あの店がオープンしていた! 別に大人気店というわけじゃないから、盛大に賑わっているわけじゃない。外観は町中華屋って感じの佇まい。特別きれいじゃないけど、絶望的に汚い訳じゃない。
ただ、店がオープンしているのだ。店の扉が開いていたのだ。
「やったじゃんか!」
多分、オガショウは店が開いていたことよりも俺がステマしまくった「豚味噌」が食べられる嬉しさが勝っていたのだと思う。
「色々助けてくれてるし、今日はおごるよ」
「マジ!? やりー」
元々、ユーレイがここの豚味噌みたいな味の料理を俺の留守の間に準備してくれていたから情報取りのために来たかったんだ。
(ガラッ)「ちわー」
店は小さい。ドアも手動だ。この辺りも味があって好きなんだけどな。
「豚味噌1つ」
「俺も」
俺とオガショウはカウンターの席に座りながら注文した。
「はいよっ」
返事をしたのは大将じゃなくて、奥さんだった。いつもはカウンター前に大将がいて注文を聞いて裏の厨房で料理して料理を持ってくるのだ。
ちなみに、カウンターに大将がいないときはどんなに大きな声で注文を言っても大将には聞こえない。常連は大将がカウンターに戻ってくるまで待つのが常だった。
オガショウはそれを知らないからこの違和感には気づかなかったらしい。
奥さんが裏に注文を通したあと、カウンターに戻ってきてお冷を出してくれた。いつもは自分で準備するものだった。
「大将病気だったんですか?」
俺は奥さんに訊いてみた。
「そうなんです! なんか私が心配かけすぎたみたいで胃に穴が開いちゃって……」
「うわっ、大変でしたね」
世間話ができるなんて俺も成長したな。
「なんかひどかったみたいであと1週間くらい入院するみたいで……」
「そうなんですか……え? じゃあ、誰が料理を?」
俺の豚味噌は誰が作るんだよ。俺はあの味が食べたくて来たのに!
「それがね、アルバイトがいて全部じゃないけど、ある程度店の料理を作れたのよ。だから、あと1週間は限定メニューなの」
そう言って真新しいメニュー表を手渡してくれた。
豚の味噌煮込み定食、バンバーグ定食、焼肉定食、豚汁定食……そこには7種類程度の定食メニューが書かれていた。いつものメニューは20種類くらいあるので半分以下だ。
いつものメニュー表だと注文できないものが多くて使えなかったのだろう。手書きで急遽作ったメニュー表だった。
「アルバイトの人でもあの味が出せたんですね」
俺は少し……いや、かなりガッカリしていた。あの味は大将にしか出せないと思っていたからだ。
なんなら、オガショウには「あの味が出せるのは世界中で大将だけだから」くらいのことは言ったと思う。
それがたかがアルバイトごときに……。
「若い人?」
俺は少し不貞腐れ気味に奥さんに訊いた。
「そうなのよ! 突然お店に来て、お店の味を学びたいっていってねぇ……。今どき珍しい……。しかも、うちみたいな店でねぇ」
「いやいや、この店は歴史もあるし、定食美味しいし、安いし、名店ですよ!」
「そ~お? ありがとう。大将に伝えとくわね。きっと喜ぶわ〜。あら、お料理ができたみたい」
奥さんは厨房に料理を取りに行った。
新しいやつはこの店の味を学びたいとか見込みのあるやつだ。有名中華店とかじゃなくて、この店の味を選ぶとか将来見込みがある。
しっかり学んで将来は大将の店を継いで立派な料理人になってもらいたい。
それでも、少しガッカリしていた。大将には「この豚味噌が家で食べられたらなぁ……」って言ったんだ。そしたら、大将も喜んでくれていた。この甘いような辛いようなアツアツの豚味噌は絶品なんだよ。
「はーい、お待たせ」
そんなことを考えていたら、アルバイトが作った豚味噌が俺達のカウンターに置かれた。
「お! 美味そう!」
オガショウは大はしゃぎ。たしかに、ニオイは大将の豚味噌に似てる。さて、俺の厳しい舌で確かめてやるか……。
「うまーーーーー!」
なんだこれ!? 美味い! 大将の豚味噌……いや、それ以上に美味い!
「あら、ほんと? あの子も喜ぶわぁ」
ちょ……シェフを呼んでくれ、の美味さだわ。
「めちゃくちゃ美味いです!」
ここで俺は思い出していた。あの日、俺の家に置かれていた豚味噌……あれも相当美味かったことを。あれが家で食べられたら……それが俺の夢だった。その豚味噌が家に置かれていたのだ。そりゃあ、美味しいに違いない。
あの「豚味噌」はこの「豚味噌」だったのでは……!?
ユーレイがこの豚味噌を作った人に作ってもらったのでは!?
「す、すいません! 奥さん! この豚味噌を作った人に会わせてください!」
「え? なにか問題があったかしら?」
「違うんです! 会いたいんです! 会って美味しいと伝えたいんです! 直接!」
俺の勢いに奥さんは軽く引いてた。横でオガショウもドン引きだ。でも、そんなことはどうでもいいんだ! ここで大きな手掛かりを手に入れられそうな手ごたえを感じていた。
「まあ、いいわよ……? お客さんも少ないから……。ちょっとー、カウンターに出て来られる? お客さんが会いたいってー」
「……」
奥さんが裏の厨房にいるアルバイトを呼んだ。ちょうど客は俺達しかいない時間だったからか、アルバイトを呼んでくれた。
「はい……」
裏の厨房から出てきた人物を見て俺の身体に電撃が走った。
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