「私は思いました。この人と一緒なら私は人として生きていていいんだ……。恋でした」
胸元で手を重ねて明後日の方向に目をキラキラさせる儚依さん。
「依存だな。死を覚悟するほど極限まで思い詰めていたときに、西戸崎の近くにいればいじめられなくなるという『成功体験』をしてしまった。それどころか、クラスの男子たちが集まって来てにぎやかになった。それまでと真逆を経験したわけだ」
「はい! 私には智也くんが神様にも仏様にも見えました!」
究極まで辛い思いをさせて、急激に解放する。そして、その時に受け入れやすい情報、分かりやすい情報を入れるのは「洗脳」のやり口だ。
偶然にもそのときにそれと近い現象が起きて見事に洗脳されてしまったわけだ。
「でも、5年生のクラス替えで智也くんとは違うクラスになりました……」
あ、話の流れが変わった。
「私一人では新しいクラスでは馴染めませんでした。それどころか、またいじめられそうになってきて……」
それまでのガードがいなくなったんだ。昔いじめていたやつが再度……ってこともあるかもな。
「だから、私はもっと智也くんの近くにいないと……と」
「「ん!?」」
なんか変な方向に進んだ!?
「思えば、私はあの頃から智也くんに振り向いてもらえるように頑張り始めたんです! 智也くんが傍にいない私なんて存在価値が無い! 生きていてはいけない!」
オガショウと俺は顔を合わせた。やっちまってる。
(こそっ)「多分、なんらかのパーソナリティ障害を抱えてるぞ」
(こそっ)「なんだそれ?」
(こそっ)「要するに社会生活不適合者ってとこかな」
ヤバい。記憶にないとはいえ、俺に関わった人が社会生活不適合者になってしまっては……。
「私は気付きました!」
なおも儚依さんの演説(?)は続いた。
「私には智也くんが必要! そうでないと生きていくことさえ許されない! その存在すら社会に認められない! 智也くんこそ正義! 智也くんこそ神!」
あー……どんどんヤバい方に進んでいく。途中で誰かが気付いて止めなかったのかよ。お父さんとか、お母さんとか……。同級生を神とか言っちゃってるし……。
「智也くんのことを追いかけて、智也くんの情報を集めて、智也くんの好みを知って、智也くんの理想の女の子に少しでも近づく……そう考えたら、パーっと目の前が明るくなったんです! それまで飲んでいた薬も必要なくなりました! 身体も段々痩せて、智也くんが好きな背の低くて、身体が細い女の子になって行ったんです!」
それはもう脳内麻薬的なものがドパドパ出ていてオーバードーズ状態では!? 偶然にも予てからのコンプレックスである「ぽっちゃり」が解消してまた「成功体験」してしまってるし……。
「そこからは、いつでも智也くんに聞かれたことが答えられるように勉強して、一緒にマラソンができるように毎日走って、お料理もできるように練習して……。ファッションも、メイクも……。そして、同じ中学に進学して、高校も同じにして……」
「ちょっと待て。俺は高校は自分で決めたんだけど。担任どころか親にも相談してないけど……」
俺は成績は中の上くらいだったから、そのときの成績で行けそうな一番いいところに行っただけだ。俺の出身中学からだと市内だけで40校以上あるぞ。偶然に一緒になる確率はほとんどゼロだろう。
「それは……偶然、智也くんの担任の先生を知っていて、3年の秋ごろに職員室に行ったら進路調査書が置いてあって偶然 智也くんの物が目に入ったので知ってました」
それは「偶然」ではない。今日び、 担任だって個人情報の取り扱いには十分注意するだろう。せめて封筒に入れて机の引き出しくらいには入れていたはずだ。
それを職員室に忍び込んで、俺の担任の机から引っ張り出して見た……そんな偶然はあり得ないのだ。
「ちなみに、西戸崎の好みはどうやって知ったんだい?」
「それは、偶然 智也くんの家の回りを夜にジョギングしていたら、偶然 智也くんの家のゴミ袋に引っかかって転んで中身をぶちまけてしまいました。その中から、智也くんのニオイがするものを選別して……」
「アウトーーーっ!」
完全にストーカーだった。それも10年以上追いかけているガチ勢のストーカー。俺にストーカーが付いているのも驚いたけど、ガチ勢のストーカーが付いていた。
「畳の下の板に穴を開けたり、勝手に家に入ってきたり、カギを盗んだり……西戸崎、十分 警察案件だぞ。電話するか?」
「ちょっと待ってください!」
儚依さんが俺とオガショウに手のひらを向けて制止させた。この期に及んでなにを言い出すというのだろうか。
「純愛……なんです。一途なんです。全力なんです」
怖い怖い怖い。そんな知らない間に一方的に好意を寄せられているというのはやっぱり不気味だ。
「……ある意味あり得るのか!?」
ここでオガショウが変なことを口走った。
「儚依さん? あんたは西戸崎のことが好きなんだよな?」
「はい! もちろんです! 世界で一番! 神に誓って! 智也さんが神です!」
なんかトンチンカンな回答だった。
「西戸崎からカネを取るか?」
「取りません! なんなら私が払います! 貢ぎます! 課金します!」
儚依さんは既に財布を持っている。本気だ。本気すぎる。
「西戸崎に危害を加えるか?」
「いえ! 世界中の悪と不純物から智也さんを守ります!」
なんだよ「不純物」って……。
「よーし、最終的にどうなりたいのか言ってみろ!」
「はい! 私が働いて智也くんを養いたいです! 毎日甘やかしてダメ人間のダメダメ人間にします!」
ダメだろそれ。
「あんたが働いている間、西戸崎はなにをするんだ?」
「はい! 家でごろごろするか、パチンコか麻雀など非生産性の高いことに取り組んでもらいたいです!」
「そのカネはどうするんだ!? パチンコも麻雀もカネが必要だ」
「はい! 私が稼いでおいて事前に智也くんに渡しておきます!」
それはヒモでは……!? 俺はヒモにされるのか!?
「あんたにそれだけの稼ぎができるのか!?」
「はい! いつでも智也くんを養えるようにこれまでに資格を108個取っています!」
煩悩の数! 日本にはそんなにたくさん資格があるのかよ!?
「よし! おもしろい! 後は西戸崎と二人で話し合え! 俺は帰って寝る!」
「はい! オガショウさん! お疲れ様でした!」
いや、送り出すなよ。お前も帰れよ。
「メンヘラ彼女とよーく話し合え。メンヘラでストーカーだけど、これまでの妹キャラと生真面目と先輩と幼馴染より顔が整っているし、お前のことをよく知っている。その子 以上のやつが今後現れる未来が思いつかなかったから俺は帰る」
オガショウは本当に帰って行ってしまった。多分飽きたんだな。カギの話とかもううやむやだし……。