「ラップ音に思われた破壊音は、あんたがローテーブルやらキッチンやらにぶつかった音! ずいぶんそそっかしいみたいだからな」
「うっ……」
儚依さんは精神的ダメージを受けたみたいだ。
「ドアも開けずに室内に入っているから、最初はドアに大穴が開いているんじゃないかと思ったんだ。でも調べたらそんな穴はなかった。つまり、まだ調べてない別の場所があるって思ったんだ」
たしかに、俺とオガショウはドアも調べた。木目があって木製に見えた玄関ドアは実は鉄製でその上に木目調のプリントシートを貼ってあったのだ。これでは穴をあけるのは一苦労だ。
もっと簡単なところ……。オガショウはそう考えたのだろう。
儚依さんは、ますます挙動不審だ。全ての謎を解き明かされて言ってみれば現在丸裸状態なのだ。それは落ち着かないのもそうだろう。
「お願いします! カギを返してください!」
儚依さんは謎解きとかどこ吹く風、土下座してオガショウに泣いて懇願し始めた。
「え!? いや、おい!」
急に儚依さんが泣き始めたので、さすがのオガショウも狼狽え始めた。
「カギは……そのカギは智也さんとのつながりでとても大事なものなんです!」
あまりにも泣き叫ぶものだから、勢いに負けてオガショウが儚依さんにカギを渡してしまった。儚依さんも奪うみたいにオガショウの手からカギを奪った。
「カギ……」
ガスメーターのところにあるキーボックスには俺の部屋のテレビ台の引き出しに仕舞っている方を後で入れておくか……。いや、そういう問題じゃない!
俺と儚依さんは他人。全くの他人だ。そんな人がカギを持っていて、自由にうちに出入りできるのは非常に困る。やはり、なんとかカギを返してもらって二度とうちには来ないようにしてもらう……。
あれ? そう言えば、1つだけ情報が足りない気がした。なぜ彼女は俺にそこまで固執するのか。ストーカーの気持ちなんて分からないけれど、分からないなりに理由はあるはずだ。
「どうしてそんなにそのカギにこだわるんだ? 俺なんてどこにでもいる普通の大学生だろ?」
俺の質問に斜め上の回答が来た。
「……正直に言ったらカギをくれますか?」
思ったリアクションと違う反応だった。もっと大騒ぎすると思ったのに、意外にも冷静な答えが返って来た。
それでも、このカギをあげるのは……。
「教えてくれたら考える」
「……分かりました」
儚依さんはしおらしく折れた。そして、俺に俺との出会いを説明してくれるのだった。
***
「私は小学校のときにいじめにあってました……」
なんかいきなり重たいの来た。思った以上に重たいの来た。
俺の部屋で三人でローテーブルを囲んで儚依さんの話を聞くことになったのだ。
「最初は軽くいじられるくらいでした。そのときは私、少しぽっちゃりしててそれを揶揄われたんです」
あー……、あるある。小学生なんて言葉の威力をまだ知らないときだから平気で人を傷つけることを言うんだ。
しかも、自分の力を確かめている時期でもある。効果があったと思ったらどこまで行けるか限界を目指してしまう。
「そのうち、薬を飲むようになって、その副作用でもっと太って行って……」
うわ……。絵に書いたような悪循環。
「ノートを破かれたり、酷いことを書かれたり、上靴を捨てられたり……。でも、親には情けなくて話せなくて……。私は追い詰められるところまで追い詰められてました」
胸糞話を聞いてしまった……きっと今晩眠れない……。
「でも、そんな中、クラスの男の子が声をかけてくれて。止めてくれたんです」
お! ちょっといい話!? でも、まあ……。俺はそれくらいではいじめは無くならないことを知りつつも続きの話を聞いた。
「その男の子は別にクラスの人気者ってわけじゃなかったんですけど、クラスで注目され始めました。でも、いじめは女子が中心だったので、その男の子は全然気にしない感じで……」
強いな、その男の子。
「他の男子も私のいじめを知ってて気分はよくなかったみたいで、休み時間ごとにその男の子の周りに集まって女子たちのいじめからガードしてくれていて……。私もその子の近くにいたらほとんどいじめられなくて……」
クラス中を動かすとか、その男の子すげえな。でも、良い話。この子がいじめられなくなったんなら良かった よかった。
「そのうち、その男の子も私もいじめられなくなって……そのときからずっとその男の子のことが……」
あ、恋バナだ。いいなぁ。ほのぼのしてて……。あれ? なんの話だっけ?
「じゃあ、その男の子が、西戸崎なんだな?」
「はい!」
ちょっと話を聞いただけで理解してしまったオガショウすげえな!
「……ええ!? 俺!?」
「おせーよ! 反応おせーよ!」
俺がワンテンポ遅れて事情を理解してノリツッコミみたいになっているのを丁寧にオガショウがツッコんでくれた。
まあ、なんにせよ。ちょっと良い話が聞けた。小学校の頃の話なら8歳? 9歳? そんくらいの話か。10年以上前の思いでの話……。
俺とオガショウはここで彼女の話を聞くのを止めておくべきだったのだ。しかし、止めるすべはなく、話をそのまま続けて訊いてしまった。話の「毒」はここから始まった。