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第4話 「追放」

 事態が落ち着いたのは夜明け頃だった。

 被害はそれほど大きくなく、怪我人は数名出たが死者が出なかったことは不幸中の幸いだった。


「さすが聖女様だ! 魔物の襲来にいち早く駆けつけ、地上の魔物を一掃し、さらにその場にいた怪我人の治療も施すとは! そなたがいたからこそ被害が最小限に済んだと言っても過言ではない!」

「いいえ、国王陛下。国の精鋭部隊でもある近衛騎士団の方々が尽力してくれたからこそ、被害がそれ以上広がらずに済んだのです。あたし一人の力ではありません」

「なんと謙虚な。聖女とはまさに女神のような存在だな!」


 満足そうに笑う国王、自信満々に微笑む聖女、にデレデレした顔を向けるリカルド王子。

 確かに間違ってはいない。

 間違ってはいないが聖女はいち早く駆けつけてなどいない、これが真実だ。

 いち早く駆けつけたのは現場近くを巡回していた騎士であり、その後に到着したのは騎士団長クラストとマキナだった。

 空だけではなく地上にも魔物は侵入しており、彼らを倒していったのは騎士団の戦果だ。

 アンジェリカは城内にいた近衛兵と馬車に乗って、かなり遅れて到着していた。

 その時にはほとんどの魔物は倒し終わった後であり、アンジェリカが聖なる力で粉砕した魔物はたったの一匹だけだ。

 確かにそこら中にいた怪我人を治療したのはアンジェリカだが……。

 しかし魔物を討伐した後には治癒術士も到着して、『一緒に住民を治療した』が正しい情報である。


(どうやったらこうも自分の都合のいいように情報を改竄かいざんできるのかしら。ある意味これも才能ね)


 またも呆れて反論できないマキナであったが、国王のそばに控えている騎士団長クラストの表情を見ていると、どうやら彼もマキナと同じことを考えているようだ。

 聖女の嘘に気付いている人物が、自分以外にもいるというだけでこんなに気持ちが楽になるものなのか。

 おかげで聖女のありもしない自慢話をスルーすることが出来た。


 それはそうとマキナは聖女の嘘より、もっと問題視しなければいけないことがあって悩んでいた。

 魔物に攻撃された時に無傷だった謎に関してだ。

 現場に駆けつけた時にも、魔物の残党に襲われそうになったのだが、その時も確かに攻撃が当たったはずなのに全くの無傷なのである。

 当然痛みも何もない。当たった感触があるだけだ。

 これを誰に相談したらいいものか考えている内に、聖女の武勲を讃える今この状況……というわけである。

 聖女が大活躍したことはよくわかったから、早く解散してほしいものだと考えていた時だった。


「ここで皆に伝えておきたいことがある。本日を以て我が息子リカルド王子は、ブルート侯爵が一人娘マキナ嬢との婚約を解消し、ここにいる聖女アンジェリカとの新たな婚約を発表する! 皆、盛大な拍手を!」


 国王の宣言でマキナは絶句した。

 婚約解消の話が、まさかここまで進んでいたとは思っていなかったからだ。

 盛大な拍手が巻き起こる。

 その場で驚きのあまり拍手をしていなかったのは、マキナとクラストだけだった。


(ど、どういうことなの? どうしてみんなこんなに歓迎ムードなの?)


 だがその理由は国王と、当人であるアンジェリカから告げられた。  


「つい先日までマキナ侯爵令嬢と婚約していたわけだが、聖女アンジェリカから衝撃的な事実を聞かされ考えを改めた。そうだな、アンジェリカよ」


 そう問われたアンジェリカは、天使のような愛らしさを全身を使って表現しつつ、宝石のようにキラキラと輝く大粒の涙をこぼしながら告白する。


「本当はこんなこと、言いたくはありませんでした。でもとても苦しくて……、耐えられなくて。そんな時、神様から聖女としての力を授かり、あたしは戦わなくてはならないと思い知りました。現実に向き合おうと覚悟を決めたのです。あたしは以前よりこちらのマキナ様から嫌がらせを受けていました。最初こそ我慢していたけれど、どんどん酷くなっていって。そんな時、聖女として名乗り出て、こちらのリカルド王子に相談させてもらいました。リカルド様は大変思慮深く、そして優しくあたしを叱咤激励してくれました。だからマキナ様からの辛い仕打ちにも、聖女としての試練だと思って耐え忍ぶことができたんです!」


(はぁ? いじめてませんし? しかもどうしていじめている相手の婚約者に相談するの? おかしいでしょ。そもそも告げ口して相談してる時点で、それもう耐え忍んでなくない?)


