彼女の家庭の事情や自室の広さを把握できている訳ではないので確実なことは言えないが、ボクたちを自宅に上げなかったのは、家族に知られたくないことがあるということも十分に考えられる。
さらに、ボクたちを先にファーストフード店に移動させたのは、本格的に会話を始める前に、頭の中身を整理する必要があるからではないか?
彼女が、そんなことを気にしなければならない理由は、なんなのか――――――?
仲田美幸がワクドナルド・
きっと、彼女はなんらかの対策をして、ボクたちとの会話に臨もうととするはずだ。
湯舟敏羽とその認識を共有しつつ、期間限定のヨーグルトシェイクを啜っていると、十五分ほどしてから、仲田美幸がやって来た。
葛西稔梨と同じく2年になってから同じクラスになった彼女には、どこか陰のある印象を持っていた。
ところが、いま目の前にあらわれた仲田美幸は、明るい緑色のタンクトップに、白いジーンズというスタイル、おまけに両手の指には薄いピンクのネイルも施されていて、学校で見るときよりも華やかなイメージだ。
「遅くなってゴメンね。葛西さんのお葬式は、どこで行われたの?」
その会話の切り出し方は、リラックスして肩のチカラが抜けたものだった。ボクたち会話を受ける側の共通認識のとおり、やはり、仲田はこの短時間の間に、キッチリと頭の中身を整理してきたのかも知れない。
ただ、葬儀の会場や時間については、三浦先生から伝えられているはずなんだけど……。
「市役所の近くの楠木会館よ。午前11時から」
「そっか……二人は、葛西さんのお葬式に行ったの?」
「えぇ、最後のお別れだから――――――」
「私が知っている人は来ていた?」
「ウチのクラスからは、新庄くんと亀山さんと、わたしたちだけ。先生は、校長と教頭に三浦先生。あとは、斎藤先生と学年主任の山崎先生」
「そっか……斎藤先生が……」
「それがね、野田くんが斎藤先生が来るのは、ちょっと変だ、って言うの。仲田さんは、どう思う?」
「えっと……私には良くわからないかな……でも、たしか、斎藤先生は1年のとき、葛西さんの担任だったんじゃなかった?」
「そう、それは、わたしも一緒だけどね」
仲田の返答に対する湯舟の言葉を受けて、今度はボクが口を開く。
「前年度の担任というだけで、わざわざ、お葬式に来るのかな? 今日の葬儀だけじゃなく、昨日のお通夜にもだよ? しかも、ウチの学院の山本理事長まで来てるなんて、なにか怪しい気がするんだよね」
理事長の名前を出したとき、仲田美幸の身体が、かすかに強張るのがわかった。
「そんなことを言われても、私にはわからない……どうして、そんなことを気にするの?」
「特命係の刑事と同じで、細かなことがきになってしまうのが、ボクの悪い癖なんだ。冗談はさておき、こんなことを気にするのは、亡くなった葛西に交際相手がいなかったかを知りたいからだ」
ボクがそう言うと、湯舟敏羽が慎重な口ぶりで切り出した。
「稔梨のお腹にはね……赤ちゃんがいたらしいの……」
「えっ!?」
その事実は、まだ仲田美幸にも知らされていなかったのか、彼女は、酷くショックを受けたようすだった。ただ、それは、クラスメートのプライベートな事情を知ったことに対する動揺というもの以上に大きく感じられた。
「もう一度聞くけど、葛西が付き合っていたオトコを知らないか?」
「どうして、私が知ってるのよ。葛西さんとは、そんなに親しくなかったのに!」
「へぇ、そうなんだ? 彼女と一緒に
カマをかけたボクの言葉に、クラスメートは、これまでで一番の反応を示した。
「ど、どうして、野田くんが、そんなこと知ってるの?」
「ウチには両親もいないしさ。実は、ボクもあの辺りに良く行くんだよね。キミたちにも何度か声をかけようと思ったんだけど……」
「ウソ! 知らないわ! グリ下のことなんて!!」
「お願い、仲田さん。稔梨は、誰かに殺されたかも知れないの。知っていることを話して」
「どうして、私がそんなこと話さなきゃいけないの! こんなこと言うために、私の家に来たの?」
「そうだよ。こんなことを言うために、キミのところに来たんだ」
仲田美幸の視線はキツくなり、その目でボクを睨んできた。存在感の薄い、気の弱そうなクラスメートというボクが抱いていたイメージは、まるっきり誤っていたようだ。
「知らない! 私は、なにも知らない! どうして、そんなこと言うの!?」
金切り声を上げるように言葉を発する仲田に怯むことなく、湯舟敏羽は、さっきと同じセリフを口にした。
「何度も言うけど、稔梨は、誰かに殺されたかも知れないの! 仲田さん、知っていることを話して!」
命令口調のように言い切った湯舟に対して、仲田美幸は、ボクを睨みつけたときよりも、さらに鋭い目つきで、相手をキッと見据える。
「私は、なにも知らないって言ってるでしょ! あのコは自殺したのよ。運が悪いから、あんな事になっただけ! だいたい、あんたは何なのよ! お金持ちのお嬢様だと思って、上から目線で私たちを見下して! あんたたちお金に困ったことのない人間に、私たちの気持ちなんて、わからないわよ! 大キライ! もう、二度と私の家に来ないで!」
感情を爆発させるように言い放った彼女は、勢い良く立ち上がり、ワクドナルドのテーブルの角に膝頭をぶつけながらも、そのまま、店を出て行ってしまった。