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ソウマの挨拶

「任務の通達だ」


 ディアルクの屋敷でそう告げられた少年少女三人は、銘々それらしい反応を見せた。ソウマは僅かに翼を動かし、ウーケは杖をギュッと握る。ルダは、拳を作って次を待った。


「現場は北の都、レソト。人口十八万のこの街で、魔物によるものと思われる人死にが出ている。おそらく、魔族が関わっているのだろう。そこで、我々はレソトに向かい、調査を行う」

「調査だけ?」


 ルダが、僅かな失望の兆しを出しながら問う。


「強力な魔族であった場合、お前たちでは危険だからな。事態が悪化するようであれば、より上位の隊員を要請する」

「でも、魔族なら倒したよ。三人で」

「ギリギリの所だった、と聞いている。そう何度も上手くいくものではない」


 屋敷の一室。弟子との面談に使われる、隅の方にある部屋だ。ホールとは違って白を基調としたその場所は、少し硬い椅子を弟子に与えていた。


「出発は三日後。船は既に手配してある。長丁場になるかもしれないからな、持っていくものはよく考えろ」


 急だなあ、と思いつつもルダはそっと頷いた。


「ルダ、出立の用意ができたら一番に来い」


 地下訓練場一番のことだ。何はともあれ、まずは強くなることが肝要だ。黒髪の少年は、友人と共に自室へ向かった。


 基本的に、ディアルクの弟子は屋敷の一室を数人で使う。新人隊員もそれは同じことで、ルダ、ウーケ、ソウマの三人で部屋を共有していた。


 軍から支給された背嚢に着替えを詰め込んでいる時、ルダはふと、窓の外を見た。しとしとと雨が降っている。だが、下に目を遣ると、濡れながら素振りをする少年がいた。


「どうしました?」


 ウーケが寄ってくる。


「なんで、先生は僕らを一年間鍛えるんじゃなくて、いきなり選抜を受けさせたんだろう」


 何でもない疑問だった。


「あの人たちは、もう三年も剣術の修業をしてるんだってさ。でも、僕ら二人は三か月で選抜に臨んだ。何か、理由があるんじゃないか、って」

「多分、お金がないからだと思います」


 下にいる少年の手から、木剣が滑り落ちた。


「ソレス先生が言ってました。ここに弟子入りする子供は、みんなお金持ちの子供で、軍隊に入る準備のために来ているんだ、って。でも、私たちは月謝を払うことなんてできません。だから、手早くお金を稼げるようにしたんだと思います」


 ディアルクが月々に受け取る月謝について、ルダはあまり知ろうとしなかった。金の話をされた所で大して理解もできないし、何より居た堪れない気持ちになりそうであったからだ。


 更に言えば、具体的な金額を言い渡された時、自分が三か月間無料で指導を受けていた事実から来る門弟への申し訳なさに押しつぶされるかもしれない、という危惧もあった。


「ディアルク・ガンヴェイン。魔族を殺そうと思ったら、彼に弟子入りすることが何よりの近道と言われている」


 連邦ではあまり見ない形式の服を、二つの肩掛け鞄に分けて詰めているソウマが口を開いた。一般に、軽いものは下、重いものは上側の、更に体側に入れると背負いやすいと言われている。


「単に剣術だけではなく、体術、魔法についても教えてくれるからね。ただ、その月謝は恐ろしいよ。月額で二十万ディル。これで連邦学府に入るための専属家庭教師がつけられるほどだ。そこに初月は十万ディルが要求される……金持ちの中の金持ちが、次男三男を対魔族部隊に入れる時に頼りにするような存在さ」

「そんなお金取らなくてもいいと思うけどなあ」

「箔をつけたい富裕層にとって、高級さというのは何より大事なのさ。それにね、軍務経験があれば連邦学府への推薦にも繋がる。何も、法外な金を吹っかけて稼ごうってわけじゃないのさ」


