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第4話 ゴミ掃除はそれほど難しくない

キーボードの上で徹の指が止まった。

冷たく冴えわたった思考が、高速で動き始める。


——助けるか、それとも見逃すか。


今は自分のことで手一杯だ。トラブルに首を突っ込む余裕などない。

レポート、昇進、借金……どれ一つとっても、彼を押し潰すには十分だった。

見なかったことにすればいい。ただ黙って俯いていれば——


「おい、聞こえなかったのか?子猫ちゃんが“どけ”って言ってんだよ」


さっき舌なめずりしていた坊主頭のチンピラが一歩前に出て、

油まみれの手をずるりと白いソックスに包まれた凛の脚に向かって伸ばした。

あまりにも下品で、暴力的な仕草。


「——っ!」


凛は短く鋭く叫び、まるで驚いた小鹿のように跳ねて、

背中を冷蔵ショーケースにぶつけて「ガンッ」と鈍い音を立てた。

涙が、ぽろぽろと大粒でこぼれ落ちた。


その瞬間、徹の脳内で稲妻が轟いた。


張り詰めた神経に雷が落ちたような衝撃とともに、

その“寸前”のタイミングで——


《対象:白石凛が強い現実的悪意による攻撃を受けています!

緊急保護機構を発動します!》

《強制スキル抽選インターフェースを起動——[限定:格闘精通(初級保障)]

消費ポイント:30、起動しますか? Y/N》


視界いっぱいに赤いビックリマークが点滅する!


徹の目に鋼のような光が宿った。

脳裏に「選ぶか?」なんて問いすら浮かぶ間もなかった。

頭ではなく、心と指が先に動いていた。


「ッ……!」


キーボードの上から右手を持ち上げ、

宙に浮かぶ“なにか”を目掛けて、ありったけの力で叩きつけた!


——カチッ!


《ピン!30ポイント消費。スキル取得:格闘精通(基礎スキル・限定1時間)——適用完了。》


無機質な声が脳内に響いた次の瞬間、

情報の奔流が徹の意識を蹂躙するように流れ込んできた!


人体の構造、急所、筋力伝達、打撃の角度と流派の違い——

柔道の投げ、ボクシングのジャブとフック、空手の掌底、

そしてバトン術に基づく関節逆制——


まるで長年訓練してきたかのように、徹の神経と筋肉が反応を覚える。


「テメェ……死にてぇのか?」


凛の足に迫るその手まで、あと十センチ。


だが、寸前で——


「ッッ!!」


徹の身体が、スプリングのように弾け飛んだ!


狭い店内、彼はわずか2歩で休憩席からレジ前までを駆け抜けた!


格闘精通が導き出した最適の打点——

足を引いて重心を安定、腰を捻って肩を沈め、

右腕に爆発的な力を集めて——!


掌底!


指を軽く曲げ、掌の付け根を起点に、

初春の冷気と、抑えきれない怒りを込めて——!


ドガァッ!


沈んだ音とともに、徹の掌底が寸頭の首筋にめり込んだ。


金属と肉がぶつかるような、重い衝突音。

寸頭の視界が真っ白に弾けた瞬間、身体が吹き飛んだ。


「ッぐぉぉ!!」


熱食コーナーの棚に斜めに倒れ込み、

ガラス瓶が弾け、タレ、唐辛子、油まみれで地面に転がる。


「あ、あ……?」


残りの二人が呆気に取られた顔で見つめる中、徹が一歩前に進む。


「てめぇ……!よくもやってくれたなッ!」


金髪の男がビール缶を掴み、怒声とともに頭上から振り下ろす!

同時に、もう一人が工具用のスパナを抜き取り、斜めに振り下ろした!


——だが、遅い。


格闘精通の加護下で、徹の反応は人間の域を超えていた。


ビール缶を持つ腕を瞬時に見極め、

最小限の動きで身体を逸らし、左手でその手首を掴む!


「うぐッ……!」


間髪入れず、懐へ入り込み、右肘を腹部へ強く突き上げる!


ドゴッ!!


的確に膈膜の神経叢を打ち抜いた肘撃。


「ぐ、えっ……!!」


金髪男は喉を詰まらせたような音を出し、膝から崩れ落ちた。


しかし背後!


スパナの唸り声が風を裂く——!


——読めている。


徹の体は弓のようにしなり、瞬時に反らす!

鉄板ブリッジのように鋭く仰け反る!

鼻先を金属がかすめ、前髪を跳ね上げる!


スパナは空振りし、勢い余って平頭の男は前のめりに!


「……そこだ!」


身体を起こしながら反撃に転じ、

膝を使って踏み込み、右アッパーを炸裂!


ゴシャッ!!


拳は正確に顎の下へ叩き込まれ、

鈍い音とともに男の意識はブラックアウト!


スパナがカランと床に転がり、

身体も崩れるように地面へ——崩落。


——わずか十秒。


徹が立ち上がってから、三人が全滅するまでの時間。


関東煮の鍋がグツグツと音を立てる静寂の中、

粉々に散った瓶と混乱した棚、呻くチンピラたちの声が

唯一の“現実”を伝えていた。

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