「俺の部屋がきれいになってた」
「ん?」
大学の喫茶コーナーでコーヒーを飲みながらオガショウと話していた。
「まさか、また幽霊の話か?」
「そうなんだよ。ゴミ箱の中のゴミがなくなってたから気づいたんだよ。気づいたら部屋に掃除機もかけられていた」
「マジかよ」
最近の「ユーレイ」は掃除までしてくれるのか!? 「うらめしや~」じゃないのか!?
「いつ掃除されたか分からないのか?」
「掃除されたことに気づきたのは今朝で、考えてみたら歩いても足の裏にゴミが付かなかった」
「そうなる前に掃除くらいしろよ」
男の子独り暮らしってのはそんなもんさ。
「朝にゴミ箱にゴミを捨てようとしたら空になってて、あれー? みたいな」
ちなみに、俺の住む福岡市ではゴミの回収は夜中である。夜にゴミを出したので朝にはゴミ箱が空だったのだ。
「気のせいってことはないのか?」
「そう言われると……」
掃除が気のせいとか言われたら、そんな気もしてくるから不思議だ。
「まあ、お前が気づいてないってことは、不在中に掃除したんだろうな」
「そうなるな」
「つまり、大学の関係かバイトの関係で犯人が見つかりそうだな」
たしかにそうだ。
考えもしなかったが、俺の予定を知っているのは大学の関係者かバイトのシフトを知っている人ってことになる。
同時に、ユーレイは幽霊ではなく、実在の人間ではないかとも考えてしまう。
「あ、そうだ。実は昨日はスマホの充電を忘れて寝たんだけど、朝にはケーブルにさしてあった」
「便利な幽霊だな、おい。お母さんかよ」
話の順番がめちゃくちゃになってしまったけど、現実とはそんなもの。
「しかし、夜に差し忘れた充電ケーブルを朝までに充電が終わるように差してくれるってのは一つのポイントだな」
「どういうこと?」
「スマホの充電には普通1時間以上かかるはずだ。しかも、お前がいるのにお前に気づかれないように部屋に入ってきて充電ケーブルをスマホに指すとか人間には無理だろ」
「たしかに」
もし、人間なら真夜中にうちの玄関を開けて入ってきたことになる。さすがに寝てても玄関をガチャガチャやってたら俺も目を覚ますだろう。
ゴミの回収はよく分からないけど、日付が変わる頃に収集車の音が聞こえた気がする。夜中の12時ごろってことだ。しかし、スマホの充電は朝方にさされているのだと思われる。どちらの時間も俺は家にいた。それでも、今回はユーレイを見ていないのだ。これはもうユーレイは幽霊だとしか考えられない。
「念のため、もっかい部屋を調べてみるか」
「うーん、頼む」
自分だけでは、部屋が当たり前過ぎてなにも気づけない気がする。どうせオガショウはまたうちに来るんだから、一緒に見てもらうか。
○●○
「うーん……手がかりはないな」
部屋の中を調査するが、なにも手掛かりはない。よく押し入れの天井の板が外れたりする部屋もあるが、この部屋は天井の板が外れないタイプのようだ。きちんと固定されていた。
床下収納とかもない。トイレには窓が無くて換気扇。風呂は窓があるけど、10センチくらいしか開かないので子どもでも入るのは無理。
ドアはきちんとカギがかかるし、素人目で見る限り針金などで無理やり開けようとした跡は見つけられなかった。
「この使ってない部屋……こっちもホコリがほとんどないな」
「全く使ってないからな」
「それにしても、ホコリ一つ落ちてないだろ」
「ほとんど入らないからそんなもんじゃないか?」
俺は掃除があんまり好きじゃないからあんまりしてないんだが……。
「いつ、どうやって幽霊はこの部屋に入ってるんだよ!?」
「謎だな」
日常のミステリだった。
「ドアに髪の毛を貼っておこう! 開けば髪の毛が切れる」
「なるほど、なんかスパイか探偵みたいだな」
ヤバい。少しこの状況を楽しんでいる自分がいた。俺はオガショウの言うとおり、家を出るときには髪の毛を貼っておいた。
○●○
そこからドアの髪の毛が切られることはなかった。誰もこのドアを通っていないということ。
その日は掃除もなかったので、俺の気のせいだったかと思ったけれど、翌日に事件は起きた。
髪の毛は切れてないけれど、部屋は掃除してああったのだ。バイトから帰ってきたときに気づいた。
間違いが起きないように髪の毛を貼ったときに画像も撮った。ユーレイはどこから入って来てるってんだ。
しかも、今日の室内には「ユーレイ」のにおいがする。それはちょっといいにおい。甘いみたいないいにおい。もう訳が分からない。
「誰か留守中に入って来ていないか聞き込みしてみよう」
「そうだな」
誰も家に入った形跡はないものの、近所になにか知ってる人がいるかもしれない。
俺とオガショウは近所で聞き込みをした。
「誰かアパートの近くに不審な人? そうねぇ、特に見なかったかしら……」
俺達はアパートの大家さんに聞いてみた。うちの近くで聞き込みってなると、ちょうど近くでよく掃除してるから聞きやすかったんだ。
「あ、ちょっと待って。そう言えば、昨日は中庭で黒い服の女の人がいたわね。声をかけようと思ったら、もういなかったの」
「……そうですか」
大家さんが庭で黒い女の霊(?)を見た。以前は、向かいのマンションの外廊下、それで次はアパートの庭。段々俺に近づいてきている。メリーさんかよ。
「中庭に行ってみるか」
「分かった」
オガショウの提案で建物を挟んで通りから反対側にあるアパートの中庭に行ってみた。適度に雑草が生えているが立ち入れないわけじゃない。
「外から見てもこの建物はボロいな」
「まぁな。大学に近いのと家賃が安いのがウリだ。建物の古さはそれを許容できるやつだけが住む感じだろうな」
そんな無駄話をしながら中庭を見ていく。
(にゃーーー)
「お、猫だ」
中庭の片隅に猫がいた。野良猫のようだ。耳の先端が切られているから地域猫ってやつか。
「にゃー。ほら、こっちこい」
俺がしゃがんで手を出すと猫はダッシュで逃げた。猫ってそんなもんだよな。
そして、猫は建物に吸い込まれるようにして消えた。
「はあ!? 今どこに行った!? あの猫!」
オガショウはアパートの下側、基礎部分を見た。24時間換気システム……そんな優れたものはこのアパートにはない。換気のためには横60センチ縦40センチほどの換気口がいくつか開けられている。その上でスリットの開けられたコンクリートブロックが固定されているのだ。
猫はそのスリット付きのブロックが壊れている換気口から建物の中に入ったようだった。猫なら入れるが、俺達では追いかけることはできなさそうだった。
「まあ、追いかけるな。猫だって可哀想だろ」
オガショウが言うのももっともだった。
「たしかに。今度見かけたらエサをやってみようかな」
「一応、大家に猫にエサをやっていいか確認した方がよくないか? エサをやると猫がいつく可能性がある。大家が嫌がったらトラブルになるかもしれん」
「なるほどな」
オガショウは色々なことに気が付く。
あの猫が実はユーレイで……そんなファンタジーなことまで考えたけど、いくら猫でも俺の部屋に入ることはできない。壁をすり抜けるとしたらやっぱり幽霊的なものしかないのだろうか。
この日、俺達の調査に進展はなかった。