「名前は、儚依 朝露っていいます。智也くんとは小学校からの同級生で……そう言った意味では幼馴染って言えるかもしれません」
目の前の儚依さんとやらが、自己紹介を始めた。俺は背中に冷たい汗が伝い流れるのを感じた。俺の幼馴染と言えば、昔隣に住んでいた「都城 とあ」くらいしか思いつかないからだ。
「しょ、小学校は何年のときに西戸崎とは知り合ったんだ?」
オガショウが恐る恐ると言った感じで訊いた。
「あ、3年のときのクラス替えのときに同じクラスになりました。それでも最初の内は全然話もしてなかったし、仲良くもなっていなかったんですけど……」
俺の学校では1,2年は同じクラスで2年間同じクラスだった。だから、3年と5年とにもクラス替えがあり、彼女の言っていることはその部分では当たっている。しかし、俺は彼女と同じクラスになったことなどない。完全に彼女の妄想だろう。
「それで、いつから付き合い始めたんだ?」
オガショウがぎこちないながら笑顔で彼女に訊いた。
「ずっと見て憧れるだけの存在だったんですけど、中学、高校と同じ学校だったし、大学も一緒の大学がいいなって思って……そしたら、智也くんが『付き合おう』って言ってくれて……」
俺は少し眩暈がした。
「俺も西戸崎とは入学してからよくつるんでたけど、全然 儚依さんのことは気付かなかったわー」
オガショウはわざとらしく言った。矛盾を突く作戦のようだ。さあ、ユーレイどう出る!?
「オガショウさんとは予備校時代からですよね? 私も同じ予備校だったんです。智也くんがオガショウさんと仲がいいのは知ってたんですけど、智也くんが紹介しれくれなかったから……ヤキモチ……かな? 私は智也くんだけが好きなのに」
はにかみながらユーレイが答えた。どういうわけか、俺とオガショウが予備校からの知り合いだということまで知っているようだった。
オガショウが下でごそごそ何か始めた。
(ブブブ)
俺のスマホにメッセージが来た。俺は座ったまま視線を降ろしてスマホの画面を見た。それはオガショウからのもんだった。
オガショウの方を見たら、視線で俺のスマホの方を指していた。「メッセージ見ろ」って事だろう。
『彼女はお前のストーカーだ』
俺は思わずオガショウの方を見た。やつは片方の口角を少しだけ上げて小さな微笑を浮かべた。「俺が追及してやる」って言っているようだった。
「どうやってこの部屋に入った?」
「え? カギを開けてですけど……?」
彼女はカバンからカギを取り出して見せた。それはたしかにうちのカギのように見えた。
「西戸崎、合鍵はこの部屋にあるのか?」
「あ、ああ……」
そうだ。合鍵はテレビ台の引き出しに仕舞ったはず。退去のときにすぐ見つかるようにと思って、契約書と共に入れたんだった。
俺はテレビ台の引き出しを開けてみた。
「あった……」
てっきり彼女が持つカギは俺の部屋にある合鍵が持ち出されたものだと思ったのだったが、その合鍵はこうしてここにあった。
そうなると、俺の普段持っているカギかと思い、自分のカバンを探す。当然のようにいつものキーホルダーに家のカギはついていた。
「ちょっとそのカギ、見せてもらえないか」
「いいですけど、ちゃんと返してくださいね。大事なカギなんですから」
オガショウの頼みに少し難色を示す彼女だったが、オガショウにカギを渡した。やつはそのカギをまじまじと見た。カギなんて見てなにか分かることがあるのだろうか。
「これは正規の合鍵だ」
正規の合鍵とは!?
(ガンッ)慌てて立ち上がったので彼女はローテーブルに足をぶつけていた。そんなに慌てなくても……。
「当たり前です。私が智也くんからもらったんですから」
彼女はオガショウからカギをふんだくる様にして取り戻し、再びカバンに仕舞ってしまった。
俺が不動産屋からもらったカギは全部で2本。1本は以前一緒に住んでいたやつが使っていたものだ。あいつが引っ越して行った時にテレビ台の引き出しに戻したはず。
「西戸崎、あの子が持ってるカギはカギのメーカーが作ったものだ。ホームセンターとかで作った合鍵じゃない」
「そんなの見て分かるのか!?」
ごそごそとオガショウが自分のカギを取り出した。
「カギにはキーヘッド……持ち手の部分にメーカーのロゴがあるんだ。ホームセンターとかも合鍵にはそれがない」
「なるほど、たしかに見たことがある気がする」
つまりは、彼女が持っているのはコピーしたものではなく、不動産屋が渡した正式なものということ。俺は彼女にそんなもの渡していない。なにがどうなっているって言うんだ。
「ちょっと、話を変えよう。儚依さんはあの定食屋で働いていたのは偶然か?」
「いえ、智也くんがあの店の豚味噌が大好きで、『あれが家で食べられたらなぁ』って言ったので、私が働かせてもらってレシピとか材料とか全く同じ味になるように教えてもらったんです」
たしかに、俺はあの店の豚味噌は好きだ。めちゃくちゃ美味しいから。でも、自分の彼女がいたとしてバイトまでさせてその味を盗ませるとは思えない……。
「実は、きみがこの部屋で豚味噌を作った次の日、この部屋にカメラを仕掛けていたんだ。きみはそのカメラに映っていなかった。カメラは玄関に向けていたのに。どうやって入った?」
オガショウはセットしてあったカメラを取り出してきて彼女の前に置いた。
「そんなの知りません。普通に入ってきました」
儚依さんはプイと横を向いて知らない振り。
「幽霊でもない限り、カメラに映らず玄関を通り抜けることなんてできないんだ」
「……」
まさか、彼女は幽霊とでも言うのか!? 目の前にいるのに!?
「結論が出た。ここからは謎解きの時間だ」
これはオガショウの決め台詞。状況が全く分からない俺だけど、オガショウには分かったようだ。