目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3章・第9話

「まさか、そんなことになってるなんて……あの、葛西さんと仲田さんが……私、なにも知らなかった……」


「先生だけじゃありません。湯舟さんをはじめ、クラスの女子でさえ誰も知らなかったみたいですから……葛西さんや仲田さんは、ボクたちが思っているような、ただ大人しく真面目なだけの生徒じゃなかった。そのことだけは時事なのかも知れません。でも、まだわからないことがあって……」


「わからないことって?」


「葛西さんを妊娠させた相手です。人間の身体は、一人で新しい生命を宿す構造になってません。当然、彼女にも相手がいたのでしょうが、その相手というのを知っているのは、仲田さんだけだった」


「だから、彼女が事故に遭ったのも……?」


「はい、真実を知っている仲田さんを狙って―――――県警は、そう考えて捜査を進めるようです」


 テーブルの上で頭を抱えていた三浦先生は、いよいよ、そのテーブルに身体を突っ伏してしまった。

 担任の先生が心配になったボクは、すぐに椅子から立ち上がり、彼女のもとに駆け寄る。


「ごめんなさい不甲斐ないところを見せて。大丈夫よ」


「でも……」


 気を取り直すように、頭を左右に振った彼女は、


「心配しないで……でも、クラスの生徒が、たて続けに生命を狙われるなんて……」


と、身体を震わせる。その仕草は、仲田美幸に食って掛かられた直後の湯舟敏羽の姿と重なった。

 ただ、歳上の担任教師に対して、こんなとき、どんな態度を取ればよいのか、ボクにはわからない。


 黙って、そばに立ち尽くすボクに、チラリと視線を向けた彼女は、声をかけてきた。


「やっぱり、男の子は、こんなときでも平気なのね。その冷静さが羨ましいわ。ごめんなさい、お水をもらえないかしら? 冷蔵庫にミネラルウォーターが入っているから」


 あわてて、キッチンのそばの冷蔵庫に走り、ドアを開いて中から小さなペットボトルを取り出す。

 ダイニングに戻ったボクが手渡した飲料水を口に含むと、先生は、いく分か落ち着きを取り戻したようだ。普段の学院で見せる落ち着いた表情に戻った彼女は、


「こんなことが本当にあるなんて……」


と、また独り言のようにつぶやいた。


「そのうち、バイク事故に関する物証が見つかるかも知れません。そうすれば、犯人も……」


「野田くん、さっき、斎藤先生のことをたずねたわね? 彼もバイク通勤をしていたけど……」


 さっきまで取り乱すような仕草が見られた三浦先生は、冷静さを取り戻したのか、ボクとの会話から鋭い指摘を繰り出してきた。


「そうですね。葛西さんが、斎藤先生のバイクに乗っていたんじゃないか? という証言もあるみたいです」


「でも、まさか……」


「いまのところ、葛西さんの周辺に具体的なオトコの名前は出てきていません。もっとも、グリ下や浮き庭に出掛けていたようなので、そこで、ナニがあったかはわかりませんけど……」


「いえ、アナタの話しを聞いていると、葛西さんを妊娠させた男性が彼女の生命を奪って、さらに、仲田さんまで亡き者にしようとした――――――そんな風に聞こえるわ」


「ボクは可能性について語っただけです。いや、素人探偵の拙い推理ってところかな? 本職の刑事には、以前の推理はおまけで65点とダメ出しをされましたけどね……どっちにしても、もうココから先は、警察の仕事です。昨日、叔父が先生をたずねてきたと思うんですけど、三浦先生も県警の捜査に協力してもらえませんか?」


「そうね、叔父様には、ぜひ犯人を捕まえてもらわないと。それと、アナタたちも、もうあまり危険なことに手を出してはダメよ。これ以上、クラスの生徒になにかあったら……」


「そうですね、気をつけます」


 自分でも似合わないと思いながら、ボクが神妙な表情で返答すると、先生は、「それが良いわ」と穏やかな微笑みを見せてくれた。

 その表情を見たボクは、三浦先生が落ち着きを取り戻した、と感じて、そろそろ、この場を立ち去るときだと判断する。


「コーヒー、ごちそうさまでした。そろそろ、帰ろうと思います」


 そして、別れのあいさつをしようとしたんだけど、担任の先生は、ボクにとって予想外の提案をしてきた。


「おうちまで送るわ。クルマを出してあげる」


「そんな、悪いですよ。大丈夫、一人で帰れます」


「色々と話しを聞かせてもらったお礼よ。叔父様のために買った荷物もあるでしょう?」


「先生の気持ちは嬉しいですけど……」


「心配しないで、私は男子生徒を愛車に乗せたくらいで、赤ちゃんが出来たりはしないから」


「そのジョーク、笑えません」


「あら、ゴメンナサイ。でも、このまま、一人で部屋に居ても気が滅入るだけだから……私の気分転換に付き合ってくれない?」


「まあ、そういうことなら……」


 正直なところ、入学時にひと目見た時から、そのただならぬ容姿が気になっていた担任教師と、二人きりで彼女のクルマに同乗するなんて、気まずさがハンパじゃない。

 ただ、一人で居ると気が滅入る、という女性を放っておくなんて、とても出来ない、と考えたボクは、美人教師にうながされて、マンションの駐車場へと向かった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?