「あー、腹減ったー! 壱武、奢ってくんない? おれの懐はすっからかん」
「まさか、また無駄遣いしたのか」
「貰ってる小遣いなんか、買い食いしたらなくなるってのっ! 慰労とて晩餐をご馳走してくれたまえよ、若君~♪」
「調子に乗るな」
浄化を終え、雑踏へと戻った途端、千弥は調子を取り戻していた。
日付が変わった街を歩きながら、壱武を見上げてくる。霊に寄り添っていた菩薩の如き姿は、もはや影も形もない。
「大体な、都度時間をかけやがるから、効率が悪化して遅くなってんだ。今回の報酬、減額申請してやろうか?」
「えぇー! そんな殺生な! 壱武のいけずー! わからずやー!」
「うるせぇ。まったく……成人した途端、深夜帯までこき使いやがって」
公共交通機関は、念の吹き溜まりになりやすい。帝都を清浄に保つのは、陰陽省の術師にとって日常的業務。
年中人手不足なこの業界では、若い術師も未成年の頃から、当たり前のように駆り出されていた。
「お腹すいたぞー! もう力が出なくて歩けないー!」
「うるせぇな。今時間、選択肢は多くねぇぞ」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた千弥のポケットで、軽快な着信音が鳴り響いた。
テロテロリー、ジャジャンッ♪ 往年の名作RPGのファンファーレ。画面に表示された『
「あ、
『兄貴? おっつかれー。今、カズくんと一緒?』
「おう、バッチリ一緒だよ。どったの、こんな時間に」
『それがさー! ねぇ、今週末って暇? 実はさ、安曇の方の分家から、超レアな夏祭りに招待されたんだけど、一緒に行かない? あ、カズくんも誘ってね、どうせ兄貴が行くって言えば来るから』
楽し気な響きに、千弥の目がきらりと輝く。
「祭り!? 行く行く、夏祭り!」
『なんでも
「うっひゃー! 楽しそうじゃん! 行きたーい!」
千弥が子供のようにはしゃぐと、電話の向こうで真弥が「あー、まぁ」と、わざとらしく間を置いた。
『仕事なんだけどね。かなり重要案件だからよろしく』
途端、千弥のテンションが急降下する。
「えぇー、仕事ぉっ? なんだよ、たまには純粋に遊びたいんだけどなー、おれ」
『文句言わない! これも立派な護国の務めなんだから! 薬子家の長男でしょ!』
兄の不満をぴしゃりと跳ねのけた真弥は、すぐに悪戯っぽい声色に戻った。
『ふふん、でも温泉あるし。逆に、仕事で行けて得じゃないの? だってぜんぶ経費で落ちるよ?』
「温泉!? しかも、ぜんぶ経費っ!?!」
不満はどこへやら、ぱあっと明るくなる。
「マジで!? 温泉あるの!? 行く行く! 絶対行く!」
「お前は相変わらず単純だな」
スピーカーから駄々洩れるやり取りに、壱武は溜息をついた。世話の焼ける幼馴染の、この裏表のない性分が、厄介で目が離せない。
「そもそも、うちのじいさん連中が振って来る仕事だ。ただの慰安旅行で済むはずがないだろうに」
「んー、そっかな。あ、壱武も来るよね?」
「任務だろう。俺が断る理由がない」
お前を一人で行かせるのが心配だ。とは、あくまで言わないのが壱武だった。
電話を切った千弥は、ウキウキと「温泉! 卓球! 貸切風呂!」と指折り始め、すっかり機嫌を直す。
「週末より、今は夕飯だろ。日付も変わってんだぞ」
「おれ、ハンバーガー! ポテトも山盛りで! テリヤキ!」
「太るぞ」
「うっさいな、そのぶん動いてんだからいーんだよ! シャカシャカするやつがいい!」
「はいはい」
夜の灯りに照らされ、軽口を叩きながら歩く二人。
怨念という深淵を覗き込みながらも、決して彼らの心が鈍く濁ることはなかった。