「野田くん……!」
ボクに声をかけられた先生は、驚くような表情を見せて、アンティークショップの前で、しばし、立ち尽くす。
ただ、生徒の前で、あまり動揺した素振りを見せないでいようと考えたのか、担任教師は、すぐに微笑を浮かべて、ボクに問いかけてきた。
「これで、何度目かしら? アナタとは、本当に良く会うわね……今日も、湯舟さんと一緒なの?」
「いえ、今日は一人です。ちょっと、買い物をしようと思って……でも、困ってるんです」
「あら、どうしたの?」
「昨日、先生のところに叔父がお邪魔したと思うんですが……ご覧になったとおり、叔父は仕事上、目立たない格好を心掛けているためか、ファッションにまったく無頓着で……そこで、いつも世話になっているお礼代わりに、仕事にも普段着にも使える洒落た服をプレゼントしようと思ったんです」
「あら、感心ね。叔父様も喜ぶと思うわ」
そう言った先生は、さっきまでより、さらに、優しく微笑みかけてくれた。
「ありがとうございます。ただ、大人の服を買うとなると、ボクには、まるっきり知識がないことに、店に入ってから気づきまして……先生、良かったら、ウチの叔父の服選びに付き合ってもらえませんか?」
ボクの思い切った提案に、微笑みを浮かべていた三浦先生は、困惑の表情を隠せないようだ。
「えぇ? でも――――――私が選んだモノを気に入ってくれるかしら?」
戸惑いながら、遠慮がちに語る担任教師に、ボクは、もう一押しを試みる。
「先生が選んでくれたものなら、ボクが選ぶより、絶対に気に入ってくれると思います! お願いします」
目の前で手を合わせて、懇願するように頼み込むと、先生は苦笑を交えながら、観念するように返答した。
「そこまで言われたら、仕方ないわね。わかったわ。でも、今回だけだからね?」
「ありがとうございます! 英語の授業は、これまで以上に真面目に受けることにします!」
「もう、調子のいいことを言わないの」
あきれたような表情で答える先生は、「それじゃ、着いてきて……」と、メンズ服を扱っている店舗に案内してくれる。
メンズファッションの専門店は、偶然を装って先生と出会ったセンタープラザ本館や、東側にあるさんプラザのビルではなく、センタープラザ西館の1階にあった。
「叔父様のお仕事で、どんな服装が求められているのか、わからないのだけど……今回は、カジュアルな服装で良いの?」
まだ、高校生のボクにとって、大人が求めるカジュアルな服のジャンルの定義は良くわからなかったんだけど、先生が案内してくれた店舗は、ヤングカジュアルブランドではあるものの、より幅広い年齢層に受け入れられそうな商品が多く揃えられていた。
「こんなのは、どうかしら? 襟のあるカラーシャツなら、カジュアル過ぎない雰囲気になると思うし、30代の叔父様には、ピッタリじゃない?」
そう言って、先生がボクに見せたのは、ナイロンストレッチのオープンカラーシャツだった。
「インナーに合わせて、ボタンを留めても留めなくても良いし、暑さの厳しいこの季節には、ピッタリだと思うわ」
先生に手渡されたシャツは、手に取ると分かる驚くほど軽い素材で、
「ナイロンなのに通気性も抜群」
という商品ポップの宣伝文句のとおり、涼し気な印象を受けた。更にストレッチ性も兼ね備えているので、動きやすい服装を好む憲二さんの好みに合っている。また、程よい表面感と光沢感があって薄手でも透けず、5000円代という値段以上に高級に見えるモノだった。
「これなら、スラックスにも合いそうですね」
「そうね、絞った裾を折り返せばタックイン見えする着こなしも出来るみたい。体型が気になる男性は、タックインに抵抗があるかも知れないけど、この着こなし方なら逆にウエスト部分が引き締まって見えるの。スタイルアップ効果も期待できるんじゃないかしら?」
立て板に水を流す、という慣用句を国語の授業で習った気がするけど、三浦先生の説明は、まさにその言葉がピッタリと当てはまるような流暢なものだった。やはり、教師という職業に就くヒトは、どんあことでも他人に説明をするのが上手い、ということなのだろうか?
「――――――スゴいですね、先生。まるで、お店の人に薦められたみたいです! 先生、夏休み限定で、このお店でアルバイトをしたらどうですか?」
「生意気なこと言わないの。それに、向陽学院の教員は、副職禁止なのよ」
「すみません! でも、店員さんくらいオススメするのが上手な三浦先生の言葉を信じて、このシャツを買わせてもらいます」
「アナタは、本当に口が上手いわね。誉めても、何も出ないわよ。それに、アイテムが1つだけというのも寂しいんじゃない?」
レジに向かおうとするボクに返答した先生は、楽しげに微笑んでいるように見えた。
結局、最初に薦められたアイテムの他、ロング丈のプルオーバードレスシャツと、暑さが和らいだ季節に着られるルーズテーラードジャケットなどを購入することにした。
そうして、店を出たあと、先生は、ポツリとつぶやく。
「本当は、ビジネスカジュアルの方が、オススメできるアイテムが多いんだけど……私が知っているのは、オーダーメイドのお店だから……」
「じゃあ、今度は叔父本人を連れてきますよ。それよりも、喫茶店でも入りませんか? お礼にコーヒーでも奢らせて下さい」
ボクが、そう言うと、先生は「生徒に奢ってもらうために、喫茶店なんて入れるわけないでしょう?」と苦笑しながら、予想外の言葉を放った。
「その代わり、私のウチに来ない? この近くのマンションを借りているの」