 連邦学府という言葉に、都会を知らない二人の少年少女は首を傾げた。


「民学院を卒業して、通修院を出て、そこからまた学校があるんだ。農村には通修院もないことが多いけど」

「僕の所はなかった」

「私もです」


 フッ、とソウマは微笑んだ。


「村にはなかったけれど、僕は子供の間にこっちに来たからね。通修院には通っていたよ」

「ソウマは誰に稽古つけてもらったのさ」

「オロル・ドールっていう、偏屈じいさんさ。剣も魔法もかなりの実力者だけど、いつも機嫌が悪くてねえ。親戚って理由がなければ追い出されてたよ」


 トントン、と衣服や水筒、財布の詰まった鞄を叩く。セリアードの翼に干渉しないよう、彼らは専用のショルダーバッグを使うのだ。


「君たちが羨ましいよ。オレは理不尽に怒られてばかりだったから」


 そう語る彼は、しかし微笑んでいた。


「暫く帰れないだろうし、挨拶行って来たら?」


 そんな友人の顔を見て、ルダが提案する。


「そうだね、そうしよう」


 ソウマは刀を腰に差し、窓を開けた。


「ディアルクさんには、君たちから話をつけておいてくれ」


 そう言い残して、雨の中に飛び立った。マナを吸収し、加圧して噴射することで飛行能力を得ているセリアードの翼は、気流や天候の影響を比較的受けにくい。今日のように風も雨も強くなければ、魔力で全身を覆って濡れないように飛ぶことも可能だった。


 眼下を走る市民たち。すれ違う郵便屋をやっている同族。手を上げて挨拶をすれば、返してくれた。


 三十分ほど飛んで、ちょうど街の反対側へ。住宅も減ってきて、静かな田園地帯に、その道場はあった。


 『オロル・ドール戦闘術』。そういう意味の看板が出ている門を潜り、弟弟子たちが必死に刀を振る稽古場に入った。


「ソウマさん! お疲れ様です!」


 気づいた一人が大声を発して礼をする。それが挨拶の連鎖を起こした。


「先生は?」

「ワシはここにおる」


 稽古場の奥、一段高い所にソウマと同じような服を着た、白髭の老人が正座していた。


「フン、今更何をしに来た。怖くなって逃げてきたか」

「違いますよ。初任務で遠くに行くので、挨拶を、と思いまして」


 先生──オロル・ドールは、不倶戴天の敵を見つめるような顔で立ち上がった。


「どこに行く」

「レソトです。お土産、要りますか?」

「若い衆にだけくれてやればいい。ワシのことは考えるな」


 オロルは、足音を一切立てずに離れへの渡り廊下に向かう。後を追うソウマの歩みも、静謐そのものだった。


「お前にはこの道場を継いでもらう」


 一般の弟子では入ることすら許されない、師範とその家族だけの空間だ。だが、今その家族はいない。皆、流行り病で逝ってしまった。


「養子に迎えたということは、そういうことだ。それは、わかっておるのだろうな」

「ええ、勿論。対魔族部隊のエースが経営する、エリート育成道場にしますよ」

「フン……」


 離れの座敷に、オロルはソウマに背を向けてどかりと胡坐をかいた。


「早死にするなよ。レンジの墓に、お前が二十歳にもならないでくたばった、とは言えんからな」


 老人は顔を見せない。泣いているわけでもなさそうなので、弟子は何も追及しなかった。


「どうせ出発は近いのだろう。油を売らずにとっとと準備しろ」


 素直に行ってこい、と言えない親心のようなものを感じながら、ソウマは笑って障子に手をかけた。


「それでは、お達者で」





 チグルハの家には、簡素な墓がある。幼い頃に飼っていた犬のものだ。そこに一輪の花を供えた彼女は、夜中の道を走る。少し離れた場所にある、崩れそうな納屋に、“それ”はいた。


 黒い体毛。炎のように揺らめく輪郭。それでも、触ればゴワゴワとした感覚が返ってくる。それが尋常の生物ではないことを、彼女は悟っていた。だが、脚から赤い血を流して唸る様を見て、何もしないわけにもいかず、捨てられた納屋に匿ったのだ。


「ごめんね、ご飯はこれくらいしかあげられないの」


 パンくずとミルクを目の前に置くと、ガツガツと食いついた。


 ほんの反骨精神からできた、新しい友達。それが、彼女をどん底に叩き落した。

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