「あっ、敦子からメッセが来た」
湯舟敏羽のスマホに、彼女の旧友である伊藤敦子からメッセージが届いたのは、ボクらが温水プールでひと泳ぎして、午後に蓄えられた身体の熱を冷まして、聞き取った情報を整理しようとプールサイドに上がってすぐのことだった。
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稔梨の裏アカを見つけたよ
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いいね!を見る
miri_isaka
お母さん お父さん
ごめんなさい
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リンク先のアカウントの最後のメッセージには、それだけが書かれていた。
「警察は、これを
湯舟敏羽は、憤るような表情で、叔父が所属する組織に対して、露骨に不信感をあらわにする。
ただ、夏季限定の探偵事務所の同僚の意見には、ボクも同意せざるを得ない。
「まあ、気持ちはわかる。昨日、葛西が命を絶ったって聞いたとき、ウチの叔父は、『スマホは見つからなかったが、女子生徒のモノと思われるSNSのアカウントに自殺をほのめかす内容の書き込みがあった』と言っていたんだ。でも、そのとき、このアカウントの書き込みを知っていたら、ボクもすぐに警察の見解にツッコミを入れていたと思うね」
葛西稔梨の裏アカウントとされるユーザーの投稿には、伊藤敦子と語り合った日のものと思われるツタ―・バックスのドリンクの他に、どこで撮影したのかわからない三階建てのアフタヌーン・ティーのセットや豪華なクルーズ船の船上の風景などがいくつも残されていた。
さらに、最後の投稿以外のメッセージには、
#under_bridge
#float_garden
というハッシュタグが付けられていた。
「これって、どう見ても宣伝アカウントじゃない? 稔梨がこんなに頻繁にアフタヌーン・ティーを提供するホテルやクルーズ船に乗っているなんて思えないもの」
「under_bridgeはグリコ看板の橋の下、float_gardenは浮き庭をあらわしているのか? 断定するのは危険だけど、キミの言うとおり、一度や二度ならともかく、高級ホテルやクルーズ船なんて、普通の高校生が何度も出掛けるような場所でないのは確かだね。ナイトプールの招待券を持っているような女子高生を別にすればだけど……」
「そういうこと言うなら、いますぐ帰ってもらっても構わないけど?」
「ゴメン、余計なことを言ってしまった。ただ、話しを戻すと、さすがに警察も、このアカウントが怪しいモノだと気づいたと思うんだ。キミの見立てどおり、これは、おそらく、
「だよね? こんなキラキラした書き込みのあとに、『お母さん お父さん ごめんなさい』なんてメッセージが投稿されるなんて、それこそホラー案件だよ」
「あぁ、このアカウントの投稿のとおりなら、キミの友達の伊藤さんも、ツタバより、もっと高価なモノを奢ってもらえただろうしね?」
ボクが肩をすくめながら言うと、湯舟敏羽はクスリと笑った。そして、プールサイドのチェアに腰を預けながら、ボクに向かってたずねた。
「ねぇ、あらためて今日わかったことを整理させてもらって良い?」
「あぁ」
こちらが軽くうなずくと、彼女は灰色の脳細胞を活性化させるべく、腕を組みながら、鼻を少しかいて言葉を続けた。どうやら、これが湯舟敏羽が、思考モードに入るときの無意識のルーティーンらしい。
「稔梨は、去年もしくは今年のはじめ頃に、繁華街のグリ下周辺に通っていた」
「それは、ボクたちと同じ高校に通う男子生徒に目撃されている」
彼女と同じく、ビーチチェアに軽く腰掛けたボクは相槌を打った。
「さらに、稔梨は、わたし達が知らない宣伝用のアカウントに、羽振りが良さを感じさせるような投稿を行っていた」
「それは、おそらく、彼女が実際に出掛けた場所じゃないだろうけどね。大学生や社会人ならともかく、高校生が頻繁に訪れる場所じゃないことはたしかだ。いくら、宣伝アカウントでも、もうちょっと、高校生らしい情報を提供すれば良かったのに……」
「でも、敦子にツタバのラテを気軽に奢るくらい、お金に余裕はあったのかも」
「もしかすると、そのドリンクの投稿だけは、彼女自身が撮影したモノなのかも知れない」
ボクの言葉に、湯舟敏羽は大きくうなずく。
「そして……稔梨のお腹には―――」
彼女は、声を振り絞るように言うと、チェアに腰掛けた膝の上に肘をつき、そのまま頭を抱え込んだ。
葛西稔梨の知らなかった一面……。
その中でも、やはり、この一件だけはショックが大きかったようだ。
「このことは、ボクたちの胸に秘めておこう」
ボクが、つぶやくように声をかけると、彼女は、うつむいたまま、首を小さく縦に振った。
亡くなったクラスメートにボクだけでなく、友人の湯舟でさえ知らない側面があったのは、おそらく事実なのだろう。ただ、それでも、守られるべき尊厳というものはあるはずだ。
「ありがとう、野田くん」
そう言って、顔を上げ、微かに笑顔を見せる湯舟。そのとき、デッキテーブルの上に置かれていたスマホが鳴り出した。
すぐに、応答した彼女は、短い通話を終えると、ふたたび、ボクに語りかける。
「稔梨のお通夜とお葬式の日程が決まったんだって。一緒に来てくれるよね、野田くん?」