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レソト魔域、その序文

「──以上、六名を、連邦大統領ユースティナ・クラーフ・ゼルグの名に於いて、連邦騎士として叙勲します」


 赤煉瓦の官邸。その大統領執務室にて、六人の新入隊員が対魔族部隊の一員として、騎士の位を授かっていた。黒い詰襟と灰色の乗馬ズボンを正式に着用したルダらは、五芒星を刻まれた盾型のバッヂを左胸に着けられた。


 明確な主君もいないのに騎士という名前を使っているのは、かつて統一騎士団というものが存在したことに由来する。


 魔物や魔族、そして小国の王らによって分断されていた群島を、自由と民主主義の下に纏めよう、という者たちがいた。それが統一騎士団であり、彼らは民衆を主君として戴く戦士として立ち上がったのだ。


 その精神を受け継ぎ、連邦の守護者を名乗るに相応しい者へと連邦騎士の叙勲は為される。まずは特殊部隊隊員のスタートラインとして、単なる騎士の称号が若き戦士に与えられた。


 大統領の話を聞きながらバッヂに手を添えたルダは、指先に熱を感じ取る。拒まれているような感触だ。


「ああ、その勲章は聖別されていますから。ルダくんには、邪魔になるかもしれませんね」


 傾聴していない少年にも嫌味一つ言わないユースティナを前に、ルダは少し恥ずかしい思いをした。


「連邦騎士は、一代限りの身分です。しかし、その栄光は永遠に語り継がれます。どうか、相応しく振舞ってください」


 相応しく、という言葉。ルダは隣に立つウーケが熱心に耳を傾けているのを見て、その意味を胸に問いかけた。


 「自由と民主主義」なるものを、彼はよく知らない。確か、村の地主が首都の議会に行ったことは聞いていたが、そもそも議会とは何か、すらもはっきりしないのだ。


 大統領というのも、何やら一番偉いらしいぞ、程度の知識しかなかった。その程度のことはディアルクから教えられたが、やはり漠然とした印象だった。


 その存在が、目の前で話している。初めてではない。しかし、多くの国民の投票によって選ばれたと知ると、とても大きな存在であるのに、一人一人の顔を脳に焼き付けるような視線を送る彼女は小さく見えた。


「今、この国にも何人もの魔族が潜伏しています。魔域を作り、魔剣を持ち込み、そして人々から魔核を生み出して魔族に変える。あなた方は、そんな恐怖から人々を守る盾になってほしいのです」

「盾……」


 まだ、彼は自分が守るべき者を見つけられていない。存在の方向性としては剣に近かった。奪われたものは取り返せない。ならば、相手から奪えるものを奪うのみ、と。


 一つ、二つと説話を終えた大統領は、にこりと笑って新人たちを見回した。


「期待していますよ」


 それを最後に、任命式は終わった。赤煉瓦から出れば、つい先日まで英雄に沸いていた街が、静かな昼下がりを迎えていた。


 正門の前では、ディアルクが車に凭れて立っていた。ウァーウ石を動力源とした魔導車だ。現代に於いては、馬車からの置換が進んでいる最中であるが故に高価で、誰にでも手に入れられるものではない。


