海に行く前に、水着を手に入れなくてはならない。
俺達は水着を売っている店に行く事にした。
水着を買うには、試着をして「これ似合うー?」とかやらなくてはいけないのが世の掟だ。
「化ければいいんじゃねぇかぁ?」
無粋な中年オヤジが身も蓋もない事を言ったが、天使は格が違った。
「え~、お店で買ってみたい!」
だよね!
「こんなところで話していても仕方がない。さっさと店に入るぞ」
ハゲに促され、店に入る。どんな水着があるかな~?
「いらっしゃいませ!」
女性の店員が明るい声で出迎えてくれる。これだよこれ!
ティラミスちゃんにはどんな水着が似合うかなー?
尻尾が邪魔だし、やっぱりビキニとか?
「ウィザードと、シーフと、ピエロと、モンスター用の水着をくれ」
「はい、全部で40リゲルになります」
えっ?
「ほら、私は自分のものを持っているから大丈夫だ」
金を払い、『それ』を手渡してくるハゲ。
……えっ?
「へー、こうやって売ってるんだ!」
店員が差し出したのは、球状のアイテム。説明書が付いていて、魔法で自動的に体形にあった水着が装着される仕組みらしい。まあ便利!
いや、試着とかのイベントが無いのは良しとしよう。だが、問題なのは説明書に書いてある図解だ。
色気の欠片もない全身を覆うタイプの水着。
腕は手首、脚は足首までしっかりカバー!
伸縮性・耐久性に優れ、紫外線からもしっかり身体を守ります!
違う、そうじゃない。
「なかなか高性能の水着だね。モンスターの出る海ならこういうのがいいだろう」
これジョブ関係ある? とか。
なんでこんなところだけ無暗にハイテクなの? とか。
いろいろ言いたい事はあるが、一つだけ確かな事がある。
水着姿に化けてもらった方が良かった。
たまには源三郎の言う事を聞くべきだったな……一時間前にタイムリープして馬鹿な俺を止めてくれる、俺の最高の友達いないかな?
一気にテンションの下がった俺は、ついでに買って貰った麦わら帽子を被ってご機嫌な天使の姿を眺めながらトボトボと海への道を行くのだった。はぁ可愛い。
「どっちを先に片づけるんだぁ?」
どっち、というのはモンスター退治とにがり作成のどちらかという意味である。そりゃ決まってるだろ?
「まずは海の家に行こう」
あるの!?
「そうだな、クラーケンを退治するにも水を採るにも、まずは着替えをしなくては」
海の家で着替えてクラーケン退治とか、もうここがどんな世界か分からなくなってきたよ……いろいろイタリアンだし地中海的なイメージだったんだけど。
さり気なく油揚げ売ってたりしないかな?
まあいい、もう何もかも気にしたら負けだ。こうなったら腹をくくるか。
「先にモンスターを退治して脅威を排除しないとな!」
「おっ? 珍しくソウタが真面目な事を言ってるぞぉ」
俺はいつも真面目ですけど!?
さて実際に行ってみると名前が海の家なだけで、日本の海水浴場でよく見るアレではなく、単なる着替え用の荷物置き場だった。ちょっとホッとした。
スイムスーツ(なんとなく水着と言いたくない)に着替え、クラーケンを探す俺達だったが、よく考えたらクラーケンって滅茶苦茶デカいんじゃないのか?
「いたぞぉ!」
やはり源三郎が見つけ、指し示す方を見てみると、巨大なタコが砂浜に陣取っていた。うねる触手。
「スライスしてオリーブオイルかけて食ってやる!」
イタリアンを意識してたこ焼きではなくカルパッチョ風で攻める。(※タコのカルパッチョは和製イタリアン)
「なにそれ美味しそう!」
はっはっは、ティラミスちゃんは食いしん坊だなあ。
こうしてまるで緊張感の無いボス退治が始まったのだった。