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第2話 驚きと拒絶の産声

薄明の気配さえまだ遠い、星の光だけが降り注ぐ夜。産屋には、産声の余韻が微かに残っていた。


その声の主、小さな命は今、藍染の布にくるまれ、父ワカギの腕に静かに抱かれていた。


彼は、その重みを知っている。

かつて四度、狼の子を抱いたときも、娘が他部族に生まれたときも、命が手の中に収まるときの、このひそやかな熱を知っている男だった。


その目には、慣れすら滲んでいた。

しかし生まれた子はどうだろう。


この子はただの子ではない。

星を宿す鱗。夜空の気配をまとう体。

伝承にあった“秤の子”――麒麟に違いない。


それでも、慣例は守らねばならない。

母であるメリナに、娘の無事を伝えること。

それが、今の役目だった。


「――女の子だ。呼吸は安定している。よく、泣いた。」


ワカギの声は穏やかで、静かな湖に石を投げたような振動が室内に広がった。

産後の疲労に覆われたメリナの耳にも、その波紋は届いた。


かすかに瞼を開け、メリナは布にくるまれた小さな生き物へ視線を向ける。

だが、次の瞬間、その瞳は見開かれ、顔から血の気が引いた。


「……違う」


思わず声が漏れる。


それは、まるで夜そのものを切り取ったかのような存在だった。

深い闇のような皮膚に、金の粉を散らしたような光。鱗。耳。しなやかな尾。

確かにその体には、自分とワカギの匂いが混ざっている。

だが、姿はどちらにも似ていなかった。


「違う……これは、なに……?」


その瞬間、メリナの視界がふらついた。

体が床へと沈み、冷たい布の感触と共に意識が遠のいていく。


「メリナ――」


ワカギはすぐに身を乗り出し、倒れかけた彼女の頭を支えた。

だが、呼びかけにも返事はない。

そのまま、彼女は深い眠りへと落ちていった。


彼女の指先は、かすかに震えていた。

それが、恐れによるものか、産後の余波か、判断はつかなかった。


ワカギはその横顔をじっと見つめた。


(話すわけにはいかない――)


彼は理解していた。

メリナはあくまで、群婚における「番」であり、母ではあっても族の一員ではない。

この子が“秤の子”であること、先代から密かに伝えられてきた一族の秘話を、外の者に語ることは許されていない。


そして同時に、こうも思った。


(この姿で、白き群れに戻れば、果たして守られるだろうか――)


白鳥のように穢れなき血を引くメ族の中に、この黒き芽吹きを連れ帰るなど、想像に難くない。

恐れ、排斥される。あるいは、母にさえ――


目を閉じ、ワカギは静かに娘を胸へ抱き寄せた。

その手の中で、娘は小さく鼻を鳴らし、ふぅ、と息を吐いた。


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