていた。
「な、なるほど……。こ、これは失礼を致しました」
しかし、『汝、姦淫する無かれ』の戒律を守るアドソンにとって、十分すぎる答えだった。
アドソンは厳つい顔を紅く染めて、思わず淫らな想像をしてしまい、慌てて聖印を右の人差し指で胸に描きながら仕える神へ懺悔した。
******
「はぁぁぁぁぁ~~~~~~……。」
魔王は目線を右手で覆い、溜息を深々と漏らすしか他に術が無かった。
結果から言うと、アオイとタリアの大ハッスルぶりによって、村のアンデット掃討戦は魔王とアドソンの出番がほぼ無いくらいに楽勝で終えた。
おかげで、アオイとタリアは散々暴れ回って気が晴れたのか、村へ出向く前にあった険が取れて、ある程度の機嫌を直していた。
ところが、ところがである。アオイが戦勝報告の場へ持ってきたモノに大問題が発生した。
「つまり、こう言いたいのか? あの女にも理由があった。だから、何とかして下さいと?」
「はい、レイモンドさんなら何か良い知恵を持っていると思って」
それはこの村の住人であり、騒動の張本人。『メアリー』と呼ばれる乙女の生きた首だった。
彼女曰く、去年の夏頃にあったゴブリン騒動の際、亡くなった恋人『ロバート』への想いがどうしても忘れられず、彼の復活を願ったとの事。
しかし、復活したロバートは腐った肉人形。最初こそは歓喜に震えたが、幾ら話しかけても返事を返さず、恋人だった自分を認識すらしない只のゾンビだと知って絶望した。
挙げ句の果て、気付いたら村人全員までもがゾンビ化しており、村を訪れた旅人達を次々と襲いかかる始末。もうどうしたら良いかが解らず、深い後悔の念を抱きながら途方に暮れていた。
ちなみに、アドソンが言ってた通り、この村に魔術師は居らず、メアリーも只の村娘。魔術の心得は一欠片も持っておらず、恋人の復活は常日頃から願ってはいたが、どうやって復活させたかは全く覚えていないらしい。
また、あまりにも泣き叫んで嘆くものだから、とうとう魔王に五月蠅いと怒鳴られて、今現在はすぐ隣の村長宅と思しき村一番の大きな屋敷にて、メアリーは説教役のアドソンと慰め役のタリアと共に懺悔中。
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが……。
お前、理由が有ったから、そんな筈は無かったからと言って、隣人を犠牲にしても良いって言うのか? あの女の身勝手のせいで村一つが犠牲になったんだぞ?」
魔王はメアリーを助けてくれというアオイの心情がまるで理解が出来なかった。
先日あった盗賊の一件でも感じたが、この価値観の違いは何なのだろうかと苛立ちを覚えながらも興味を覚えて、半ば怒鳴り訴える様に問いた。
「それは十分に解っています。
でも、いつだったか、言ってたじゃないですか?
アンデットはこの世に残した未練を糧にして生きている。だから、幾ら倒しても、その未練を忘れない限り、復活するって」
「ああ、言ったな。それがどうした?」
「だったら、彼女をここで倒したとしても、またいつか蘇るんですよね? それって、本当に解決した事になるんでしょうか?」
「うっ……。それは……。」
ところが、アオイの考えは意外にも物事の本質をついたものだった。
その反面、魔王は口にこそ出さないがきっぱりと断定する。それが明らかに異質すぎる考えであり、理解され難い思想であると。
この世界は基本的に弱肉強食の競争社会。確実に100人が100人、この本質に至る以前の段階で考える事を止め、メアリーを自分達の領域を脅かす恐ろしい存在『悪』として、その大義名分を元に打倒のみを考える。
だからこそ、1000年という悠久の暇を過ごした魔王は改めて思う。その考えの甘さに苛立ちを覚える事も多いが、その目が見つめる常人とは違った思いも寄らない新しい景色は実に愉快で面白い。この女を絶対に手放してなるものかと。
だが、その代償と言うべきか、先日あった盗賊の一件もそうだが、アオイが持ってくる問題は難問が多く、魔王の頭を実に悩ませた。
「それに……。彼女、見た目は只の女の子なのにかなり強かったです。
私とタリアさんの2人がかりでやっとでしたよ? もし、また蘇ったら大騒ぎになるんじゃありませんか?」
