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第6話 「ちゃんと届いている」

 昨日の今日だけあって、町中はまだ痛々しい光景を残していた。

 瓦礫と化した家々、住む場所を失って壁にもたれかかる家人。

 炊き出しに並ぶ人々、そんな中でも復興の為に動き続ける住民、そして騎士や兵士たち。


(こんな光景を二度と見ることのないように、わたくしが前線基地へ送られることは……むしろ意味のあることかもしれない)


 絶望に打ちひしがれている家人に声をかけ、手を差し伸べるマキナ。

 空腹のままでは心も萎んでしまう。

 活力をつける為に炊き出しの列に並んで、腹を満たすように声をかけ続けた。

 行方不明のまま未だに見つかってない家族の捜索を約束し、指揮をとっている騎士に行方不明者リストを作成し、一刻も早く住民を安心させるように手配する。

 これには騎士団長でもあるクラストからも指示を出し、二人で編成の組み直しや、新たに必要なグループを模索して人員配置の相談をしていった。


(あれ……? デートのつもりで誘ったはずでは……?)


 ふっと我に返ったクラスト。

 マキナの懸命な活動に水を差さないように気を使いながら、取り急ぎこの場で出来ることを片付けるよう動き出した。

 明日の朝にはマキナはこの国を出て行ってしまう。

 地獄へ向かう前日に更に仕事を与えてどうするのだ、とクラストは猛省した。

 自分でも言葉足らずの不器用な男であることはわかっていた。

 しかし肝心な時に大切な言葉をきちんと相手に伝えられなかったから、マキナは言葉通りにそれを受け取り、こうして視察と支援活動を積極的に行なっている。


(マキナ様には、今日一日ゆっくり過ごしてもらわなくては……)


 クラストは周囲を見渡し、そこら中にいる騎士や兵士にテキパキと指示していく。

 的確に、そして冷静に。

 焦る気持ちを抑えて、クラストは出来る限りのことをこなしてからマキナの方へと駆け寄った。


「はぁ、はぁ……。マキナ様、視察……お疲れ様でした」

「え? ですがまだ全体を見て回ったわけでは……」

「マキナ様、ここにいる騎士たちには私から指示を出しています。あとは彼らがしっかりとやってくれることでしょう。私の同僚を、部下たちを信じてあげてください」


 急にやることを失ったマキナは戸惑いつつも、それでは……と視察を終わらせようとした時だ。

 クラストはマキナを連れ、坂道を上って行く。

 ルンセント王国は城塞都市だ。

 円形の都市は王城を中心に山のような高低差となっている。

 外界を隔てる城壁側は最も低い位置であり、城壁外周の内側は主に身分の低い者が住む貧民街。

 上へ行くほど都市部となり、上層から見下ろせば下層が一望出来るようになっていた。

 断層のようになっている町中で、一段上へ行く毎に貧富の差が窺える。

 そこから被害を受けた外周部の貧民街を目にしながら、クラストは言う。


「いち早く襲撃に対処し、駆けつけたのはマキナ様です。騎士や兵士、住民に勇気と生きる希望を与えたのも、紛れもなくマキナ様なのです。彼らの為に働き続けたその姿を、彼らがしっかりと見届けている。そのことを忘れないでください。――この町を守ったのは、マキナ様……あなただということを」

「私が……、救った……」


 奇跡の力と癒しの力を行使出来る唯一の存在、聖女アンジェリカではなく……?


「彼らの耳に届いた声は、マキナ様の声です」


 クラストの優しく、静かに語られる言葉をマキナはしっかりと聞き入れた。


「彼らに手を差し伸べたのも。自らの体が、衣服が汚れようとも厭わないその行動は、しっかりと彼らに届いていますよ」


 今になって気付く。

 顔こそ自分で確認出来ないけれど、手足は汚れ、いつの間にか衣服のあちこちをどこかに引っかけでもしたのか。生地はわずかに破れ、糸がほつれている姿に今さら気付く……。  

 クラストは笑顔で、これまでに見たことがない位に誰よりも優しい笑みで、マキナを励ました。


 居場所を奪われ、婚約者を奪われ、マキナの働きさえも奪った聖女アンジェリカ。


 真実を知っているのはクラストだけではない。

 彼は伝える。

 実際に働きかけ、動き続けたマキナの姿をきちんと見てくれている人が確かにいることを示してくれた。

 褒められる為にしたわけではない。

 それが義務だから、貴族としての当然の行動だから、次期王妃となる身だったから……。


(いいえ、違う……。わたくしは、わたくしがこの国の人たちを助けたくて動いただけですわ……)


 下層地区を一望出来る場所で、マキナはルンセント王国に住む人々を見つめた。

 ここでは多くの人が生活をしている。

 生きている。

 平和が訪れることを信じて……。

 聖女のような強大な力をマキナは持たない。

 けれどもし本当に、虚勢を張ることであらゆる攻撃をも跳ね返す魔法を操れるというのなら……。

 これまでに前例のない魔法の力で、魔族をも退けるほどの防御を繰り出すことができるとしたら?


(わたくしにも、出来ることが……)


 陽が傾き、夜が訪れようとしていた。

 マキナはクラストに謝意を述べる。

 それを気付かせてくれたのは、他の誰でもない――彼なのだから。


「今日は本当にありがとうございました。おかげでわたくしにもまだすべきことがあるのだと、知ることができましたわ」


 正直、もう立ち直れないかもしれないと思っていた。

 幼い頃からただ一人だけを愛し続け、彼の為に血を吐くほどの努力を惜しまなかったマキナ。

 この世でただ一人愛した男性だと思っていたその人は、ポッと出の美少女にすぐさま心を奪われ、想い続けてきたマキナをあっさりと捨て去った。

 全てが否定されたような、酷い気分だったマキナは半ば自暴自棄で前線基地への追放を受け入れたが、今なら受け入れられるような気がする。

 気持ちはむしろ以前よりずっと清々しいほどに。

 憑き物が取れたような感覚に、マキナは心が軽くなったような気がしつつも、以前よりもっとずっと強くあらねばと思えるようになった。

 ただの強がりと言われて結構。

 それがマキナ・ブルートなのだから。

 自然と笑みがこぼれる。

 沈んでいく夕陽を見ながら、もうすぐ地獄へ赴く少女の横顔とは思えぬ明るい表情にクラストは黙って見惚れる。


(この方は、なんて強いのだろう……)  


 風になびく柔らかな髪に触れかけ、寸前で手を引っ込める。

 今、目の前にいるこの少女は自分などが気安く触れていいような方ではない。

 とても清らかで、気高く、美しい――まるで聖女のような神々しさを纏っている。

 クラストは心の底からそう感じた。


「わたくし、今日クラスト様とこうして過ごすことができて、本当によかったですわ」

「そう思ってくださったのなら、私も連れ出した甲斐があったというものです」


 クラストは思い、そして誓う。

 きっと自分は、この少女を一生守る為に研鑽の日々を積んできたのだと……。 

 この命に換えても彼女を護る。

 クラスト・アガトラムは、マキナ・ブルートの為に全てを捧げよう、と……。

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