「容疑者はいないのか?」
「容疑者って……」
俺とオガショウは大学内の食堂で話をしていた。
「容疑者はある程度絞られる」
テーブルに紙を出し、メモを書き始めた。
・西戸崎の家の場所を知っている
・家のカギを手に入れることができる
・美味しいお粥を作れる
・シートに付いてる薬を持っている
・背が小さい
・風邪の看病をしてくれる
・ゴミを捨ててくれる
「どうだ?」
「たしかに、こう書き出すと誰でもってわけじゃないな」
そして、オガショウのこのメモにより、俺は一人の容疑者を思いついた。
「妹崎ねね……かな?」
「せざき?」
「ああ、『いもうとざき』って書いて『せざき』と読む。ニックネーム的に『いもうとざき』って呼ばれてる」
「ほー」
彼女はサークルの後輩で、いつもミニスカートを履いている印象。そして、背が低い。俺好みの背の低さ。
「またロリコン発動か……」
「うるさい。俺は背が低い子が好きなんであって、ロリコンではない!」
めちゃくちゃ甘え上手で何度かご飯をごちそうしたことがある。それどころか、俺のバイト先にも何度か遊びに来たことがあるのだ。
「それはもうめちゃくちゃ好きだろ! 告白みたいなもんじゃないか!」
「やっぱり、そう思うか!?」
俺も薄々思ってたんだ! 俺は少し得意になっていたかもしれない。あとで思えば余計な一言を言ってしまった。
「デートにも行ったんだ。遊園地。月末だったから厳しかったぁ」
「……まさか、全部おごったりしてないよな!?」
「……」
声が出なかった。
「それはもしかして、単にたかられてないか!?」
「うっ……」
俺も薄々思ってたんだ!
「ご飯を食べに誘われるのは月末では?」
「う……たしかに」
「それは、月末に金欠でたかられていただけでは!?」
俺もそう思った。分かってはいたけど、分かるわけにはいかなかった項目……。
「それ、ここら辺でカタを付けていたほうが良くないか?」
きっちり白黒付けろってことか。俺も考えないではなかった。でも、あのユーレイが妹崎ねねなら俺のことをかなり好きなはず!
オガショウの話はそこそこに俺は妹崎ねねちゃんを呼び出した。大学生には「放課後」とかない。講義が終わったらすぐにバイトとか行くし。講義が終わって学校に残っているやつなんて暇人だけだ。
しかも、お忘れかもしれないが今は夏休み。そもそも学生は大学にいない。当然、妹崎ねねもいない。
俺はご飯でも食べようと妹崎ねねをファミレスに呼び出した。
先に着いたのは俺のほうだった。妹崎ねねはテーブルを挟んで向かい側に座った。
「こんにちは、先輩」
実に小悪魔らしい輝く笑顔だった。
「やあ、バイトは休みだったかな? 妹崎さん」
「今日は遅番なんです」
この言葉は「このあとにデートはしません」という意図にも取れる。
「好きなものを頼んでいいよ」
「え? どうしたんですか? 急に」
そう言いながらグランドメニューを広げる妹崎ねね。たらふく食べる気まんまんだな。
「その……お礼だよ」
「お礼……ですか?」
妹崎ねねがピタリと止まってこちらを見た。この反応はどっちだ?
「ほら、俺が風邪を引いてしまって……」
「え? そうなんですか?」
このきょとんとした表情が芝居だとしたら、彼女は女優だ。やや分かったけれど、オガショウに言われた通りに確実にする必要がある。
「看病してくれてありがとう」
「ふえっ!?」
妹崎ねねは身を縮こまらせた。もう一息。
「お粥も美味しかったよ」
「ひっ!」
彼女の顔は引きつっていた。普段のかわいい顔とは大違いだ。
「俺のこと好きなんだろ?」
「ひいいぃっ!」
俺の言葉に彼女は慌てて立ち上がった。
「せっ、先輩。風邪が治ってなによりですが、看病したのは私ではありません。あ、今日は急用ができたので失礼します! あ、私、明日から合宿で連絡がつかないかもです。すいません」
妹崎ねねはまくし立てるようにしゃべったかと思ったら、逃げるようにファミレスを出て行った。
ポツンと残される俺。なんか振られたみたいで悲しくなってきた。
「……どう思う?」
「どう思うもなにも、多分お前と同じ感想だよ」
隣のテーブル席で息を潜めて座っていたオガショウが答えてくれた。
「あれは幽霊ではないな。2つの意味で」
もちろん、1個目は霊的な存在ではない、という意味だろう。普通に話してたし。ラップ音とかもなかった。
そして、もう1つの意味は、うちに出たユーレイではないということ。甲斐甲斐しく彼女のように面倒を見てくれたのはあの子ではないということ。
「そして、あの妹キャラにはフラレたな」
「ぐっ……」
見えない言葉の刃が俺の心臓に突き刺さった。
「あれは、やっぱり月末に金欠になったときにお前に連絡してきてたな」
「ぐぐっ……」
さらなる刃が突き刺さった。
「連絡したらいつでもホイホイやってきて、ご飯を食べさせてくれて、セックスもしなくていい……。お前はいいカモだったな。ネギどころか土鍋や鍋つゆまで背負ってたんじゃないか?」
「ぐぐぐっ……」
俺はテーブルに突っ伏した。もうやめたげて。俺のライフはとっくの昔にゼロだ……。
「かわいかったのに……」
「ああ、かわいかったな。彼女は自分のかわいさを知ってるし、その価値も知ってる。電話をするだけでご飯が食べられるってのも理解してる。小悪魔だな」
ペシャンコだった……。俺の心。
最後は連絡しないで的なことも言っていった。要するに、俺のことは「ヤバイやつ」として認定したわけだ。突然 連絡してきて、してもいない病気の看病にお礼を言われて、作ってもいないお粥のお礼を言われて、俺のことは異常者と思ったかもしれない。妄想野郎と思ったかもしれない。
それなら関わらない方が安全だ。なにをされるのか分からないのだから。悲しいけれど、彼女の判断は正しい。
そして、ここまで見れば彼女はユーレイではなく、また俺のことなんて好きでも何でもないってことが明確になったのだった。