普段は見られない、担任の先生の不安げな表情が気になり、ボクはたずねる。
「理事長の他に、先生の味方になってくれる人は居ないんですか? 斎藤先生は、葛西さんのお通夜や葬儀にも来られていたみたいですけど?」
「あぁ、あのヒトはね――――――」
最近、三浦先生といっしょに行動しているように感じられた教師の名前を出したのだけど、担任教師は、曖昧な表情で苦笑するだけだった。
「先生の好みじゃない、とかですか?」
「そういう訳じゃないけど――――――」
「それじゃ、生徒に手を出すから、とか?」
「えっ……?」
ボクの言葉に、三浦先生は、一瞬、動揺したようだ。コーヒーを一口だけすすって、ボクは質問を重ねる。
「斎藤先生が、女子生徒と問題を起こした、とかそんなことはありませんでしたか?」
「それが、今度のことと関係あるの?」
「えぇ、もしかしたら……」
捜査を進めてもらうため、憲二さんには即座に情報提供を行ったけど、葛西が後部席にまたがっていると思われる斎藤先生のバイクの画像を三浦先生に確認してもらうのは、まだ早い気がした。
ただ、ボクの含みを持たせた言葉に効果があったのか、先生は、アイスコーヒーで唇を潤してから、ためらいがちに口を開く。
「同じ職場の教員のことを、生徒に話すべきではないんだけど……」
「なにか、あったんですか?」
「えぇ、四年ほど前にね……そのときは、私も新任に近い時期だったから、詳しいことはわかならいけど……結局、
「そうですか……」
三浦先生は、山本理事長のおかげで守られている部分があるようだけど、それは、斎藤先生も同じなのかも知れない。とは言え、昔の熱血教師が流行った時期ならともかく、いまどき、学校の教師が女子生徒をバイクの後部席に乗せると言うのは、それだけで問題視される気がする。
四年前の件は、大事には至らなかったと言うけど、以前にも同じようなことがあったのなら、それを放置しているのは、やはり、理事長のチカラが大きいのだろうか?
これで、先生側の問題は、あらかた聞かせてもらっただろう。
今度は、今回の事件について知っていることをボクが語る番だ。その中には、担任教師として責任感の強い三浦先生にはショッキングな内容も含まれているかも知れないけど、
「このクラスで、いったい何が起きているのか、野田くんの知ってることや思っていることを教えてほしいの」
と、協力を要請してきたのは、先生自身だ。
そこは、大人の自己責任として引き受けてもらおうと考えて、ボクは、いま語れる範囲のことを担任に伝えることにした。
「三浦先生、先生は葛西さんが妊娠していた、ということを知っていますか?」
「えっ、葛西さんのお腹に赤ちゃんが?」
予想どおり、先生は、その事実にショックを受けたようだ。
「だって、葛西さんのご家族は、そんなこと一言も――――――」
「それが……相手が誰だかわからないみたいなので、ご家族としては、あまり触れ回るようなことではない、と考えたのかも知れません。もしかしたら、葬儀が小規模だったのも……」
「そう、ね……アナタの言うとおりだわ。でも、あんな真面目そうな生徒が……」
「えぇ、ボクもそう思いました。でも、ある警察関係者は、年頃の女子なら生物学上、不思議なことはない、って言ってます」
その発言の主は憲二さんだったけど、ボクはあえて、固有名詞を避けて返答する。
ただ、三浦先生は、発言主のことにはさして関心を示さず、独り言のようにつぶやいた。
「すると、そのことが自殺の原因かしら……」
「いえ……もしかしたら、自殺ではないかも知れません」
「えっ、だって――――――?」
「最初は県警も自殺と考えていたようです。ただ、司法解剖の結果、自殺と断定する明確な根拠は無いと判断したみたいです。ニュースで良く耳にする、『事件と事故の両面で捜査を進める方針』ってヤツですね。おまけに、昨日の仲田さんの事故もありましたから……」
「そう……やっぱり、仲田さんのことも関係あるのね」
「えぇ、葛西さんと仲田さんは、ボクたちクラスメート……いや、葛西さんの友人である湯舟さんすら知らなかった秘密の関係があったようです」
「そうなの? あの二人にそんな関係が?」
「はい、先生もボクたちのクラスの交友関係は、おおよそ把握されてるんじゃないか、と思いますけど……」
「そうね、アナタと湯舟さんの関係をのぞけば、だけど……」
「ボクと彼女のことは脇に置くとして、いまは女子生徒の話しです。あの二人は、どうやら、いっしょににミナミのグリ下や浮き庭に出掛けていたみたいなんです」
「まあ! そんな場所に……あっ、もしかして、この間、湯舟さんが、私に浮き庭に行くって宣言したのは……」
「気づいてもらえましたか? そうです、ボクたちは、そのことを確かめるために、一昨日、ミナミの街に行ってきました。あの場所が、県警の管轄外であっても、ボクたちには関係ありませんから」
ボクが、そう返答すると、担任の先生は、アイスコーヒーの入ったグラスをテーブルに置き、両手で頭を抱えるような仕草を取った。