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第13話 目覚めの温もり、そして警告

絶対の暗闇。絶対の静寂。

底なしの宇宙の深淵に堕ちたかのように、肉体の存在すら完全に剥奪されていた。


どれほどの時間が経ったのかは分からない。一瞬かもしれないし、一つの時代が終わるほどの長さだったのかもしれない。

虚無の中、風前の灯火のような、かすかな意識の残り火がようやく蘇る。


——痛み。

それが、闇の中へと最初に差し込んできた確かな感覚だった。


その時だった。

予兆もなく、極めて特異な冷たい震動が感覚を貫いた。


ドン……

……ドン……

……ドン……


それは音ではなく、もっと深く、根源的なリズムの振動だった。

まるで巨大な精密機関が、静寂の中で稼働し、真空を通して伝わってくる根本の鼓動。


それは、意識の核心に刻み込まれた烙印——長らく沈黙していた“好感度システム”からだった。


【意識深層信号、接続中……深度昏睡状態(脳死寸前)を検出……強制緊急維持モードを起動!】

【生命兆候スキャン中:心拍数45/分(高度徐脈)、血圧90/60mmHg(低血圧性ショック)、深部体温35.1℃。

総合判定:生命維持システムの崩壊が目前(7分以内に死亡確率98.37%)】

【臨時生命維持プロトコル発動:[基礎生体電流シミュレーション](最低限の脳心活動を維持)……ポイント消費:20pt/時(持続状態)】


最後の真紅の文字が意識の底に焼き付けられた瞬間、徹の停止寸前だった心臓が、氷のような電流に貫かれた!


ドン! ドン! ドン!!


「……ッ、う、うあああああ——!!!」


喉の奥から絞り出された、かすかだが苦痛と歪みに満ちた嗚咽。

残された身体が、無理やり注ぎ込まれた生命活動によって激しく痙攣する。


「意識反応あり!蘇生限界ぎりぎり!」

「心拍上昇!110……いや、120!不安定!」

「拘束具!鎮静剤を急げ!」


錯乱した声が一気に耳へと突き刺さる。まるで分厚いガラス越しに聞こえるような、歪んだ高音域。

徹は、両腕と腹部が複数の力によって強く押さえつけられているのを感じた。


瞼が重い。まるで千斤の鉛がぶら下がっているようだ。

徹はなんとか……ほんの少しずつ……瞼を開こうとする。


最初に飛び込んできたのは、白く無機質な天井。

鼻先には濃厚な消毒薬の匂い、そして微かに石鹸の香りが混ざる——ここは……病院?


視界をようやく下に移動させると、点滴のボトルが視野に入る。

手首には拘束バンド。だが、右手は……自由だ?


