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第5話 悪役令嬢はおバカな王子にため息をつく


「そんな話は聞いてないし、そんなバカげた事がわかるかぁ!」


 グレーン殿下がキレ散らかしておりますが、呆れてものも言えません。


「だからご自分は悪くないと?」


 知らなかったからなど子供の言い訳でしかありません。


「あ、あたり前だ。分かっていればこんなマネは……」

「しませんでしたか?」

「無論だ」


 開き直る殿下でしたが、分かっているのですか?

 分かっていないのでしょうね。


「テネシーさんの時はメアリの件はまったく関係なかったはずですが?」

「そ、それとこれとは話が違うだろ!?」

「同じですよ」


 その前科があっての今回のハニトラ試験だと言うのに。


「だいたい、今回の件に限ってもメアリの色仕掛けに惑わされずに、きちんと調査していればいいだけだったのです」


 王族としての自覚に欠けていると言わざるをえません。


「そ、そんなこと教えてもらって……」

「グレーン、お前がここまでアホウであったとはな」


 それでも言い繕おうとするグレーン殿下の態度に、はぁぁぁと深いため息を漏らして陛下が横から割り込んできました。


「その程度のこと王族なら誰でも学んだはずの内容だ」


 まあ、通常の貴族も学ぶような初歩の初歩ですから、陛下が嘆かれるのも無理ないでしょう。


「我々王族は一般の貴族以上の傅育ふいくを施されている。お前の教育にどれほどの人材が投入されたと思っている!」

「ひっ!?」


 それほど大きな声ではありませんでしたが、大きな怒気を含む陛下の声にグレーン殿下は縮み上がってしまいました。


「それだけではない」


 静かですが陛下の腹の底にたたえられた感情いかりは今にも決壊しそうです。


 あー分かりますよ陛下……できれば大声を張り上げたいですよねー。


 愚鈍グレーン殿下もさすがに本能で陛下のお怒りMAXは察知できているようです。


 まあ、おつむが残念無念なお方ですから、怒られている理由は理解していなさそうですが。


「お前の国王としての資質に不足ありとの報告を傅育ふいく者達から聞かされたから有能な妃となる者としてフェリアメーラを選んだのだ。それなのに、彼女を蔑ろにするとは……どこまで状況を理解していないのか」

「えっ……そ、それはいったい?」


 つまり、グレーン殿下の即位には私がセット。私を妃にするのを拒否した時点で、殿下の戴冠はお流れになったわけです。


「もはやお前に国政は任せられぬ」


 国王陛下は深いため息を吐き出して嘆かれました。まあ無理もありませんね。


 私もバカだバカだとは思っていましたが、ここまで突き抜けた大バカとは予想できませんでしたから。


「グレーンの廃太子を決定し、第二王子のモルトを王太子とする」

「そ、そんなぁ~」


 グレーン殿下は絶望で青くなっておりますが……ああ、やはりそうなりましたか。


「加えてグレーンから王族としての権利も剥奪し、南方国境を守護するキルケランの下へ送る」

「うげっ!」


 グレーン殿下がみっともない呻き声を漏らしましたが、まあ無理もありません。


 キルケラン様は国王の弟、いわゆる王弟と呼ばれる方でグレーン殿下の叔父にあたります。


 豪放ですがとても厳格な人柄で、奔放で軟弱な殿下を心よく思っておりません。加えて南方の国境は屈強な蛮族との小競り合いの絶えない地域。


 グレーン殿下がしごかれてヒィヒィ悲鳴を上げる姿しか想像できません。軟弱な殿下のことですから、下手をすると命も危ういかも。


 いやぁ、さすがにこれは可哀想になってきました。


「あのぉ、廃太子だけならともかく、王都まで追放されるのは少々重い罰ではありませんか?」


 私が憐れに思って助け船を出すと、地に両膝をついて項垂れていたグレーン殿下が希望の目で私へ向けてきました。


 そんな涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で捨てられた子犬みたいな目をしないでください!


「まあ、お義姉ねえ様はご自分を貶めようとした方にさえ慈悲を向けられるのですか?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「さすがお義姉様なんてお優しいのでしょう!」


 さすおね、さすおねと、メアリが赤く染まった両頬を手で覆いながらうっとりとした瞳で見られてしまいましたが……


 いや、さすがに殿下のされた内容に対して罰が重すぎるのではないかと。

 誰だって自分のせいで人が死地に追いやられれば寝覚めが悪いものです。


「お義姉様の女神の如き寛容な御心、私とっても素晴らしいと思いますわ……ですが、残念ながらこれは仕方のないのことなのです」


 ねぇ、陛下と意味深に視線を送られた陛下はばつが悪そうに顔を背けられました。


「これは……まあ、そのなんだ……そういう取り決めを事前にしておったのだ」


 平然としているメアリに対して歯切れの悪い陛下。


 ちょっと、ちょっと、ちょっと、もう悪い予感しかしないんですけど!?


「私と陛下は賭けをしたのですわ」

「「賭け?」」


 なんだか不穏な単語が。


「グレーン殿下がハニートラップに引っ掛かるかどうかでお義姉様の婚約とグレーン殿下の去就を陛下と賭けたのですわ」

「どうしてそんな事を!?」


 何それ!?

 驚きの新事実!?


「テネシー嬢の件もありグレーンの資質に家臣の間でも疑問が噴出してな」


 ああ、テネシーさんに誑かされて色々やらかした殿下の所業が重臣の皆さまに知られてしまったのですね。


「テネシーさんの暴挙はあまりに予想外で王家の対応は後手後手……ですが、お義姉様に無礼を働くテネシーさんを私が懲らしめたおかげで王家の傷も浅くすみました」

「グレーンの迂闊な振る舞いのせいで私はメアリエーラ嬢に一つの大きな借りを作ってしまった」

「そこで私はその借りを賭けの形で返してもらうことにしたのですわ」

「こちらとしても借りを返し、かつグレーンの後継問題を解決できるので渡りに船」


 陛下にギロリと睨めつけられ、ビクビクと体を震わせる殿下。


「ここでメアリエーラ嬢の誘惑に打ち勝てれば臣下たちを黙らせられたものを……最後のチャンスまで自らの手でぶち壊すほどアホウだったとは」

「そ、そんなぁ」


 もはや救い難しと国王陛下じつのちちに突き放され、嘆く無能な王子かおだけおとこ


 自業自得ですし、婚約が四回もご破算になった私の方が泣きたいです。


「私のお義姉様に不義理を働いた罰ですわ」


 我が妹ながら…メアリ…恐ろしい子!


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