 心の内での悪口雑言が止まらなかった。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことかもしれない。

 しかしそんなマキナの心の中の反論も虚しく、聖女の言葉は神託だとでも言うように謁見の間に居合わせた人たちは大きく頷き、納得している様子だ。

 先ほどの拍手喝采はこういうことだった。

 つまり彼らはすでにマキナがアンジェリカにとっての悪役令嬢としてすっかり浸透しており、リカルド王子と聖女が婚約することに正当性を見出していたのだ。

 完全に嵌められた。

 もはやここに自分の味方をする者など誰一人としていないのだと、マキナはそう覚悟を決めた。――詰みだ。


「そのような悪逆非道な者を国に置いておくことは到底できない。しかしマキナはこれでも戦略部門でトップクラスの成績を収めている優秀な戦略家だ。このまま追放するには惜しい人材ということで、マキナには最前線の戦地へ赴いて戦績を上げてもらうことにする」

「ちょ……っ、お待ちください国王陛下! わたくし、そんな……最前線だなんて無理ですわ!」


 最前線は地獄と聞く。

 昼夜を問わず魔物の襲撃があるとも……。

 最前線で亡くなった騎士や魔術士たちが、体の一部だけで帰ることも珍しくはない。

 なぜならそのほとんどが、死体すら残らないからだ。


(確かに魔族との戦いにいずれは身を置く覚悟をしていたけれど、それでも私が最前線だなんて死にに行けと言われているようなもの……)


 言ってから気付いてしまった。

 そうだ、国王はそう言っているのだ。

 リカルド王子も、アンジェリカも、ここにいる拍手をした者全員が。

 聖女に悪逆非道を行なった人間は魔物に殺されろと、そう言っているのだと理解する。

 全身の力が抜けていく。

 愛する者を失い、奪われ、挙げ句に死に場所まで与えられる。

 これが王子の為に全ての人生を捧げてきた自分の末路。

 なんともやるせなかった。

 言葉を失い、気力もなくなり、生きる力も失われていくようである。

 そんなマキナが言い逃れる術もなく、黙って首を縦に振ろうとしたその時だった。


「お待ちください、国王陛下!」

「なんだ、お前が物申すとは珍しいこともあるものだな、クラストよ」

「僭越ながら私はマキナ様が、そのような悪逆非道なことをする令嬢だとは到底思えません。これまでの行動を考えても、マキナ様は常に国と……何よりリカルド王子の為に誠心誠意活動なさっていました。そんなマキナ様が、聖女であるアンジェリカ様に非道な振る舞いをなさる理由がございません」


 生真面目で通っているクラストの言葉に、国王と王子は耳を傾けた。

 王子はどちらを信じたらいいかわからない、といった表情だ。

 だがアンジェリカはこれに反論する。


「非道な振る舞いをなさる理由、ですか。立派な理由があると思いますけど?」

「それが一体何なのかお教え願えますでしょうか、聖女殿」

「そんなもの、リカルド様とあたしの仲に嫉妬したからに決まってるじゃない!」


(はぁ? いい加減にしないとその髪引きちぎりますわよ?)


「聖女として目覚めたあたしをリカルド様は愛してくれた! 愛されないマキナ様は、その愛を取り戻そうと陰でこっそりあたしに嫌がらせをして、邪魔者を排除しようとしたの! 神はこうおっしゃいました! 醜い愛にしがみつくような悪役令嬢は、魔物の攻撃を最も受けている最前線でその罪を償いなさいと!」

「だとしたらおかしいですね。マキナ様から嫌がらせを受けていたのは、聖女として目覚める前からですか? それとも後ですか? 一体どっちなんです、アンジェリカ様」

「えっと、め……目覚める前からあたしの美しさと清らかさに嫉妬していたんだわ? それで嫌がらせをしていたら、あたしが聖女として目覚めたから……、それでさらにエスカレートしたのよ!」


 嘘に嘘を重ねるとこうなるのか、とマキナは思った。

 見るとリカルド王子は、もはやマキナのことなど見ていない。

 国王もアンジェリカが聖女というだけで盲信している様子だ。

 せっかくの助け船であったが、マキナは腹を括った。


「クラスト騎士団長様、ありがとうございます。でももういいんですの。国王陛下の命令ならば仕方ありませんわ。わたくし、元々この戦争を終わらせる為に勉学に励んでいましたもの。その機会が早まっただけと思えば……」

「マキナ様……、しかし!」

「あなたにそう言っていただけて、覚悟を決めることができましたの。感謝しておりますわ、クラスト様」


 悲しいけれど、マキナは愛するリカルドに別れを告げる。


「リカルド様、今まで良くしてくださってありがとうございました。わたくしにとってあなたと過ごした時間は宝物のようで、とても大切な思い出となりました。わたくしは最前線で国に被害が及ばぬよう死力を尽くして参りますので、どうぞ聖女アンジェリカ様とお幸せに」

「マ……、マキナ……。その……、僕は……っ!」

「それじゃあさようなら、マキナ様。リカルド様とあたしは幸せに暮らしますので、どうぞ頑張ってくださいね」


(魔物を殲滅することが聖女の務めじゃなかったのかしら)


 もはやそんなことを言っても、この聖女ならばあれやこれやと理由をつけて皆を納得させるのだろう。

 自分は納得しないけれど、と負け犬の遠吠えよろしくマキナは謁見の間から退室していった。

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