目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話

「あっ、敦子からメッセが来た」


 湯舟敏羽のスマホに、彼女の旧友である伊藤敦子からメッセージが届いたのは、ボクらが温水プールでひと泳ぎして、午後に蓄えられた身体の熱を冷まして、聞き取った情報を整理しようとプールサイドに上がってすぐのことだった。


 ==============

 稔梨の裏アカを見つけたよ

 ==============


 葛西稔梨かさいみのりの隠された一面をボクたちに語ってくれた他校の女子生徒は、親切なことに、約束を忘れず、亡くなった葛西が利用していたSNSのアカウントを調べてくれたようだ送られてきたテキストには、簡単なメッセージとともに、《ミンスタグラム》のアカウントのリンクが貼られている。


 ==================

 いいね!を見る

 miri_isaka


 お母さん お父さん

 ごめんなさい

 ==================


 リンク先のアカウントの最後のメッセージには、それだけが書かれていた。


「警察は、これを稔梨みのりの遺書って考えたってこと?」


 湯舟敏羽は、憤るような表情で、叔父が所属する組織に対して、露骨に不信感をあらわにする。

 ただ、夏季限定の探偵事務所の同僚の意見には、ボクも同意せざるを得ない。


「まあ、気持ちはわかる。昨日、葛西が命を絶ったって聞いたとき、ウチの叔父は、『スマホは見つからなかったが、女子生徒のモノと思われるSNSのアカウントに自殺をほのめかす内容の書き込みがあった』と言っていたんだ。でも、そのとき、このアカウントの書き込みを知っていたら、ボクもすぐに警察の見解にツッコミを入れていたと思うね」


 葛西稔梨の裏アカウントとされるユーザーの投稿には、伊藤敦子と語り合った日のものと思われるツタ―・バックスのドリンクの他に、どこで撮影したのかわからない三階建てのアフタヌーン・ティーのセットや豪華なクルーズ船の船上の風景などがいくつも残されていた。


 さらに、最後の投稿以外のメッセージには、


 #under_bridge

 #float_garden


というハッシュタグが付けられていた。 


「これって、どう見ても宣伝アカウントじゃない? 稔梨がこんなに頻繁にアフタヌーン・ティーを提供するホテルやクルーズ船に乗っているなんて思えないもの」


「under_bridgeはグリコ看板の橋の下、float_gardenは浮き庭をあらわしているのか? 断定するのは危険だけど、キミの言うとおり、一度や二度ならともかく、高級ホテルやクルーズ船なんて、普通の高校生が何度も出掛けるような場所でないのは確かだね。ナイトプールの招待券を持っているような女子高生を別にすればだけど……」


「そういうこと言うなら、いますぐ帰ってもらっても構わないけど?」


「ゴメン、余計なことを言ってしまった。ただ、話しを戻すと、さすがに警察も、このアカウントが怪しいモノだと気づいたと思うんだ。キミの見立てどおり、これは、おそらく、を探している人を勧誘するために、アカウント主がお金を持っているかのように偽装する釣りアカウントだろう。警察も、初見を出したあとに、書き込みの不審さに思い至ったんじゃないかな? 葛西が発見された一昨日と、時間が経過した昨日で、警察の見解が変わったのは、そのためだと思う」


「だよね? こんなキラキラした書き込みのあとに、『お母さん お父さん ごめんなさい』なんてメッセージが投稿されるなんて、それこそホラー案件だよ」


「あぁ、このアカウントの投稿のとおりなら、キミの友達の伊藤さんも、ツタバより、もっと高価なモノを奢ってもらえただろうしね?」


 ボクが肩をすくめながら言うと、湯舟敏羽はクスリと笑った。そして、プールサイドのチェアに腰を預けながら、ボクに向かってたずねた。


「ねぇ、あらためて今日わかったことを整理させてもらって良い?」


「あぁ」


 こちらが軽くうなずくと、彼女は灰色の脳細胞を活性化させるべく、腕を組みながら、鼻を少しかいて言葉を続けた。どうやら、これが湯舟敏羽が、思考モードに入るときの無意識のルーティーンらしい。


「稔梨は、去年もしくは今年のはじめ頃に、繁華街のグリ下周辺に通っていた」


「それは、ボクたちと同じ高校に通う男子生徒に目撃されている」


 彼女と同じく、ビーチチェアに軽く腰掛けたボクは相槌を打った。


「さらに、稔梨は、わたし達が知らない宣伝用のアカウントに、羽振りが良さを感じさせるような投稿を行っていた」


「それは、おそらく、彼女が実際に出掛けた場所じゃないだろうけどね。大学生や社会人ならともかく、高校生が頻繁に訪れる場所じゃないことはたしかだ。いくら、宣伝アカウントでも、もうちょっと、高校生らしい情報を提供すれば良かったのに……」


「でも、敦子にツタバのラテを気軽に奢るくらい、お金に余裕はあったのかも」


「もしかすると、そのドリンクの投稿だけは、彼女自身が撮影したモノなのかも知れない」


 ボクの言葉に、湯舟敏羽は大きくうなずく。


「そして……稔梨のお腹には―――」


 彼女は、声を振り絞るように言うと、チェアに腰掛けた膝の上に肘をつき、そのまま頭を抱え込んだ。

 葛西稔梨の知らなかった一面……。

 その中でも、やはり、この一件だけはショックが大きかったようだ。


「このことは、ボクたちの胸に秘めておこう」


 ボクが、つぶやくように声をかけると、彼女は、うつむいたまま、首を小さく縦に振った。

 亡くなったクラスメートにボクだけでなく、友人の湯舟でさえ知らない側面があったのは、おそらく事実なのだろう。ただ、それでも、守られるべき尊厳というものはあるはずだ。


「ありがとう、野田くん」


 そう言って、顔を上げ、微かに笑顔を見せる湯舟。そのとき、デッキテーブルの上に置かれていたスマホが鳴り出した。

 すぐに、応答した彼女は、短い通話を終えると、ふたたび、ボクに語りかける。


「稔梨のお通夜とお葬式の日程が決まったんだって。一緒に来てくれるよね、野田くん?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?