「どうして家事代行を頼まないの?」
全部で12部屋ある我が家の簡単なそうじを手伝ってくれた
「ウチの叔父は、自分のよく知らない人間に、我が家に踏み込まれたくないらしい」
「それって、叔父さんが警察官であることと関係あるのかな? 捜査関係の資料が置いてあるとか?」
「さあ、どうだろう? そんなモノを警察署の外に持ち出さないと思うけどね。ただ、家宅捜索と清掃の家事代行を同列に考えているなら、そろそろ認識をあらためてもらわないと……でも、ボクは湯舟をちょっと見直したよ」
「見直したって、なにを?」
「いや、ユフネ・グループのご令嬢は、自宅のそうじなんてしないと思ってたからさ」
「わたしの家では、家事代行の業者さんに頼んでいるけどね。でも、それとは別に自分の部屋のそうじくらいできないと、外国に留学してホームステイをする時に困るもの」
「それはそれは……意識の高いことで」
「わたしは、大事なことだと思ってるけど? ところで野田くん、海外でホームステイを受け入れてる家族から、もっとも敬遠されているのは、どこの国の男子学生だと思う?」
「知識としては知っている訳ではないけど、その口ぶりってことは、答えは日本男児と言いたいんだろう?」
「大正解! さすがは、探偵団の有能な助手くんね。日本の男の子たちは、自宅で母親が炊事・洗濯・そうじのすべてをやってくれるから、家事を家族でシェアする文化の国では歓迎されないんですって。その点、野田くんは大丈夫かな?」
湯舟敏羽は、ボクに視線を向けながら、ニコニコと笑って答える。自分のことを誉められるたので、悪い気はしないけど、いま、湯舟は確実に日本全国の男子学生を敵に回したと思う。
その一方で、普段から男女の分け隔てなく、結構あけすけにモノを言う彼女が、我が校の男子から大きな支持を集めているという厳然たる事実には、世の中の不条理を感じてしまう。
「ともかく、湯舟のおかげで、家事の大幅な時短につながったよ。ありがとう」
「どういたしまして。上級生の元カノさんなら、もっと上手にそうじをこなせたかも知れないけど?」
澄ました表情で答えるクラスメートに苦虫を噛みつぶしたような表情で応じたボクは、ありあわせの材料で、昼食にカレー焼きそばを振る舞い、彼女と目的の場所に向かうことにした。
玄関の施錠を行い、2台分のスペースがある駐車場の前に出ると、そこには、原動機付きのスクーターが停めてあった。
「これって、ベスパだよね? 湯舟が乗ってきたの?」
「そう! ホントは『探偵物語』のモデルが欲しかったんだけどね。でも、『フリクリ』と同じモデルのこれも気に入ってるんだ」
なるほど、山の手の幹線道路から延々と緩やかな坂道が続く住宅街にあるボクの家まで苦も無くやって来たのは、この
「ボクも、そろそろ原付きの免許を取った方が良いのかなぁ?」
ロードバイクの自転車を駐車場から取り出したボクが言うと、湯舟はベスパにまたがってエンジンをかけながら応じる。
「わたしは、このコを運転するのが好きだけど……野田くんなら、あと一年待って、自動車の免許を取りに行った方が良いんじゃない?」
それには、バイトして資金を貯めないと、なんだよなぁ……。
軽いため息をつきながら、ボクはロードバイクにまたがり、湯舟のベスパとともに緩やかな坂道を下る。
彼女の中学時代からの友人であるという
国道と私鉄の香炉園駅の中間にあるマンションは、洒落たデザインの落ち着いた雰囲気の建物だ。
先にエントランスに入った湯舟がインターホンのチャイムを押すと、スピーカーからは、
「あっ、
という声が聞こえて来て、エレベーターに続くドアのロックが解錠される。湯舟とともに四階のフロアに上がり、あらためて伊藤家の玄関チャイムを押すと、すぐに伊藤敦子がドアを開けてくれた。
「あっ、彼氏さんも一緒だったんだ? それなら、言ってくれれば良かったのに!」
弾んだような声で言う友人に対して、「あ〜、野田くんは、そんなんじゃないって。ただのクラスメート」と苦笑いしながら答える湯舟に続き、ボクは、初対面の相手に対する緊張のあまり、
「そうそう。そんなんじゃありませんのだ」
と、飛び級で高校に入学した天才小学生のような口調で応じてしまった。
自分でも、失態を犯したと自覚する言葉に、伊藤敦子はクスクスと笑い声をあげ、
「野田くんだっけ? 面白い人だね。さあ、遠慮なく入って」
と、ボクら二人を自室に招き入れてくれる。
「だけど、驚いたよ〜。稔梨が、そんなことになるなんて……」
ボクらにお茶を出しながら、湯舟の友人は口にする。
「彼氏の友だちが、稔梨を
伊藤敦子の一言に、ボクら二人は、思わず顔を見合わせた。