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第23話:命がけ

「カギは私と智也くんをつなぐもの……智也くんが私のことを彼女として受け入れてくれた証なんです」


 妄想が多分に入っているなぁ……。俺は彼女のことをちゃんと認識したのは今日なのだから。


 そもそも小学校のときに同じクラスだったのかも怪しい。儚依朝露……いや、そんな子と話をした記憶がないわけじゃない。


 でも、その子はもっとこう……ふっくらしてた。いや、さっき痩せたって言ってた。辻褄が合う。じゃあ、ホントに小学生の頃からずっと近くに……!?


「私が彼女じゃダメですか?」


 うるうるとした瞳……。男心をガッチリ鷲掴みだ。


「私じゃダメなら……私にはもう生きる資格がないってことか……。そうだよね。私なんか……。私ごときが智也様の傍にだなんて……」


 この絶望的な自己肯定感の無さ! テレビやマンガで見るメンヘラを絵に描いたようだ……。


 でも、目の前の女の子はめちゃくちゃかわいい。なんなら俺の好みにバッチリマッチしている。黒髪ロングは好きなんだ。かなり好きなんだ。


 背の低さもかなり好き。着ているゴスロリもフリル多めでかなり琴線に触れる。アニメ声で耳馴染みもいい。


 そんな子が俺のことを好きだって言ってくれてる……。これは判断が難しい!


 絶対に依存してる。依存か執着か分からないけど、洗脳に似たなにかが俺を好きだと思わせている。


 その洗脳だか魔法だかが解けたときに、まだ俺のことを好きでいてくれるのか……。それ以前に今も本当に俺のことが好きなのか……。


 これは!いわゆる地雷ってやつでは!? 付き合うとすごく迷惑かけてくるという……。


「あ、あの……儚依さんは俺のことを……」

「いつもみたいに『朝ちゃん』って呼んでください」

「いつも……みたいに? 朝ちゃん……?」


 やっぱり彼女の中には理想の俺がいて、仮にこれから付き合うと考えたとしても、俺は「彼女の理想の俺」を追いかけるだけになるのでは……。


「なんですか? 智也くん」


 ああ……。この笑顔……めちゃくちゃかわいい。本当に判断に苦しむ。目の前のこの子はストーカー……。でも、俺のことを好きでいてくれる女の子……。それも病的に……。


「朝……儚依さんは俺のことが好きなんだよね……?」

「はい! そこに疑いがあるなら胸を切り開いて私の本心をお見せします!」

「いや、そこまでは……し、信じるよ」


 そんなこと言われて躊躇なく胸を切り開くとか言えるのは口先だけではないかと思ってしまう。


 仮にホントに切り開かれても具しか見えない。人間の心なんて目視できないのだから。


「やっぱり私の言葉なんかじゃ信じてもらえないでしょうか?」

「え、いや……そういうわけじゃ……」


 俺はなんでも心に思ったことが相手に知られてしまう。表情に出るんだろうな。


(ガツッ)(ドン)(ガタッ)儚依さんはあちこちにぶつかりながらキッチンに向かった。キッチンは玄関と同じ方向なので一瞬怒って家に帰るのかと思った。


 だけど違った。


(ガツ)また足の指を冷蔵庫の角にぶつけつつ戻ってきた。そして、手には包丁を握っていた。


 やばい!


 やっぱりストーカーはストーカー! 俺はとここて刺されるっ!!


 そう思った次の瞬間、儚依さんは包丁の柄は両手で握っているもののその刃は彼女自身の方に向けて握っていた。


 瞬間的に分かった。本気で刺す気だ! しかも自分自身を!


 そう思ったら、俺の身体は動いていた。あの包丁が刺さったら、とか全く考えなかった。


(ドンッ!)「きゃあ!」


 俺は彼女に体当たりをして包丁を弾き飛ばした。


「自分の命を大事にしろ!」


 見事に畳の上に落ちた包丁を俺は拾い上げて叩きつけるように儚依さんに言った。


「は、はい……それは『彼女にしてやるから俺の女であるお前の身体に傷を入れるな』ってことでしょうか!?」


 いや、そんな意味は1ミクロンも入ってないんだけど……。


「……」

「……」


 しばらく包丁を握ったままお見合いのようになってしまった。


「……そうですよね。私ごときが智也様の彼女とかおこがましいですよね……。そうそうに引き上げて、どこかご迷惑にならない所で自決します……」

「待て! 待って!」


 それ以上の言葉は出てこないけど、ここで止めないとこの子は本当に死ぬような気がした。


 どこでこうなったんだろう。俺は普通の大学生だったはずだ。ところが、今では家で包丁を持って男女で言い争いしている。多分、傍から見たら刃物が出る痴話げんかに見えるだろう。


「どうしてですか? どうして私じゃダメなんですか!?」


 そう大きな声を出したかと思ったら、儚依さんは大声で泣き出した。


「智也くんが大好きなのにーーーーー! どうして、私じゃダメなのーーー! わーーーん!」

「わーーー! 分かった! 分かったから! 泣き止んで!」


 それはもう、大きな声だった。近所中に響き渡るほどに。こんな古い木造アパートなら、全室くまなく彼女の声をお届けする程の大きな声だった。


 カギのことも不法侵入のことも問い詰めることができず、この部屋への滞在を許してしまう結果となってしまった……。


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