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第2章・第13話 

 仲田美幸なかだみゆきが立ち去ったファーストフード店には、気まずい空気が流れていた。


 実は、クラスメートが激昂げきこうして立ち上がる前から、周囲の視線がボクたちのテーブルに注がれていることは把握していた。 

 そして、いよいよ仲田が飛び出して行ったとき、店内は好奇心とヨソヨソしさの入り混じる、なんとも言えない雰囲気になる。


 クラスメートに大声をあげさせてしまい、迷惑を掛けてしまった申し訳なさから周りを見渡すと、みんな気まずそうにボクから視線を反らしていることがわかった。


 続いて、隣の席に座る湯舟敏羽に視線を向けると、自分の身体を抱きかかえるようにして腕を組んで、うつむいている。そのようすに、いつもの彼女とは異なる雰囲気を感じ取ったボクは、


「冷房で身体が冷えたのかな? ボクたちも外に出よう」


と、退出をうながすことにした。


 コクリとチカラなくうなずいた湯舟の背中を支えながら、ボクは、ワクドナルドの店舗から徒歩数分の場所にある公園に移動する。ファーストフード店には申し訳ないが、彼女のベスパとボクのロードバイクは、湯舟が落ち着くまでのしばらくの間、店舗1階にある駐輪場に置かせてもらうことにした。


 雲が厚くなった分、強烈な陽射しが遮られているため、木陰を探す手間が省けたのは幸運だった。だけど、不快なほどの蒸し暑さを感じるにもかかわらず、湯舟の身体は相変わらず震えたままで、歯がカチカチと音を立てている。


 ボクは湯舟敏羽の肩に腕を回し、もう片方の腕で彼女の二の腕を静かに撫でる。体育座りのような姿勢でベンチに座り込み、指で両方のヒザを握りしめているためか、彼女の両腕までケイレンを起こしたように震えていた。


 しばらくの間、彼女の腕をさすっていると、五分ほど経って、ようやく、青ざめていた彼女の頬に、少し赤みがさしてきた。


「セミが……鳴いてるね」


「たぶん、これくらいの気温が、ちょうど良いんだろうな。陽射しが出ているときは、セミも暑すぎて鳴く体力が無いんだろう」


「そうなんだ……」と、小さな声でつぶやいて、クラスメートは、チカラなく微笑む。


「なんだか、疲れたな……わたし、あんなことを言われたくらいでショックを受けるなんて思ってなかったから、そのことに一番驚いてる。両親が、どういう仕事をしてるかなんて気にしないようにしてたし、同級生にどう言われたって平気だと思ってたけど……もしかして、稔梨みのりも、わたしのことを仲田さんと同じように思っていたんじゃないかと考えたら、頭の中が真っ白になっちゃった」


 実際のところ、亡くなった葛西稔梨が、湯舟のことをどう思っていたかなんて、もう誰にもわからないだろう。

 だから、ボクは、彼女の肩を抱き寄せて、もう片方の腕で撫でる場所を二の腕から頭部に切り替えることくらいしか出来なかった。


「ダメだな……これくらいのこと、慣れなきゃいけないのに……」


「無理に慣れる必要もないと思うよ?」


「どうして?」


「湯舟がツラい想いをしているときは、ボクがそばにいるようにするからさ」


 そうして、ボクは、紫色から、ようやく紅く色づき始めた湯舟敏羽の唇に自分の唇を重ねる。

 幸いなことに、連日の暑さのためか、日中の公園内には、近所の子どもの姿すらなく、公園の外側の生活道路からはフェンス越しに繁茂するツタのおかげで、ボクたちの姿は見えないようになっていた。


 もっとも、周りに人がいたところで、「構うもんか!」と思っていたことも事実だけど――――――。


 まるで、時を止められる不思議なアイテムを使ったかのように、さっきまで大合唱をしていたセミの声が、パタリと聞こえなくなっていた。

 そうして、たっぷりと一分近く唇を重ねていたボクたちの接触面が離れると、


「身体が熱くなって来ちゃった……」


と、顔を紅く染めた湯舟敏羽が、はにかむような表情で微笑する。


「そうだね、アイスでも食べて、クールダウンしようか? たしか、近くにドラッグストアがあったはずだ。そこで、アイスを探そう!」


「うん、いいね!」


 ボクの提案に賛同した湯舟とともに、公園からほど近い場所にあるドラッグストアで、冷凍コーナーのアイスを見繕う。


「やっぱり、二人ならコレじゃない?」


 彼女が指差したのは、グリコのパピコのレモン味のフレーバーだった。

 冷凍庫の棚から、黄色のパッケージを取り出し、


「ボクが払っておくよ」


と言って、レジで会計を済ませる。

 店外に出て、駐車場にある黄色の車止めに腰掛け、パピコを切り分けて、彼女に手渡しながら、ボクはこのアイス菓子のメーカーから連想される繁華街の巨大な看板と、その近辺に通っていた可能性のある葛西と仲田のことを考えていた。


(家庭内に問題があったようにも見えなかったけど、彼女たちは、どうしてあんな場所に行ってたんだろう……?)


 あらためて、そんな疑問について思いを巡らせていると、黄色のチューブを口にしていた湯舟敏羽が、不意に声をかけてきた。


「ねぇ、野田くんの叔父さんと、わたしのママも、こうしてアイスを分け合ったりしたのかな?」

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