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第9話:容疑者②

「まずは、妹崎ねねだけど、完全にシロだな」


 オガショウが夜にうちに来て報告してくれている。


 バイト上がりだから、もう夜だな。辺りはすっかり暗くなっていた。わざとらしいくらいの虫の声。


 でも、まだまだ丑三つ時には遠い。まだユーレイは出る時間じゃなさそうだ。安心してオガショウの話を聞ける。


「もう妹崎ねねにはフラレたし、これ以上心をえぐるな……」

「まあ聞け。1人目の『容疑者』だ。アガサ・クリスティでも早めの容疑者からの脱落者は、最終的に犯人ってパターンもあるからな」


 オガショウは「そして誰もいなくなった」とかのことを言ってるのかな。たしか、どこかの無人島に閉じ込められて、その中で連続殺人が行われて行く話だ。島には10人しかいなくて、犯人はその中にいる。一人殺されるごとに犯人が分かりやすくなるというミステリの名作だ。


 それに比べて、俺の周りの事件の平和なことよ。風邪で寝込んだときに看病してくれた女の子を探しているだけだ。


 ただなぁ、カギのかかった部屋に普通に入って来ていたし、彼女の登場前にはラップ音が聞こえていたと思う。なにかそこら辺のものが床に落ちる様な音だ。


「一応、俺からも妹崎ねねにコンタクトを取って、今回の件ヒアリングして来た」

「もうやめたげてーーー」


 オガショウの聞いてきた証言によると、こうだ。



『料理? 知らないです。私、実家だし掃除とかしたことないんです。時間割? 先輩のですか? 全然知らないです。そもそも先輩とは学年が違うから時間割も違うし』



「俺がお前の友人ってだけですっごく嫌な顔してたぞ? あれは嘘を言ってないし、脈もないぞ!」


 ……うん。分かってた。もう、十分すぎるほど分かっていた。


「じゃあ、容疑者②の……バイト先の後輩だっけ? それについて話してくれ」

「あーーーーー、うん」


 とりあえず、俺は食べていた夕ご飯の茶碗を置いた。


「バイト先の同僚で……名前は中西洋子さん。多分、20歳。バイトで休憩時間が被ることが多い」

「ほほお……」


 そうなのだ。俺のバイトは飲食店。パン屋に併設されたイートインコーナーだ。ショッピングモールにテナントとして入っているので、店としても比較的大きい。


 その分、従業員も多い。だから比較的休憩の時間とかは融通がきく。それなのに、わざわざ休憩時間を合わせてくるんだ。


 その上、先日の話に出た妹崎ねねが俺のバイト先に遊びに来てたんだけど……いや、俺にご飯をたかりに来てたんだけど……そのときはあからさまに不機嫌だったんだ。


 多分、ヤキモチ。


 それで脈アリだと思っているのだ。


「他にはどんなことがあったのか、思い出す限り教えてくれ」

「分かった」


 俺は中西洋子との出会いを思い出していた。


 先にバイトしてたのは俺だ。2年目の俺は言ってみればバイトリーダー的な存在だった。店の全業務ができるし、消耗品の発注などもしていた。


 そこに入ってきたのが中西洋子。背は低め、性格は真面目といった感じ。髪の長さは肩までくらいだったけど、飲食店の勤務だから彼女はいつも髪の毛を縛って帽子の中にしまっていた。


 お店のポリシー的にはそこまでしなくてもよかったのだけど、仕事中は髪をアップ。彼女の真面目さがそうさせていたのだろう。俺は彼女の髪をアップした姿も好ましいと思っていた。


 彼女は積極的に仕事を覚えた。ゴミの出し方、カウンターの拭き方、お客さんのテーブルの拭き方。俺が考えもしなかった食器類の漂白とかもやってたな。


 俺は家庭的だなぁって思ってた。


 消耗品の発注も覚えていたな。店で出しているメニューはスパゲッティとシチュー、それとスープ。全部パンに合うようにって考えられていた。ベースはパン屋さんだから。


 基本的に料理はセントラルキッチンで料理され、冷凍された状態で店に届く。店ではそれを温めて盛り付け、客に提供する。


 ところが、レモンティーのレモンとか、サラダ用の野菜とか、サンドイッチに入れるトマトとキュウリとか、一部は生鮮食品を仕入れる必要がある。


 それをバイトが発注するのだ。明日の売上げの見込みを考えて数を考える。足りないと困るので、俺はいつも多めに頼んでいた。


 あ、そうだ。一緒に問題を解決したこともある。お客さんがトレイを返すときにコーヒーカップと一緒に指輪を置いていたらしいのだ。


 返却時にそのまま返してしまった、と。洗い場では紙ナプキンなどは当然捨てるので、気付かずにゴミと一緒にしてその指輪も捨ててしまったらしい。


 それを聞いて、俺と中野さんは店のバックヤードでその日のゴミ袋をあさり始めた。50Lかそれよりも大きなゴミ袋にゴミはいっぱい入っていた。しかも、2つも! その中に指輪が1個。見つかるか不安しかなかった。


 店のバックヤードではゴミ箱からゴミを取り出し、別のゴミ袋に移す方法で中身を確認した。


 見つけたときはつい騒いでしまったんだ。


 あのときに連帯感というか、心が通じた気がした。一緒に目の前の問題を解決したから。


 ただ、今となっては気のせいだとも思える。単に彼女は正義感が強くて俺のバイト先に妹崎ねねが遊びに来ているのを許せなかっただけかも。発注を積極的に覚えたのは、いつも俺がなんでも多めに発注するから、その分ロスも多くなっていたしそれが気に入らなかっただけかも。


 俺がユーレイ候補に挙げたのだけど、思わぬところで事実が分かってしまったのだ。もう中野さんがどんなことを考えていたのかもどうでもよくなった。

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