「えと、えと……おっ……お久しぶりです!」
黒のゴスロリドレスに身を包み、黒髪ロングの女の子が目の前に現れた。肌の色は服の色と対照的に真っ白だった。
その彼女が腰を90度曲げんばかりのお辞儀をして挨拶した。
「初めまして」ではなく「お久しぶり」と言うくらいだから、俺とは会ったことがあるというのか!?
嘘偽りなくこんな子は知らん! この少し変装っぽいというか、取ってつけた感があるゴスロリの分を差し引いても見たことがない。
俺は彼女の顔に注目した。
すると、彼女はますます挙動不審になった。それを無視して顔を見た。
いや、やっぱり全く見たことがない。全く記憶がないのだ!
「誰?」
「そんな……もう……私達3年も付き合ってるじゃないですか……」
俺のつぶやきに彼女は当たり前みたいに答えた。
「「3年!?」」
俺とオガショウの声がハモった。
「西戸崎、お前やっぱり彼女じゃないか!」
「いや、だから、全く知らないんだって!」
今、目の前の彼女は俺と付き合っていると言った。一瞬俺の記憶がなくなったか、気がおかしくなったかと思ったけど、今の俺が判断するに変なところはない……はず。
……となると、彼女が嘘を言っている。
「そもそも、名前は?」
俺は冷たい視線で訊いた。
「儚依 朝露(はかない あさつゆ)です。いつも『朝ちゃん』って呼んでくれるじゃないですか」
いや、知らんし!
……儚依 朝露!? 俺はその名前を聞いたことがあるような気がした。
オガショウは俺のリアクションから俺がこの女のことを全く知らないといったことを信じてくれたようだ。
「カギは!?」
名前のことは一旦 横に置いておいて、 俺は思いつく限りの疑問を次々に投げかけることにした。
「智也くんが私に合鍵をくれたんじゃない」
いや、やっとらんわ! そもそもあの部屋は契約のときから合鍵は1本しかなかったし! 今も契約書と一緒にテレビ台の引き出しの中に入ってるはずだ!
「なんで俺が風邪を引いて寝込んでるって分かったんだ!?」
「電話ですごい咳をしてたから、『看病に行こうかって?』って聞いたら『頼む』って智也くんが言ったから……」
オガショウが「どういうことだよ!? 聞いた話と全然違う」って表情をしてきた。
俺だって初めて聞いた情報が多くて戸惑っていた。
「オガショウ……これはやばい。想像以上にやばい。なんなら、幽霊の方がまだよかったかも」
小さな声で横のオガショウに俺の気持ちを伝えた。
「マジで知らんの? めちゃくちゃかわいいやん?」
「かわいいけど、なんかサイコホラー的なやばさを感じる」
「もう! 二人だけで話さないでっ!」
こそこそと俺達が話していると目の前の彼女が急にキレた。
「オガショウさん! いくら親友でも智也くんは私のものだから取らないでっ!」
そう言って俺の胸にピッタリとくっついてきた。
「いや、すまん。そんなつもりは……」
困惑するオガショウ。
俺はと言えば……怖さはある。この異常さは理解できない。
ただ、俺はDT(童貞)だ。女の子が胸にすがってくるとかはじめての経験。柔らかいし、いいにおいもする。
「怖さ」よりほんの少しだけ「いやらしさ」が勝った。俺は彼女を振りほどけないでいた。もちろん、抱きしめたりもできない。
「まあ、とにかくさ。彼女ならバイトが終わった夜にでも西戸崎の部屋で話そうぜ。えーと……儚依さんだっけ? バイト何時まで?」
オガショウは普通に俺の彼女を俺の部屋に呼ぶみたいに目の前の子を俺の家に呼んだ。
いや、怖いから! 全く知らないから!
「じゃあ、22時には家に行けます」
「じゃあ、22時に西戸崎の家で集合な」
「お、おい……」
俺はオガショウに腕を引かれその場を去った。
俺の日常の「ミステリ」はまさかの伏線無しで突然現れた女が犯人だった。出来の悪い仕上がりでこの話は終わるはずだった。
そう、終わるはずだったのだ。つまりは終わらなかった。