目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

ep7.王太子。お前の前世、だいぶ小物だな?~処刑人と猟奇令嬢の復讐夜会、液タブのクリーチャーでぶちかます!~

 ──婚約破棄から、およそ一ヶ月半。

 私は、入念に準備を整えた末に、ロズミア王国の王宮で開かれる夜会という舞台に──堂々、舞い戻ってきた。


 季節は夏。社交界の夜会が頻繁に開かれる時期とあって、警備は例年より厚い。だが、私の魔力は今は、誰一人として探知できない。

 それどころか今回は、王宮の不正を暴く“宮察省”の全面協力のもと、正式に侵入している。加えて──今回の件については、王太子の父母である国王陛下と王妃殿下にも事前に通達済み。

 彼らもまた、近頃の息子に「得体の知れなさ」を感じていたようで、協力を申し出てくれたのだった。


 マラスピーナ侯爵家の“突然の失脚”と“両親の拘束”についても、彼らは既に知っていた。しかしあまりに不可解だった為、何度もラルヴェン王子に問い詰めていたという。


 ──そう。あの王子は、至る所でボロを出していたのだ。


 マルちゃん事マルガレータについては、前回の映像で見たきり。まだ行方不明のままだ。

 恐らく幽閉されているのは間違いないが、彼女は“奇形”──魔力探知が効かないゆえに、居場所を探るのは困難だった。

 ならば、必要なのは──血。血縁者である私自身の“血”による探索である。


 馬車の中──私は深い紫のドレスに合わせた黒レースの手套を外し、指先をナイフでほんの少しだけ傷付けようとした矢先だった。


「待って」とアゼルが言うので、何かと顔をしかめると、彼はゆったりと顔を近付け──私の唇を食んだ。そしてほんのり開いた唇の隙間から舌を滑り込ませると、私の舌を掬い上げ──甘く噛む。


「んぅ──!?」


 だが、それが本気噛みになるのは早く──ガリっと噛まれた瞬時に唇の中は鉄の味が広がる。そうして甘くねっとりと舌を舐めると彼はどこか名残惜ししそうに、ゆったりと唇を離した。


「仕方ないとはいうえ、ヴィオたんが自傷する場面とかなんか嫌だった。だったら、俺がしたくなっちゃった」

「ふぁ、ふぁあ!? こっちの方が痛いんだけど!」


 ヒリヒリする舌を突き出して睨むと、「ごめんね」と優しく頬に、額に、唇を重ねてくる。

 ……軽度の傷だ。治癒魔法をかければすぐに治る。きっとそれも見越していたのだろう。


「初めてのキスだったのに……もっと優しくしてほしかったわ」


 ぼやくと、彼は笑った。


「じゃあ、帰ったらベッドの上でうんと優しくするよ。俺の理性飛ばなければね? 全身にキスさせて?」


 顔面が爆ぜるかと思うほど熱くなった。……この男、やっぱりその気なのね。

 でも次にぽつりと「ついでにヴィオたんのおしりの穴の皺の数、数えたい」と言ったので、冷静に頭を抱えた。


 ──うん。やっぱり中身はモブおじさんだったわ。



 その後、血による探索で私はマルちゃんを見つけ出した。

 居場所は──離宮の奥、隠し扉の下に秘された狭くて暗い、牢のような部屋。

 私が出向けば驚かせてしまうかもしれない。だからこそ、王と王妃が寄越してくれた信頼の厚い騎士たちに、保護を任せる事にした。


 ──そして、私はアゼルとともに、“決戦の夜会”へと向かう。


 主催者であるラルヴェン王子は、すぐに見つかった。

 美辞麗句を並べて周囲の令嬢たちに囲まれている様は──本当に、反吐が出るほど見事な女たらしっぷりだった。


 だが、令嬢たちはすぐに私の存在に気付き、死人でも見たかのような顔でスッと道をあけた。

 それでようやく気付いたのだろう。ラルヴェン王子の顔が見る見る怒気に染まっていく。


「ヴィオレシア! 貴様は王国追放を言った筈だ! なぜここに!」


 憤怒に燃え、詰め寄る彼の前にアゼルが一歩、スッと出た。

 そして、静かに一礼する。


「王太子殿下。このたびは夜会へお招きいただき、光栄です。私、処刑人家系・エルディー家の現当主。そしてナヴゼレム王国辺境伯を務めるアゼル・ナザ=エルディー──本日は正式に婚姻を結んだ妻をお連れして、ご挨拶に参上しました」


 彼の隣で、私はドレスの裾を摘まみ、最上級のカーテシーを披露した。


「ヴィオレシア・エルディーと申しますわ。どうぞお見知りおきを」


 ──その瞬間、王子の顔は怒りで歪みきる。


「不敬者ども……! さっさと摘み出せ!」


 怒鳴り声がホールに響くも、警備の騎士たちは誰一人動かない。

 ざわめきと静寂の狭間で、アゼルが口元を綻ばせた。


「それより、殿下。妻から“贈り物”があるそうで。婚約破棄を乗り越え、素敵な恋愛をさせていただいた感謝のしるし──との事で」


 それを合図に私は、一つ指を鳴らして、魔導具液タブを展開した。


 魔石のペンを手に、動画アプリを起動──空間全体に映し出される、あまりにもおぞましい“証拠映像”。

 マルちゃんを虐げ、罵倒し、暴力を振るう王子の姿。そして、狂ったような譫言。


『何で俺がこんなクソ小説に負けた……俺の方が面白かったのに……。クソみたいなヒロインと悪役令嬢で、ああもう……、不正だのカテコリーエラーだろうと、取り敢えずタグをつけておけば、拾われる可能性だってあるのに』


 ……見る目がない。

 そう言って、髪を掻きむしる彼に──令嬢たちは蒼白に。騎士たちも、息を呑む。


 それでも尚、王子は叫んだ。


「──こんな映像、でっちあげだ! 信じるなっ! それにお前ぇ、そいつは……タブレットじゃねえか! お前も転生者か、このクソアマ!」


 対して私は「さぁ」と首をかしげる。


「転生かどうかなんて覚えていないわ。ただ──遠い記憶の中の馴染み深かった道具を再現しただけ。“ペンタブレット”って言うのよ?」

「どーせ下手くそ絵師なんだろ! 幼稚園児並みの癖に!」


 ……ぷっちん♡

 私の中で、何かが弾けるように切れる音がした。


 私は黙ってお絵描きアプリを起動し──既に保存してあった“触手地獄ニクスローム”を召喚する。


 ぐちゃり、と床に広がる粘液。ドロドロと蠢く触手の群れに貴婦人たちはざわめき、混乱した。だが、警備の騎士がぴたりとも動かず、この状況を見ている様から、多くがその場に残っていた。


 絵を勝手に馬鹿にされるのも気分が悪い。私は最高潮に不機嫌だった。

 そして、新たなクリーチャーをサラサラと描き上げる。悔しいので、大画面で空間に浮かび上がるように共有までして。そうしてペンの魔石に力を込め──


「──この絵に命を吹き込むわ。出てきなさい、“人格排泄種ヴォイドレクタ”!」


 夜会のホールに、私の声が高らかに反響した。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?