〜3日目〜
ナイトプールで身体と頭をクールダウンさせた効果は、その日の熱帯夜によって、あっという間に切れてしまった。
相変わらず、寝苦しい夜をどうにかやり過ごし、暑い日中は、自宅に引きこもることで耐え忍んだボクは、一昨日と昨日に続いて、夕方に
山の手から祝川駅のそばをとおり、市内の南部を横断する国道まで続く祝川さくら道を二人で並んで歩いていると、
「野田く〜ん、敏羽〜」
と、声をかけて来る女子生徒がいた。
声のした方を振り向くと、ボクらを呼び止めたのは、同じクラスの
きれいに切り揃えられたショートカットの髪と制服から伸びる引き締まった小麦色の手足は、彼女が水泳の強豪選手であることを物語っている。
自転車にまたがったまま手を振る遠山に、小さく手を振り返しながら、湯舟が返事を返す。
「久しぶり、響子。いま、部活の帰り?」
「そう! ようやく今日の練習が終わったよ」
自転車の前カゴの置いたスポーツバッグをポンポンと叩きながら、ショートヘアーのクラスメートは、軽くため息をつく。
そして、
「それより、二人が一緒に居るなんて珍しいね? 私、もしかして、見ちゃいけない場面を見ちゃった?」
と言って、口元を手で覆いながら笑った。
「あ〜、そう言うんじゃないから、気にしないで」
微妙に引きつった笑顔で返答する湯舟の返答に軽くうなずきながら、遠山はボクにも声をかけてくる。
「野田くんも、お久しぶり! せっかくの夏休みなのに、相変わらず肌が白いね〜? ちゃんと、家から出てる?」
「あぁ、実は諸事情により、家から出られない状況に陥ってたんだ。今日は、お忍びで外出してるところだ」
ボクの返答に、一瞬ポカンとした表情を見せた遠山響子は、
「相変わらずだなぁ、野田くんは」
と言って、クスクスと笑いながら続けて、冗談交じりの表情で、とんでもない提案をしてきた。
「ねぇ、もし敏羽にフラレたら、今度は私とデートしてよ。再来週には、部活の練習もお盆休みに入るからさ」
その一言に面食らったボクが、「えっ? え〜と……」と、答えを言い淀んでいると、何故かツンとした表情をした湯舟敏羽が、ボクが公にしたくなかったプライベート情報をリークした。
「響子、野田くんは、昨日、3年の池田先輩と別れたばかりなんだって……だから、すぐに他の女子と出掛けたくないみたい。女の子と一緒にいることが先輩の耳に入ったら、色々とややこしい事態になるみたいだから……」
「えっ!? そうなんだ? なんでなんで? 野田くん、どうして池田先輩と別れたの?」
「いや、良くある性格の不一致ってヤツだよ」
興味津々にたずねてくるクラスメートの追及に、うんざりしながら返答すると、彼女は、「ふ〜ん、そっか〜」と答えたあと、
「じゃあ、冷却期間が終わったら教えてよ。野田くんから誘いがあったら、いつでも予定を空けるから」
と言って、ニコリと笑った。
その笑顔は、まるでこのろの太陽のように眩しい。
「わかった……気が向いたらね」
断り文句の定番である「行けたら行く」と同じくらいのレベルの前向きでない返答をするボクを、湯舟敏羽は、腕組みをしたあと、鼻の頭をかきながら眺めていた。
「なんだよ〜。つれないなぁ。じゃ、私は寂しく帰らせてもらうよ」
彼女はそう言って、自転車のペダルを踏み込み、駅前のロータリーから伸びる下り坂を下って行った。
「はあ〜」
坂道を下る同級生の背中を見送りながら、大きなため息をつくと、またもツンとした表情で、
「上級生と別れたばっかりなのに、もうクラスの女子からデートを申し込まれるなんて、モテる男子はツラいね、野田くん」
と、湯舟敏羽は、ボクに声をかけてきた。
はあ「ボクは別にモテないけど、ツラい想いはたくさんしてるぞ?」
「ふ〜ん、たとえば?」
「元カノと別れた次の日に、クラスメートにその情報を暴露された事とかね」
「あれは、野田くんが困ってるみたいだったから、助けてあげただけじゃない?」
「いや、元カノと別れたから、『すぐに他の女子と出掛けたくないみたい』って言ってたけど、じゃあ、三日続けて、ボクと出掛けてる湯舟はどうなるんだよ?」
「私はいいの。傷心の野田くんを慰めるという大事な役目があるから」
誰も、そんなことは頼んでいないんだが……。そうツッコミを入れようとしたんだけど、
「それに、稔梨のことは、わたし達でなんとかしたいじゃない」
そうつぶやいたあと、決意を固めるように唇をキュッと結ぶ湯舟に対して、ボクは何も言葉を返せなくなってしまった。
彼女が親友と自負していたクラスメートが死の直前、どんな目にあったのかはわからない。
ただ、もしも、彼女が自ら死を選んだのでなければ、この事件の真相にたどり着くことは、葛西稔梨の無念を晴らすことにつながるだろう。
ここ数日、湯舟敏羽と行動をともにするにあたって、ボクの胸には、そんな想いが湧き上がってくる。
そして、隣を歩く同級生の表情からは、ボク以上に強い意志のようなものが感じられた。