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第16話:ユーレイの豚味噌

 厨房から呼んでもらった人物は……白黒のツートンのゴスロリを着た女の子だった。身長156センチくらい。小さい!


「ちゅっ……中学生。いや、小学生か!?」


 中華屋の厨房に中房!? ダジャレだろうか!? これ考えたやつ出てこい!


「それがねえ……この子、これで大学生なのよ」


 奥さんがフォローした。しかし、目の前にいるのは明らかに小さいやつ。そして、ゴスロリファッション。中華屋の厨房にいるのにゴスロリ! 


 色々ツッコミどころ満載で、俺はなにからツッコんでいいのか分からないでいた。


 カウンターの向こう側をその少女は歩いてきて俺の前に止まるとくるりとこちらを向いた。


「やっとお会い出来ましたね。西戸崎……智也様」


 様!?


 こんなにも恐ろしいことがあるだろうか。俺はその女を見たのは初めてだった。見たこともない。


 そんなおんなが俺の名前を呼んだ。しかも、たまたま行った定食屋の店員として。


 その上、「様」付け!


「おい、西戸崎。知ってんのか? 彼女のこと!」

「……」


 俺は言葉が出なかった。あっけに取られていた。多分、口 ポカーンだったと思う。


 そして、同時に全く別の感情も湧いてきていた。長い黒髪。白すぎるくらいの色白。口角が上がっていて少し微笑んだような顔。背は低く、ゴスロリファッション。ガラのある黒ストッキング。シルバーの十字架のネックレス。胸は小さくてフラットに近い……。


 料理がうまくて、掃除が好きで、俺の帰りを待っていてくれるような……。


 俺の好みにバッチリハマったドストライク。世の男達がなんと言おうと俺の好みにバッチリマッチしていた。


 それこそ、スカートの長さまで好み通りなのだ。なんなら、ふわふわしていたイメージだったものが、彼女を見たことでむしろ理想形が固まったと思えるほど……。


「あと1時間で昼休みなんです。よかったら裏でお話しできないでしょうか?」


 なんだろう。


 怖いのと、嬉しいのと、同居できなさそうな感情が同居している。


「……は、はい。大丈夫です」


 俺は豚味噌の続きを食べた。めちゃくちゃ美味かった。


「お、おい……大丈夫なのかよ」

「ここはしっかり確認しておきたい。あやふやにしておいたら間違いとかも有り得るし」

「たしかに、それはそうだけど……」


 俺達は謎のゴスロリの彼女の休憩時間を待つことになった。


 〇●〇


 店の裏は川が流れていて、店と川の間には茂みというか、遊歩道というか、とにかく散歩ができる様な道があった。


 俺とオガショウはあの豚味噌を食べた後、店の裏に回って遊歩道の柵に腰かけてあの少女を待っていた。そして、やたら時間があるのでオガショウと話しながら川を見ていた。


「あれが西戸崎の幼馴染……ってこと?」

「いや、あれは全く知らん」


 ぎょっとしてオガショウがこちらを向いた。


「そりゃあないだろう。名前呼んでたし、『様』付いてたし……」

「俺も歯医者以外で『様』付けられたことないわ……」


 あ、ファミレスの順番待ちとかもあったか……。そんなことはどうでもいい。とにかく俺は、あの少女について全く知らなかった。予想すらもできない程に。


「いやいや、隠してたんだろう? 本当は知り合いだったとか……」

「いや、本当に知らない。それよりも、あんなに全く知らない人がうちに勝手に入って来ていたとか考えられない。間違いだと思う」


 俺は必死にオガショウに伝えるが、「いや、知ってるやつだろう」って姿勢を崩さない。


「西戸崎、仮にあの子が初対面だとしてだな。謎解きの答えが初見の全く知らない人ってのは最大のタブーだぞ!? これがマンガだったら作者は叩かれまくるだろ」

「そんなマンガあったな……。たしか、24巻くらい出て犯人が全く初見のやつだったって……」

「あったなぁ、そんなの!」


 気付けばオガショウと談笑していた。


「いや、違うだろ!」


 オガショウが我に返ってツッコんだ。その通りだ。


「あんな地雷系が幽霊!? 定食屋でバイトとか実在してるだろ!」

「実在してたな。彼女が作った豚味噌食べたし……」


 またあの味を思い出していた。めちゃくちゃ美味かった。ご飯粒1粒すら残さず食べてしまった程だ。


「そもそも『幽霊』は家の玄関ドアを開けずに家の中に出入りしてたんだぞ!?」

「そうだったな」


 玄関ドアに貼った髪の毛を剥がさずに家の中に入っていた。しかも、ある時はカメラで一晩撮影していたのに映ることなく室内にいた。キッチンでなにかをしていた影が少しだけ映っていた。


「向かいのマンションの2階だか3階だかの外廊下に立って、お前の部屋を見てたんだろ?」

「見てた」


 最初はびっくりして気絶したくらいだから間違いない。


「勝手に家に入って、勝手に看病して、掃除して、料理して……生身の人間には無理だろ」

「普通に考えたらな。でも、どこか別のところから出入りしていたということは……」


 なんとかしてあの子をユーレイにしようとしてないか!? 俺!


「押し入れの天井の板も固定されていた。窓は開いてないし、風呂の窓はほとんど開かずに、トイレなんか窓すらないじゃないか」

「うーーーん……」


(ガチャ)


 どうやら彼女は休憩時間になったみたいで店の裏のドアから遊歩道に出てきたのだった。


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