暗い夜――宮殿に入る城門まで着くと何者だと衛兵に止められたが、すぐに殺した。「容赦ないなセレスティアは」とメフィストは笑いながら言っていたが、いまの私にとって衛兵になどかまっていられない。夜に反り立つイグノランスのアレもついでに切ってやるかと考える方が重要なことだった。宮殿の入り口で馬車が止まり、衛兵が「こんな時間になんなんだ?」とメフィストに尋ねていた。
「お届け物ですよ」
「いったいなんの?」
「ちょっと凶暴でしてね」
「動物でも入ってるのか。それなら、ここじゃなくてあっちの――」
馬車の扉を開け、首を刺した。剣を伝い、血が手元に流れていった。「奇襲だー!」と他の衛兵がわめきはじめた。メフィストは馬車から降りた。
「奇襲だとよ、堂々と入ってきたのにな」
首から剣を抜き、死んだ衛兵からもう一本剣を頂いた。両手の方が早く済む。
「早く会って、私が帰ってきたことを知らせないと」
「せっかちな令嬢だな、驚くだろうに」
「イグノランスはサプライズが好きですから、喜ぶと思います。マリシャスは……知りませんが」
私は正面から宮殿に入った。ホール内の誰もが化け物でも見るように私を見ていた。
「……セレスティア様ですか?」
出会ったことのあるメイドが私の名前を言った。深く知ってるわけではないが、なんとなく名前は覚えている。私が宮殿に来ると、よく部屋まで案内してくれたメイドだ。健気な見た目をしている。
「グーフだったでしょうか?」
「はい、そうです。セレスティア様これはいったい……」
「イグノランスはどこに? 私、用事があって――案内してくれる?」
「そのようなわけには……。それにセレスティア様、その全身の血は――あッ」
さっき手に入れた剣を試してみた。手入れはされてるようで、よく貫通する。
「グーフ、私はいつもみたいにイグノランスの場所に案内して欲しかっただけ。お話相手ならあとで――これからたくさん送ってあげる」
メイドのグーフは倒れた、簡単に。周りの衛兵や使用人たちは、一斉に声を上げ出し、騒ぎだした。逃げまどい、立ち向かい、最大限の行動していた。ただどれも私には到底相手にならない。
二本の剣を使い、ダメになればその辺から取り上げて使う。斬れば、刺せば、切れ味が落ちていく。だが、私の足は止まることはない。宮殿に来て、何人殺しただろうか。二十、三十……もう数えるのも飽きてしまっていた。各部屋を一つずつ開けていって、イグノランスとマリシャスを探した。
これを機に泥棒を働いている使用人、怯えて隠れている若い衛兵、全裸の男女、謎のゴリラ、どれも私の手で薙ぎ払っていった。ダンスのように舞いながら、ひとり、ふたりと――。
剣を振るう度に赤い血が飛び出す、倒れていく人間たちが盛大に祝福してくれているように私は血の祝福を浴びた。
鏡を見れば、そこには深紅に染まった私が立っていた。元々は染められていない
肌には、ぽつぽつと血が雨のようにつきながら垂れ流れていて、交換した片目は赤く輝いている。私がその赤いドレスに見惚れていると、胸元から剣が飛び出した。首を曲げ、後ろを振り向くと、血だらけの老いた衛兵が私を後ろから刺していた。
「これで終わりだ、悪魔め。仲間たちの死、無駄にはしないぞ……」
血に見合わない動きをしていたが、よく見れば不自然な血の跡をしている。
「他人の血を使って、死んだふりなんて――小賢しいおじいさん」
「何年生きてきてると思っている。他の衛兵と一緒にするな、わしはノートン家の親衛隊であ――」
彼の言葉が止まったのは、私のせい。親衛隊のおじいさんの声は震え出した。
「なぜ生きている……それに……」
「器用なことだと思いませんか。何年生きてきたかは知りませんが、見たことは?」
「あるわけ――」
親衛隊のおじいさんの声はここで尽きた。私は自らに剣を刺し、後ろにいるおじいさんを串刺しにした。痛みはある、だけど死ぬことはない。私の体はメフィストによって完全に呪われている。剣を抜き、メフィストに聞いた。
「本当に死なないのですね」
「死んでしまっては魂を奪えないからな。というより、セレスティア自身が死体のような状態と言ってもいい。魂は俺と貴様のあいだで宙ぶらりんになっているような状態だ」
「存分に楽しめそうです」
「マリシャスを殺すまで存分に楽しんでくれよ」
私は笑顔で返した。どんなふうに彼に映ったかは知らないが、彼も楽しそうにしていた。貼り付いて渇いた血もあって、頬が少し重かったから、うまく笑顔が作れたかはわからない。でも、私の心は晴れ晴れとしていた。残りの部屋は多くはない――イグノランスとマリシャスに会うのがこんなにも楽しみなるなんて、人生は思ってもみないことだらけだ。