 エナメルの黒一色であるそれに乗り込んだルダは、助手席に入ったディアルクに問いを投げた。


「先生は、連邦騎士の勲章持ってるんだよね」

「ああ。魔の存在である俺とは相性が悪いから、普段は着けていないが」

「いくつかランクがあるって聞いたけど、先生は?」

「連邦栄光騎士だな。上から二番目。だが、重要な隊員としてのランクだ。俺は一級で、お前たちは四級。指示には従えよ」


 車中にはソウマの姿もあった。三人はディアルク班として、指導の下、実地研修も兼ねた強度の低い任務を遂行することになったのだ。


「テイシツケンジュツ……シナンヤク? ってどれくらい偉いのさ」

「毎日最高のウイスキーを浴びるように飲んでも、今のものより三倍広い屋敷を維持できるだろうな。結局、そんな機会もなかったが」


 ディアルクの声音は、少し軽いものになっていた。


「合格者は六人、か」

「倍率は十倍ですね……」


 ウーケの声に、彼は何度か頷く。


「誇れ。お前たちは優秀だ。間違いなくな」


 車はカラカラと音を立てて畑の間を進んだ。遠くには白壁の屋敷。遥か彼方に太陽。農民たちは畑に立ち、大鎌で小麦を収穫していた。


「この時期に小麦?」

「ああ。首都近傍は比較的暖かいからな、秋に種を撒いて春に収穫する」

「寒くて育たないんじゃない?」

「ルダのいた村よりはずっと育つさ」


 所謂冬小麦というものだが、首都はルダの村からそれなりに南に下った所にある。故に気温が比較的温暖であり、冬に小麦を育てることができるのだ。


「近く、任務が通達されるだろう。暫くは俺も同行する……だが、常に俺がカバーできるとは限らない。気をつけろ」


 自分はこれから、戦いの道を歩むのだ。ルダはその事実を飲み込んで、窓ガラスかに頭を当てた。





 北の都、レソト。その外れに、それなりに余裕のある農家の家があった。春の種蒔きを終えて少し落ち着いた頃に、街で買ってきた白パンを分け合っていた。


「エーエリスの与え給うたこの食事に、感謝を」

「感謝を」


 父の祈りに、娘と母が追随する。


「チグルハ、学校はどうだ」


 娘に問うその父の声には疲れが滲んでいる。


「うん、楽しいよ。勉強は変わらず大変だけど」


 連邦政府が運営する初等教育機関は、民学院だ。そこから前期中等教育を行うための通修院に進んだチグルハという少女は、一つ夢があった。


「大学、行けるかな」


 ここから先は、大都市にしかない連邦学府と呼ばれる後期中等教育を行う学校に進まねばならない。入学さえすれば、大学への道も開ける。だが……。


「我が家に予備校へ通わせる金はない。特待も難しいのだろう」


 父が冷たく言った。


「いい婿を見つけてやるから、勉強ばかりするのはやめろ」


 学府へ入ろうと思っても、一般的な通修院の教育を受けているだけでは、その端にも手が届かない。中心部の進学校に入るか、予備校に入るか。いずれにしても学費はかかる。一介の農民に払える額ではない。


 だとして、チグルハは諦めきれなかった。


「働きながら行けるところもあるんだよ。だから、ね?」


 父はハムを口に運ぶ手を止めて、娘を上目遣い気味に射抜いた。


「お前がそれほど器用だとは思わない」


 ハム。真っ赤な野菜スープ。少し奮発したパン。農民の暮らしとはそういうものだ。明日食える飯があるかは概ね決まっているが、一か月後の飯はわからない。そんな、生活だ。


「第一、女が大学に行ってどうする。頭のいい女は嫁の貰い手がなくなるぞ」

「そんなことないよ!」


 チグルハは強い声で反論しようとする。


「本で読んだよ、学者さんだって結婚してるんだって」

「大学に行った女は愛想が悪くなる。それにな、お前が出て行ったら誰が跡取りを連れてくるんだ。いいか、うちは代々この土地をな──」


 また始まった、と思いながら手早く食事を終えた彼女は、席を立って二階に向かった。


「話は終わって──」

「パパは黙ってて!」


 バタム、と自室の扉を叩くように閉ざした彼女は、特に意識することもなく机に向かった。父に感謝はしている。畢竟父が稼がなければ勉強などしようがないわけであるし、こうして今読んでいる本も父の金で買ってもらったものだ。


 だが、受け入れがたさは否定できない。そして、父という存在を踏み躙った時、そこに現れるであろう索漠も否定できない。


 昇っていく月を窓から見上げた時、既に夜はかなり更けていた。普段ならここで眠っていた。だが、僅かばかりの反骨精神が、彼女にそっと囁く。少し、外に出ないか、と。


 それは彼女の運命を最悪の方向に導く囁きだった。然るに、彼女はそれに気付けないで、従ってしまった。

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