そうして私はタウンハウスに帰るなり、父母に事情を説明した。
父母は泣いた。よりもよって、なぜ“奇形”のマルガレータなんかにと。あの子はとんでもない身の程知らずではないのかと、口々に喚く。
父母がこう言うのも無理が無い。
マラスピーナ家では家族みんなで、“奇形”のマルガレータを厭わしく思っていたのだから。
「ですが、王族に楯突くなど不敬罪に当たります。処刑になってもおかしくないもの。私……事実、あの子に酷い事をしたと思います」
当然前世の記憶が芽生える前の事は鮮明に覚えている。
マルちゃんに対して、水をかける、納屋に監禁するなど事もあったし、彼女の所持品を捨てたり、ドレスを裂くなど……本当に卑劣の限りをして泣かせてきたのだ。
まぁ、その泣き顔は思い出すだけで、涎が垂れるほど最高に可愛いし、今すぐペンタブ握りしめて絵に描きたい程よ……推せるわ、ふへへ……へへ、キヒッ。
でも最低な事をしてきたとは思う。それはもう、償えきれない程に。
それなのに、彼女ときたら国外追放をすると言われた私に「そこまでしなくとも」と言った。
どこまで脳味噌お花畑……いや、良い意味では清純で優しいのだろう。今の自分の視点で見てしまうと、心配という気持ちも芽生えてくる。
そして、処刑人家系エルディー家のアゼルに婚約を申し込まれた事を言うと、母は卒倒し、父は蒼白になってしまった。
やはりその名は悪名が高すぎたようだった。
「国外追放ですもの。いきなり断罪を宣言されて殺されなかっただけマシでした。安心してくださいね、アゼル様は良識的な方でしたわ」
大丈夫です。お父様、お母様。あちらで落ちついたらお手紙を書きますわ。
そう告げて、私は明朝──迎えに来たアゼルの馬車に乗った。
「行きましょう、ヴィオレシア様」
甘やかな蒼天の瞳を細め、彼は言う。
差し出されて握りしめた彼の手は温かい。
ほんの少しだけ胸が高鳴るのはなぜか。やはり恥ずかしくて、私はまともに彼の顔なんて見られなかった。
そんな最中──やはり自分が死んでしまった事とカオスな遺品整理がチラつき、頭を抱えて悶えたくなった。
だが、どう足掻いても、私は十八年の月日をこの世界の住人として生きてきた事に変わりない。
もう仕方ないだろう。
私はこの先の人生。ヴィオレシアとして生きなくては。
ヴィオレシアとして生きてきた事だって全部きちんと覚えているのだから。
作者様の創造した創作世界とはいえ、ここは確かに世界が成り立っている。
人は皆、思考し行動し、ゲーム世界で言うNPCみたいな存在なんて一つも無い。世界は成り立ち生活を営んでいる。皆生きているのだ。
動物も植物もそれは同様で、私が”ハードコア・ピーナッツ”として生きていた世界と何ら変わらなかった。
だが、少し違うのは……この世界には魔法がある。勿論魔物だっている。
そう、そこで改めて考えるのは、p*xivのまぁ18歳以上が見られるものや「G」の付いたタグで見たシチュエーションの数々だ。
女騎士を辱めるオークやゴブリン……といった生き物はまだ確認できていないが、スライムや触手生物は確実にいる。クジラのように大きな巨大魔物もいる。
──丸呑みで胃の中で襞の蠕動運動に押し潰され溶かされるシチュエーションに、体内に入り込んだ触手の臍貫通。巨大な蟲に辱められ苗床にされるだとか、捕食される絶望顔。
もう、ありとあらゆる猟奇と陵辱が頭に浮かび、今すぐでもペンタブが握りたくなった。
(……魔導技術でペンタブくらい作れそうかも)
よし。やろう。まず、私はペンタブを作ろう! 勿論液タブ型!
高機能なやつを作っちゃおう。そんな希望だって芽生えてくる。
婚約破棄は胸糞だったが、決して転生後の人生も悪いものではない。
改めて、自分が好きな事が分ると嬉しくなって口角が緩んでしまう。
「ヴィオレシア様、なんだか嬉しそうですね」
隣でアゼルは柔和に笑む。そんな指摘に私は慌てて扇で口元を覆った。
「そんな事ないわ……」
「そうです? しかし、今日は少し暑いですね」
そう言って、アゼルはシャツのボタンを一つ外すと。死臭とは別の白檀だとかシダーウッドだとか……そんなかんじのエキゾチックな良い匂いがふわりと漂った。
それにほんの少しドキリとしてしまった。
確かに、暑い。今日は快晴。丁度季節も夏も始まる頃。
陽光が車窓から照りつけていた。猟奇変態妄想をして熱が上がっただけかもしれないが……。
気を利かせてくれたのか、アゼルは窓を少し開けると心地良い風が入ってきた。
「帰ってからすぐに、湯浴みの準備をさせますよ。移動でも疲れますし、今日はゆっくり過ごしましょう」
彼はそう言って微笑んだ。
***
そうして馬車に揺られる事半日。ロズミア王国の隣国、ナヴゼレム王国の辺境地──エルディー伯爵領へ辿り着いた。
『この国では貴族ではない』そう聞いたが、彼は二重国籍者のようで、ロズミア王国では貴族階級者でなくとも、ナヴゼレムでは貴族階級者だった。
それも国を守る防衛の最前線。その要ともなる辺境地を担う故か。まさに砦のような強固な砂岩の城に住んでいた。
処刑人のしての成り立ちは、捕虜の処分から始まった。ロザミアは同盟国。なので、そちらの処刑も依頼あれば行うと。
そんな風にアゼルは教えてくれた。
そうして部屋を当てられ、側仕えの侍女を与えられた私は半日の疲れを癒やしに湯浴みをした。
改めて思うが、この異世界。日本人作家さんが書いているだけあって、生活水準や衛生面が非常に良い。過去の視点で見れば、大きなテーマパークのようである。
(リアル寄りなヒストリカルロマンスじゃなくて良かった~ヨーロッパ風万歳っ!)
甘やかな香りが立ちこめる薔薇風呂に浸かって、私は伸びをする。
そうして薔薇風呂を満喫して幾何か。
脱衣所に戻った時──私は見たものに絶句した。
脱いだソックスの片方に頬ずりし、片方を口に銜えている人物が……。
フリルの付いたソックスはもう涎でヌメヌメビチャビチャ……。
「あぁ……ああ、ジュルゥウウ……
穏やかで甘やかな声では、あった。
その正体は、褐色肌に白銀の髪。神秘的で甘やかなのに、途方もない死臭を纏う処刑人──私の夫になる人物だったのだから。
その面輪は恍惚としており、瞳孔はガン開き。
完全にキマってる。
「へ、へ、……変態だあああ!!!!」
驚きのあまり大絶叫したのは言うまでもない。(※私は全裸)
……けれど、この夜。
この変態が“私の心”に初めて触れようとしてくれるなんて、当然想像していなかった。
前世でも今世でも、そんなの初めてだったのだから。