徹は反射的に右手を確認しようとするが、首がまるで錆びた歯車のようにきしんだ音を立て、わずかにしか動かない。

その視線の端に——淡いリネンブラウンが揺れていた。


その色彩は彼の手元のすぐ近く、微かに光を宿し、優しい輝きを放っていた。

一人の女性が、彼のベッドのそばで背を向けて何かに取り組んでいた。


彼女は白のナース服を着ていた。綿ではなく、やや硬めで清掃しやすい合成素材のようだ。

よくフィットしたその制服は、しなやかな腰の曲線を美しく際立たせている。


彼女は軽く前屈みの姿勢で、背中と、眩しいほど白くすべらかなうなじが見えていた。

亜麻色の長い髪をラフにまとめ、黒いヘアネットで固定。ゆるく垂れた毛先がうなじにかかっている。毛質は柔らかく、自然なツヤがあった。


彼女は治療台の器具を整理しているようで、身のこなしは軽快かつ熟練していた。

まとめた髪が、動きに合わせてわずかに揺れている。


喉が乾きすぎて痛い。徹は声を出そうとするが、喉から漏れたのは掠れた呼気だけだった。


その微かな音に気づいたのか、ナースは手を止め、ゆっくりとこちらに振り返る。


——その顔を見た瞬間、徹の瞳孔はまだ光と薬の影響でぼやけていたが、意識には鮮烈に焼き付いた。


穏やかで、どこか春風のように温かい東洋系の顔立ち。

滑らかでしっとりした肌は、無影灯の冷たい光の下でもかすかな血色を湛えていた。

丸みのある卵型の輪郭は角がなく、まるで咲き始めの花弁のように柔らかい印象。


眉は柔らかなアーチを描き、瞳は大きく、深い茶色に潤んでいて、そこには職業的な集中と、隠そうとしない優しさがあった。

小さくすっと通った鼻筋の下には、自然な橙桃色の唇がわずかに開いていた。


まるで、近所のお姉さんのような、手が届きそうな優しさを持った、飾らない美しさ——


――浅田葵。


システムの冷たい情報流が意識の端をかすめ、名前が浮かんだ。


【新しい対象を検出。スキャン完了。総合評価:Aランク。職業:箱根療養区 特別看護師・浅田 葵(25歳)。初期好感度ポイント:15(癒し・看護)】


Aランク?看護師?初期好感度ポイント15?……癒し?優しさ?


「よかった……!やっと目を覚ましてくれたんですね!」


徹の視線に気づいた葵の目がぱっと輝き、安心と喜びが混じった声を発した。

その声は澄んでいて優しく、日本人特有の柔らかなイントネーションを帯び、春風のように耳をくすぐる。


彼女は身を乗り出すように近づき、自然な手つきで、徹の肘近くに手を当て脈を測った。

(その温もりに、強制維持された徹の冷えた身体が小さく震えた)


もう片方の手は徹の胸部に当て、呼吸と心拍をチェックしている。

着せられた病衣は粗末な綿布で、彼女の所作はプロそのものだった。だが、徹の視線からは別の風景も見えてしまった。


彼女が前かがみになると、ナース服の胸元に自然な隙間が生じ、そこから……

服とは明らかに素材の異なる、淡いピンク色のレースの縁取りが一瞬だけ現れたのだ。


そのレースの奥にある柔らかな膨らみは、まるで瑞々しい果実のような形をしていた。

そして、彼女の髪と服の隙間から漂ってきたのは、焼きたてのパンと石鹸を思わせる、温かく優しい香りだった。


「……うん、心拍はまだ速いけど……130台か……でも力強いですね」


葵は自分の姿勢や胸元など全く意識せず、ただ目の前の命に集中していた。

指先にはほんのりとした硬さがあり、長年の看護で育まれた仕事の証があった。


胸に当てる手には、確かな技術と、言葉では言い表せない安心感が宿っていた。


「体温は……まだ35度以下……低体温がひどすぎる……どうして……?雪の中から掘り出されたみたいに運ばれてきて……」

その最後の呟きは、病室内の他スタッフに向けたものだった。


徹の全身が強張り、胸が激しく波打っていた。

電流によって命をつなぎとめられた体に、彼女の温かさが強くぶつかる。


喉が動き、言葉を発そうとしても音は出ない。だが顔はみるみる熱くなり、混乱と羞恥が押し寄せる。


やがて、葵は検査を終え、胸に当てていた手を自然に引き、治療台に置いてあった電子体温計を手に取った。

それを見て小さく眉をひそめると、再び徹の顔へと優しい視線を向けた。


「私は浅田葵。今夜、あなたを看護する担当です。大丈夫、きっと良くなりますよ」


顔をそっと近づけ、徹にしっかり伝わるよう優しい声で語りかけた。


「どこか特に辛いところはありませんか?それとも……お水、飲みたいですか?すぐにお持ちしますね」


——その瞬間!


【環境スキャン警告:中程度の脅威対象を確認(4名)。脅威レベル:中(簡易刃物装備)。空間制限:廊下。】


まるで氷水を頭から浴びせられたように、冷たく無機質な警報が鳴り響く!

部屋の暖かな空気が一瞬にして凍りついた。


当然、葵にはそのシステムの声は届いていない。

彼女はただ、真剣で優しい表情のまま、徹を見守っていた。


直後——


廊下の向こう、病室に繋がる扉の方角から、

ガラスの器が砕けるような大きな音!


そして、凄まじい恐慌の叫び声が重なった。


「誰だ!?」

「きゃああああっ!!」

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