「まあ、まだ生まれたばかりで力は弱いとは言え、デュラハンだ。有象無形共では相手にならんだろうな」
「なら、彼女の未練を無くして、成仏させる事こそが本当の解決だと思いませんか?」
そう、首だけとなりながらも喋るメアリーの正体は『デュラハン』と呼ばれるアンデット。
その存在は極めて希であり、アオイがメアリーの首を持って現れた時、魔王が茫然と目を点にして驚いたくらい。
なにしろ、喋れるという一点だけ取っても解る通り、デュラハンはゾンビやスケルトンといったアンデットとは一線どころか、二線も、三線も画する高位の存在。
もちろん、胴体も有る。アオイが遭遇した時、本来の視点との違いに未だ馴染めず、自分の首を間抜けにも蹴飛ばしては右往左往して困っていたらしい。
「ぐぐっ……。おい、坊主! お前、何とか出来ないのか?」
すっかり闇の帳が下り、星が輝く夜空を眺めながら皺を眉間に刻み、腕を組んで思い悩む魔王。
真っ先に思い付いたのは、神官が神の力を借りて行う神術の一つ『ターンアンデット』、対象の意志を問わずに成仏させる方法。
しかし、デュラハンは高位の存在であるが故、ゾンビやスケルトンといった下位の存在とは違い、その成功率は極めて低い。
それでも、聞くだけはタダ。村長宅からタイミング良く現れたアドソンに可否を尋ねる。
「申し訳ない……。デュラハンともなると、拙僧の力ではとても無理に御座います」
「……だよな。大司教クラスでも難しいだろうしな」
案の定、アドソンは首を左右に力無く振るだけ。
こうなってしまうと、アオイが言う様にメアリーの未練を解消するしかないのだが、それこそが『ターンアンデット』以上に困難だった。
何故ならば、メアリーの未練はアンデットの高位存在であるデュラハンになってしまうほどに深いもの。
その未練を解くとなったら、原因の恋人を本当に復活させるか、メアリーと同様の存在『デュラハン』に転生させるしかない。
もっとも、魔王は叡智と秘術を極めた存在。本物の『死者復活』魔法も、デュラハンとなる『転生』魔法も知識に持っていたが、赤の他人にそこまでする必要性は感じていなかった。
なにせ、そのどちらも最高位に属する秘術。それを行うとなったら、その代償はこの村どころの騒ぎではなくなり、何万、何十万という命を欲して、一地方を砂漠化させてしまうからである。
どう考えても天秤が釣り合わず、魔王が考えるのを止めて、諦めを告げようとしたその時だった。
「レイモンド殿、この通りで御座います。拙僧も重ねて、お願いを致します。
メアリーは確かに罪を犯しました。それも『死者復活』という神の摂理に背く大罪です。
しかし、しかしです。もう罰は十分に受けていると拙僧は考えます。
そう、己が不浄なる存在に成り下がってしまった事実と恋人のロバートが望む形で生き返らなかったという事実で……。
ならば、ならばこそです。この先、何十年、何百年と逢えもしないロバートを探して彷徨うなど、あまりにも酷に御座います。
そして、アオイ殿の言も確か……。この村で起こった惨劇を真の意味で解決する為、貴殿のお力を是非とも、是非ともお借りしたい」
「レイモンドさん、お願いします!」
「だったら、ニャーも頼むニャー。
難しい事は解らニャいけど、ニャー達が去った後でまた問題が起きたら後味が悪いニャー。モヤっとするニャー」
突然、アドソンがその場に膝を折ったかと思ったら、額を大地に擦り付けての土下座。
アオイもそれに続けと頭を深々と下げると、タリアは頭を下げる事は無かったが、口を『へ』の字に結び、2人に同意してウンウンと頷いた。
「お前等な……。」
魔王は三者一斉の頼み込みに舌打ち、これ見よがしに溜息を深々と漏らしながら頭を面倒臭そうに右手で掻きむしる。
だが、アオイとアドソンは頭を下げたまま、タリアは何やら頻りにウンウンと頷き、3人は態度を全く変えようとしない。
それならと試しに目を瞑り、考えるフリをしながらも心の中で50を数えて、右眼だけをこっそりと開けてみるが、やっぱり同じ光景があった。
「良いだろう。あまり気は進まないが、方法が無い訳じゃない」
結局、根負けたのは魔王。今度は心の底から溜息を深々と漏らすと、先ほど考え込んだ際に一旦は浮かぶも捨てた案の実行に決意して頷いた。