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第4話 夜の街でも輝く

「あー、腹減ったー! 壱武、奢ってくんない? おれの懐はすっからかん」

「まさか、また無駄遣いしたのか」

「貰ってる小遣いなんか、買い食いしたらなくなるってのっ! 慰労とて晩餐をご馳走してくれたまえよ、若君~♪」

「調子に乗るな」


 浄化を終え、雑踏へと戻った途端、千弥は調子を取り戻していた。

 日付が変わった街を歩きながら、壱武を見上げてくる。霊に寄り添っていた菩薩の如き姿は、もはや影も形もない。


「大体な、都度時間をかけやがるから、効率が悪化して遅くなってんだ。今回の報酬、減額申請してやろうか?」

「えぇー! そんな殺生な! 壱武のいけずー! わからずやー!」

「うるせぇ。まったく……成人した途端、深夜帯までこき使いやがって」


 公共交通機関は、念の吹き溜まりになりやすい。帝都を清浄に保つのは、陰陽省の術師にとって日常的業務。

 年中人手不足なこの業界では、若い術師も未成年の頃から、当たり前のように駆り出されていた。


「お腹すいたぞー! もう力が出なくて歩けないー!」

「うるせぇな。今時間、選択肢は多くねぇぞ」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた千弥のポケットで、軽快な着信音が鳴り響いた。

 テロテロリー、ジャジャンッ♪ 往年の名作RPGのファンファーレ。画面に表示された『真弥まひろ』の名を見て、すぐに応答する。


「あ、真弥まひろじゃん。もしもーし」

『兄貴? おっつかれー。今、カズくんと一緒?』

「おう、バッチリ一緒だよ。どったの、こんな時間に」

『それがさー! ねぇ、今週末って暇? 実はさ、安曇の方の分家から、超レアな夏祭りに招待されたんだけど、一緒に行かない? あ、カズくんも誘ってね、どうせ兄貴が行くって言えば来るから』


 楽し気な響きに、千弥の目がきらりと輝く。


「祭り!? 行く行く、夏祭り!」

『なんでも面隠おもかくし祭りって言って、お面を被って厄払いするんだって! 珍しいし、旅行気分で行こーよ!』

「うっひゃー! 楽しそうじゃん! 行きたーい!」


 千弥が子供のようにはしゃぐと、電話の向こうで真弥が「あー、まぁ」と、わざとらしく間を置いた。


『仕事なんだけどね。かなり重要案件だからよろしく』


 途端、千弥のテンションが急降下する。


「えぇー、仕事ぉっ? なんだよ、たまには純粋に遊びたいんだけどなー、おれ」

『文句言わない! これも立派な護国の務めなんだから! 薬子家の長男でしょ!』


 兄の不満をぴしゃりと跳ねのけた真弥は、すぐに悪戯っぽい声色に戻った。


『ふふん、でも温泉あるし。逆に、仕事で行けて得じゃないの? だってぜんぶ経費で落ちるよ?』

「温泉!? しかも、ぜんぶ経費っ!?!」


 不満はどこへやら、ぱあっと明るくなる。


「マジで!? 温泉あるの!? 行く行く! 絶対行く!」

「お前は相変わらず単純だな」


 スピーカーから駄々洩れるやり取りに、壱武は溜息をついた。世話の焼ける幼馴染の、この裏表のない性分が、厄介で目が離せない。


「そもそも、うちのじいさん連中が振って来る仕事だ。ただの慰安旅行で済むはずがないだろうに」

「んー、そっかな。あ、壱武も来るよね?」

「任務だろう。俺が断る理由がない」


 お前を一人で行かせるのが心配だ。とは、あくまで言わないのが壱武だった。

 電話を切った千弥は、ウキウキと「温泉! 卓球! 貸切風呂!」と指折り始め、すっかり機嫌を直す。


「週末より、今は夕飯だろ。日付も変わってんだぞ」

「おれ、ハンバーガー! ポテトも山盛りで! テリヤキ!」

「太るぞ」

「うっさいな、そのぶん動いてんだからいーんだよ! シャカシャカするやつがいい!」

「はいはい」


 夜の灯りに照らされ、軽口を叩きながら歩く二人。

 怨念という深淵を覗き込みながらも、決して彼らの心が鈍く濁ることはなかった。

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