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第4話 復讐のローズマリー

 週に一度、生徒会の集まりがない日にラミア・ルージュ・ムーンライト公爵令嬢は放課後のカフェテラス西側、窓際の席で一人、趣味の小説を読んでいる。この時だけは読書に集中したいからという理由で彼女の周囲を固めている取り巻き令嬢四人衆も居ない。


 窓際から差し込む陽光に薄紫色ヴァイオレットの艶やかな髪はまるで紫宝石アメジストのように煌めき、学園の生徒ならば、遠目で彼女の美しさを眺めるに留めている。


 だからこそ、ニケは悪役令嬢と呼ばれる彼女の週に一度必ず行われるルーティンを狙い、『一人の時間が欲しい』というラミアの事情を知らない・・・・交換留学生を演じ、彼女の座る席の前へと歩みを進め、彼女に接触を図った。


「その小説! あの有名なマダムパンプキンシリーズの新作ですよね!」


 元気よく跳ねる茶髪のツインテールに眼鏡を掛けた女の子。新品の制服を身に纏った女の子は、セントレア学園三年の交換留学生に扮したニケ。勿論、茶髪のツインテールはかつらだ。静かに本を読んでいた凛とした女子生徒は、読んでいた本をパタンと閉じ、ニケの全身を眺めた後、軽く息を吐いて微笑んだ。


「見ない顔ね。交換留学生かしら? ワタクシは今、読書へ集中したいのだけれど」

「わたし! 交換留学生のアヤメって言います。あの有名な・・・マーガレット四大貴族ムーンライト公爵家のラミア・ルージュ・ムーンライト公爵令嬢様ですよね! 読書している貴重なお時間をすいません。ファンなんです! 握手してください!」


 両手を前に握り、双眸ひとみをキラキラさせるニケに、もう一度軽く息を吐いたラミアは、握手だけで終わるならと、ニケへ手を差し出した。そして、差し出されたラミアの手を両手で握ったニケは、掌に忍ばせていた羊皮紙のメモを彼女へ握らせたのだ。


『わたしはあなたの味方です。〝復讐のローズマリー〟、実行日は明後日。それを阻止すべく参りました』


 開いた本で隠すようにメモを重ね、その内容を読んだラミアはニケへ向けていた双眸ひとみをすぅっと細める。やがて、その一瞬でメモの意図を汲んだラミアは口元を緩め、再び本を閉じた。


「確か西校舎、談話室ローズがこの時間は空いていたわ。わたくしは用があるので失礼しますわね。ご機嫌様、アヤメさん」

「お会い出来て光栄でした。ラミア様」


 互いに恭しく一礼し、互いに違う出口からカフェテラスを出る二人。カフェテラスを出たニケは、人気ひとけを避け、回り道をして談話室ローズへと向かう。部屋をノックしたニケへ先に到着していたラミアが声を掛ける。


「よくてよ」

「失礼します」


 談話室の部屋へ鍵を掛けたラミアは、ニケをソファーへ座らせる。


「〝復讐のローズマリー〟は第二王女の婚約者である公爵家の嫡男が内緒で他の女と付き合っており、金目当てで王女と接触していた事を知った第二王女が、断罪会場で見事逆転劇を披露するお話だったわね。アヤメはあの本でマダムへ協力する協力者。合っているかしら?」

「流石、聡明なラミア様。話が早くて助かります」


 ラミアが愛読しているマダムパンプキンシリーズはマーガレット王国で有名なミステリー小説。マダムパンプキンが執事ロミオと一緒に王宮貴族の間で起きる数々の事件を解決していくもの。〝復讐のローズマリー〟は、そのシリーズの中でも人気作の一つだ。


 ローズマリーの花言葉である〝貞操〟・〝変わらぬ愛〟に復讐を加える事で、〝わたしを蘇らせる〟というもう一つの花言葉を連想させる台詞『あなたはもう一人のわたしを蘇らせたわ。これであなたは一生わたしという存在を忘れる事が出来ないでしょう? さようなら』で公爵家嫡男を王国から追放するというラストシーンが読者へより強い印象を与えた作品で有名なのだ。


 〝復讐のローズマリー〟、そのメッセージの意図するところはつまり……。


「クローバー・プリーシアは不貞行為をしている……そう言いたいのね」

「今、その証拠を集めているところです。同時に断罪を回避する算段はこちらで準備致します。ラミア様はいつものように気高く聡明なラミア様のままで演技を続けて下さい」


「そう……」


 遠くを見るような彼女の眼差しは、わたしの背後にどこまでもどこまでも虚空が続いているかのように見えた。


 学園一のお似合いのカップルと呼ばれたクローバーとラミア。ラミアにとって、長年一緒に過ごして来た相手なのだ。きっと思うところがあるに違いない。ニケもそう思いながら、彼女の覚悟を見届ける。


「いいんですのよ。元々親同士が決めた相手。未練はございません。分かりました。あなたのそのお話、信じる事に致しましょう」

「ありがとうございます。そうと決まれば明日は断罪回避準備をリハーサルですね」

「その前に……アヤメという名は〝復讐のローズマリー〟の協力者の名前。貴女、本当の名前は何と言いますの?」


 ニケは、茶髪のかつらと眼鏡を一旦テーブルへ置き、続けて王家の家紋が入った紋章アミュレットを懐より出して自身の名を告げた。


「ニケ・グラジオラスと申します」

「……聞いた事があります。断罪会場や、事件現場へ現れては王家の紋章を掲げ、颯爽と事件を解決していく謎の令嬢。貴女がそのニケだと言うのね」

「はい、王家直轄の断罪回避請負人ニケ・グラジオラス。ラミア・ルージュ・ムーンライト公爵令嬢様の断罪回避、見事に披露してみせましょう」

「頼もしいわね。よろしくお願いしますわ」


 こうしてニケとラミアは固い握手を交わす。

 華麗なる断罪回避の時は近い――



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