カルボネア王国。その現国王ペスカトーレ五世には、美しい妻と二人の可愛らしい娘がいた。
国王夫妻はとても仲睦まじく、国民から見ても、とても幸せそうな一家だったそうだ。
だがそんな幸せな一家を不幸が襲う。マリネ王妃が不慮の事故で他界したのだ。
国王は嘆き悲しみ、しばらくの間国務も
そんな彼を慰め、励まし、支えたのが二人の娘だった。
「元の明るさを取り戻した時、我が主は天使との契約を求めるようになった。王妃が遺してくれた最高の宝である娘達が苦労をしないように、この国を災難から護って貰えるようにと」
ライアンの口から語られる国王の望み。
空気が読めないハゲだけど真面目で善意の塊なライアンには申し訳ないが、これはどうしようもない願いを悪魔に叶えて貰おうとするパターンだな。
すなわち、王妃の
悪魔は対価に多くの人の命を要求するだろう。ここまでゲームのお約束でやってきたんだ、悪い意味でもお約束通りの展開に違いない。
俺は、ユウホウに顔を向けた。頷くユウホウ。考えていることは同じという事だ。
「……行くぞぉ、隠し部屋の目星はついてる」
ゲンザブロウはいつものようなハイテンションではない、真剣そのものの態度で先導する。こいつも当然、同じ考えだ。伊達にあの世から一緒にいるわけじゃない、こういう時に俺達の思考はいつも一致する。
「ここから地下に行けるみたいだぁ」
ゲンザブロウはあっさりと隠された階段を見つけた。城の構造と脱出口の様子から設計者の意図を読み取ったのだ。数々の金持ちの家に侵入を繰り返してきた義賊の、研ぎ澄まされた勘が冴え渡る。
「気を付けろ。魔界の
アイちゃんが黒竜の感覚で通路の先にあるものを読み取る。やはり悪魔がいる、と。
「なんということだ。城の地下が魔界につながっているとは」
ライアンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、地下から敵が襲い掛かってきた。その姿は、赤黒い筋肉質の身体に山羊の頭。いわゆる悪魔だ。
まったく、外にはプリンだのゼリーだのがうようよいるのにこういう所では一切ふざけないんだな。
猛然と襲い掛かって来た悪魔は鋭い爪を俺達に向かって振り上げ……
「ふん、この程度!」
ライアンが盾で受け止めた。
「こんな雑魚に構ってられぬ。『
すかさずアイちゃんが悪魔の胴体に打撃を加える。壁に叩きつけられた悪魔は溶けるように消えていった。
つっよ、なんだこいつら!?
「お前ら本気出すと強かったんだなぁ」
またゲンザブロウが遠慮なく思ったことを言う。まあレベル見れば分かることなんだけど、これまでの行動がね?
と、仲間の強さに少し緊張をほぐしてしまったのが失敗だった。
『遅かったな、侵入者諸君』
何匹かの悪魔を蹴散らし、辿り着いた階段の先には少し広めの広間が一つ。奥行きは大体百メートルぐらいだろうか?
そこに、既に息絶えたメイド服の女性が数名倒れている。全員仰向けに倒れ、その顔には恐怖の表情が張り付いていた。よほど恐ろしい思いをしながら死んでいったのだろう。そして皆、胸に
それらの中心には、全身を血に赤く染めた全裸の美女が立っている。
「マリネラ王女!」
そうだ、その顔はまさに昼間俺の芸を見て楽しそうに笑っていた第一王女そのものだった。
全身から、おそらくメイド達の血を滴らせ、こちらを見ている姿からはエロティックな魅力など
彼女の更に奥には、椅子に座りうつろな表情をした男がいた。恐らく行方不明の国王だろう。まだ息はあるが、とても正気を保っているとは思えない。
『もう察しているのだろう? この男は、死者を黄泉がえらせることを望んだ。最初は天使を呼び出そうとしたが、当然ながら相手にもされなかったよ。そこで哀れに思った私が手を差し伸べてやったのだ』
マリネラ王女の顔をした何かが発する声は、地獄の底から響くようだった。間違いなく人間の声じゃない。
「マリネ王妃の復活を望んだというのか? それで何故お前はマリネラ王女の姿をしているのだ」
ライアンは強い口調で問いかける。きっと鈍いこいつでも本当は分かっているんだろう。ただ、そうであって欲しくないという願望から質問の形を取ったんだ。
『何を言っておる、私がマリネラだよ。あの日からな』
あの日……?
って、まさか!
「王妃が亡くなった日のことか」
ユウホウが俺の思い付きと同じ言葉を発した。
『その通りだ』
俺が思っていたより、更にろくでもないシナリオみたいだな。くそったれ!
「……王妃は不慮の事故で亡くなったと聞いた。それもお前の仕業か」
ユウホウの更なる言葉に、ライアンの表情が驚愕へと変わる。
『ククク、さすが大魔導士。理解が速くて助かるよ』
「う、うわあああああ!!」
叫び声。
それは奥で座っていた国王の口から発せられた。よく見ると彼の足元にはミイラ化した遺体が横たわっている。それが誰なのかは考えるまでもない。
ライアンが剣を抜いて悪魔に斬りかかった。
今まで頑なに剣を抜かず、盾で仲間を守ることを誇りとしてきた正騎士がだ。
『いいね、その表情。その憎悪。私にとって最高のごちそうだ』
マリネラの顔をした悪魔が手をかざすと、空中に六角形のシールドが現れて剣を弾く。
いや、ちょっと待て。
ライアンは、俺達の中で一番レベルが高い。クラスも一人だけ上位の四次クラスだ。それが、攻撃をあっさり弾かれたということは。
「はぁっ! 『
アイちゃんがさっきより強力な技を出した。が、やはり弾き飛ばされる。
『トカゲ風情が』
余裕の表情を見せる悪魔。これはダメだ、絶体絶命のピンチだ。心臓が
――俺達はここで死ぬのか。
「……やれやれ、サラトバッハの部下も役に立たんのう」
突然、この場にそぐわない可愛らしい声が鼓膜を揺らす。そういえばさっきから一言も喋ってない。恐ろしい空気に意識を持っていかれて、完全に彼女の存在を忘れていた。
「ちょっと剣を借りるぞ」
ティラミスちゃんが、弾き飛ばされたライアンの剣を手に持った。と思った次の瞬間、目にも止まらない速さで技を繰り出す。
『一閃』