オガショウがおもむろに立ち上がった。狭め目の8畳くらいの和室の部屋でやつは背が高いものだから、かなりの存在感だった。俺も儚依さんも思わずオガショウを見上げてしまった程だった。
「事の始まりは、西戸崎の風邪だった。こいつが寝込んだことから状況は大きく変わる……」
そんな人生が大きく変わるような風邪があるだろうか。やつは大げさに話し始めたようだ。俺は思わず麦茶を一口飲んだ。
「幽霊の正体……儚依朝露さんは西戸崎と同じ小学校に通っていた」
そうなのか。幽霊の正体が彼女だというのならば、仮定としてまずは受け入れてみようと思う。段々矛盾点など出てくるはずだ。
「そこからストーカー気質でずっと西戸崎のことを見ていた」
「そんな、私ストーカーとかじゃありません!」
「まあ、仮定と思って聞いてくれ」
オガショウは話を続けた。
「なんらかのきっかけで西戸崎のことを気に入ったきみは中学、高校とずっと西戸崎のあとを追い続けた。そして、予備校や大学まで本人に気付かれないように一定の距離を取りつつ、付かず離れず過ごしてきた」
「……」
儚依さんは何も言わないが、認めたのではなくオガショウの話を「仮定」として聞いているのだろう。
「同じ大学に入学したところまではそれほど変化はなかったけれど、入学と共にこいつは学校近くに引っ越して一人暮らしを始めた」
オガショウが言っていることは間違いない。たしかに俺は通学を早々に諦めて家を出て一人暮らしを始めることにしたんだ。
「そこでは西戸崎の情報をより得やすくなっていった。家族と住んでいたのだけど、一人暮らしになったのだから、その家から出るゴミは西戸崎本人のゴミだからな。個人情報に溢れている」
ゴミとかちょっと怖いんだけど……。そう言えば、ゴミが無くなったりしたって大家さんが言ってた……。
「そして、西戸崎が風邪を引いた日、偶然カギが開いていたなどの理由で初めて家の中に入った……」
儚依さんは何も言わずに目をそらした。それは肯定とだとも言わんばかりに。
そして、オガショウは「仮説」を続けた。
「その特別な入口を『ワープゲート』としよう。きみは普段、そのワープゲートを通って西戸崎の家に入っていた。そのワープゲートは、いわば きみ専用で他の人は使えない」
儚依さんは若干挙動がおかしくなってきた。普通に考えたら「思い当たる節がある」ってことだろう。
「西戸崎は少し前まで同じ大学の同じ学科の男とシェアハウスをしていた。そして、彼は大学を中退して出て行った。それ自体はそれほど珍しいことじゃない。大学を中退して働きに出るやつなんて世の中にはゴマンといいる」
オガショウは隣の部屋への襖の方に移動していった。俺と儚依さんもついていく。ただ、儚依さんは立ち上がったタイミングでまたローテーブルに足をぶつけた。かなりそそっかしいようだ。
ついでに、テーブルに足をぶつけたタイミングでコップが倒れお茶をこぼした。俺は先に飲んでおいて良かった……。
「西戸崎が普段からボーっとしてるやつってことをうまく利用して、きみはこの部屋で待機することも多かった」
「ちょっと待て!」
ここで俺がツッコミを入れた。いくら「仮定」でもガマンできなくなったのだ。
「ボーっとしてるってなんだ、ボーっとしてるって。あと、隣の部屋に人がいたらさすがに気が付くわ!」
ちっちっちっ、とマンガみたいに人差し指で「ノー」のジェスチャーをするオガショウ。
「第一に、お前はだいぶボーっとしている。俺からしたらいつもハラハラする程に。次に、彼女は隣の部屋で少しの音もさせずに襖のわずかな隙間からお前の生活をのぞいていた。それこそ何時間も」
「はーーー!?」
こわっ! それじゃストーカーじゃないか!
「その通り、お前が今思い浮かべたみたいに、彼女はお前のストーカーだ」
見透かされたんだけど……。そんなに俺は表情に出していたんだろうか。オガショウには全てお見通しってことか。だから、ボーっとしているとか言われるのか!?
「誰もいない時間に『ワープゲート』からこの部屋に入る。そして、そのまま音もたてず、ずっと待機だ。だから、夜中の任意の時間にふいとお前の部屋に入ってこれるんだ。しかも、玄関ドアも通らない」
「……だからか!」
俺達は玄関ドアを撮影していた。ある時は髪の毛を貼って、一度でも開けば髪の毛が切れる仕掛けすらも施した。しかし、一度も髪の毛が切れることはなく、カメラにも映っていなかった。
「ワープゲートには2つの弱点があった。一つ目は音。何時間でも物音を立てずに過ごせる きみでも『ワープゲート』に入る時と出るときには音を出さざるを得なかった」
玄関ドアでも出入りのときは多少は音がするもんだ。その「ワープゲート」も音がするのだろう。
「そして、もう一つは汚れること。普段、ゴスロリを着ているきみはワープゲートを通る時だけ別の服装をしていた」
なんかいっぱい情報が出てきたぞ!? 俺はオガショウの「仮定」に理解が追いつくのがやっとで、事の本質は見えていなかった。
「ある日、西戸崎が風邪で寝込んだ。これ幸いと看病や料理、部屋の掃除などを行った。そして、それからはタガが外れたみたいに、メールを送ってみたり、家の中に入り浸ってみたりするようになった」
「え!? それだと毎日のように家の中にいたってこと!?」
オガショウは俺の方を見て無言で頷いた。
ふわふわしていた俺の心は「恐怖」に感情が定まった。期間はどのくらいなのか、時間もどれくらいなのか、それすら分からない。自分の普段の生活が監視されていたと思うと途端に怖くなったのだった。