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第6話 もてなし

「だが、鎮魂か」


 壱武は、長閑な景色に目をやったまま口にした。


「ま、眉唾モンだな。そもそも、神にまで昇った怨念なんざ、人がそう易々と御せるもんじゃねぇ」

「あら、カズくんは手厳しいわね。でも、出来事を伝承して、怒りや悲しみを鎮めようと努めてきた想いは、尊いものじゃないかしら」

「想い、ね。想いだけでどうにかなるなら、俺たちの仕事なんざとっくに無くなってる」


 真弥のげんを、壱武はあっさりと切り捨てる。

 千弥は漂う空気に入れず、後部座席で黙りこくっていた。さっきまでの浮かれた気分は、すっかり萎んでしまっている。


(なんか、とんでもない任務に来ちゃったんじゃないか、おれ)


 やがて、村でもひときわ立派な門構えの屋敷に停車した。

 ここが面を守護してきた一族、古くは地頭の役目を担っていたという倉科家の屋敷。

 降りると、使用人と並び初老の男が出迎えた。白髪の混じった髪をきっちりと撫でつけた、身なりの良い人物が深々と頭を下げている。

 男は倉科家の現当主であり、村長。


 しかしながら、取り仕切ったのは意外にも、孫娘を名乗る年端も行かぬ少女だった。


「ようこそお越しくださいました。卜部様、薬子様。このような辺鄙な村へ、足を運びくださいまして感謝に堪えません。わたくし、倉科 由良くらしな ゆらと申します。ささ、長旅でお疲れでしょう。まずはゆるりとおくつろぎを」


 由良は前髪を切りそろえた、市松人形に似た風貌の少女で、真っ青な着物を身につけていた。物腰は丁寧。端々から一行への敬意と、歓迎の念が感じられる。


「足元に、お気を付け下さいましね」


 案内された屋敷は、磨き上げられた廊下がひんやりと心地よい。生けられたシャクヤクが、趣きある彩りを添えている。

 客間に通されると、上等な茶と、名産の和菓子が運ばれてきた。


「なんというか。すごく歓迎されてるね、おれたち」


 千弥がぽつりと呟くと、贄川が応える。


「それは当然です。八面大王の御霊を鎮めることは、安曇の民にとって重要な事柄。協力する薬子家もまた、村を挙げてお迎えして然るべき存在です」

「さすがに、それは偉そうじゃない?」


 贄川は薬子分家という立場から、口にする。彼は土地に縁ある者だが、一行が受ける待遇を当たり前と思っているようだ。

 壱武は茶器に口をつけずに、鋭い視線を倉科 由良に向けていた。


「して。倉科 由良と言ったな。今までも、例の仮面を保管してきたのか?」

「その通りでございます。これは代々の使命ですから」

「ではなぜ、今さら政府に接触して来た? いや、どうして仮面の秘匿を解いた」


 村における祭事の真意を、今の今まで発見しえなかったのは、隠して来たからではないのか。そう尋ねた。


「……そうでございますね、確かに。我らは八面大王様をお守りするため、祭りの真意。御神体を秘して参りました」


 しかしながらと、由良は続ける。


「それは時の政府が、御神体を排除しないか危惧してのこと。なにせ、大王様はまつろわぬもの、朝敵に御座います故に」

「今ならば、安全と見越したと?」

「ええ、現代においては、きちんとこちらが誠意をお伝えすれば、わかりあえるのではないか、と思った次第です」


 一行に与えられた任は、為される儀式が安全なものかどうか見定め、必要であれば支援を行うこと。

 閉鎖的であった異能者の一族が、現在の体制に合流する前例は多ければ多いほど良い。そんな政治的なものだった。


(じいさん方も、随分と面倒な仕事を押し付けてくれる)


 事前調査では、限りなく白に近いグレー。こちらから、関係に亀裂を入れるわけにはいかない。


「ならば早速だが、本題に入らせてもらう。八面大王の仮面……『歓喜の相』は、今どこに?」

「御神体は、屋敷奥にある神蔵にて、厳重に保管しております。封を解くのは、祭りの前である今時期だけ。しばし準備にお時間をいただきたく」


 厳重に扱われているのは、確かなようだ。目くばせすると、他のメンバーも頷く。


「薬子としても問題ないわ、気軽に確認できる品ではないことに納得できる。ねえ、兄貴」

「うぇ? あー、おう! そうだな!」

「……話、きいてた?」


 ジト目で、兄を睨みつける真弥。明らかに、千弥は茶菓子に夢中だった。


「ではまずは、ごゆるりと旅の疲れを癒してください。明日にでも、改めて案内いたしましょう」


 由良は穏やかにそう言うと、後のことは使用人に任せ、部屋を辞していった。一行はヒソヒソと語り合う。


「で、贄川。あの娘は、信用できるの?」

「そう、ですね。実のところ経歴上、不審な点はないのです。村長も生まれも育ちもこの村で……遠い先祖を辿れば、例の凶事を為した地頭に行きつくとは思いますが」

「なら、償いの気持ちなのかしら」

「さあ? しかし、贄川としましては、村の者たちが怪しければ、処罰して仮面を奪っても良いと思っておりますが」

「はあ。容易くそんなことをしたら、誰もあたしたちを信用しなくなるでしょ」


 贄川は、あくまで薬子家至上で物を言う。忠誠心が高いのは有難いが、悩みの種になりそうだ。

 そこに、ぼんやりと千弥も反応した。


「償いか。でも、それも可哀想だな。やった本人たちじゃないのに」


 そんなやりとりを、壱武はなにも言わずに見守っていた。


 さあ、まず受けたもてなしは豪華な夕餉だった。

 香ばしい岩魚の塩焼き、じゅうじゅうと音立てる信州牛の朴葉味噌焼き、肉が引き締まった軍鶏鍋。

 瑞々しい採れたての山菜が、さっくりとした天ぷらになっており、蓋を開けた瞬間、芳醇な薫り立ち上る松茸の土瓶蒸しと隙が無い。

 どれもこれも帝都ではそう味わえない、絶品ばかり。


「んん~~! しあわせ~! お肉、口の中でとろけるんだけど!?」

「兄貴、はしたない。でも、この軍鶏鍋は出汁が利いてるわぁ」

「うまいものはうまいんだからしょーがねーよな! あ、壱武! その天ぷら残すならおれが貰う!」

「誰が残すか、バカ。大体、食いすぎだお前は」


 壱武は文句を言いながらも、皿にあった舞茸の天ぷらを、ひょいと移してやる。千弥は「やった!サンキュー!」と、満面の笑みで食いついた。


「ああ、また甘やかしてるし」

「いつも、ああでござますか?」

「いつも、ああなのよ」


 のほほんと贄川が給仕するなか、真弥は冷ややかな態度だ。もう何年もこの二人を見守っているが、いつまでこうなのやら。

 既に男性陣は、日本酒にまで手を付けているが、そんな彼女が飲むのはお茶。


「はあ、にしても大人はズルいわねえ。数年しか変わらないのに」

「え? ああ、真弥様は未成年でしたね」

「花の女子高生ですけど! なによ、あたしが老けてるとでも言うのっ!」

「い、いえ。その、落ち着いてるなあ、と」


 とはいえ真弥とて、同年代比べて浮いてる自覚はある。不承不承、淹れたてのお茶に口をつけつつ軍鶏を食む。


「はあ、弱かったらねえ……乙女なんかやれないのよ」


 真弥は、不肖の兄と幼馴染が戯れる姿を眺めながら、やはり年齢に似合わないため息をついた。

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