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第12話

星野黎子は冷たい笑みを浮かべながら、まっすぐ遠くの作業小屋へと歩いていった。


工場エリアの責任者である山本順正は、トランシーバーで誰かとやり取りしていたが、彼女の姿を見つけると慌てて通話を切り、小走りで駆け寄ってきた。顔にはわざとらしいほどの丁寧な笑顔が貼り付いている。「星野専務!どうして急に……」


「山本工場長。」星野は彼の言葉をさえぎり、あごで私の方を指し示した。「彼に仕事を割り当てて。一日一台分の荷物を運ばせて。終わるまで、工場の門から一歩も出さないで。」


その声は淡々としていながら、決して逆らえない冷たさがあった。「もし逃げ出すようなことがあったら……報告する相手はわかってるでしょう?」


山本は指示された方向に目をやり、私を見るなり、その営業スマイルが一瞬で消え、戸惑いと困惑が露わになった。「森川さん……これは……星野専務、森川さんは……」


「やって。」


星野はそれだけ言い残し、私を冷たく見下ろして嘲るように口元を歪めた。「ここで箱を運んでいれば楽できると思った?会社の書類も手続きもメールも、あなたの担当分は一つも手を抜かせないから。」


少し声を強め、鞭のように鋭く言い放った。「もし遅れたり、手抜きを見つけたら……どうなるかわかってるわよね?」


もう私に目もくれず、そばで面白そうに見ていた小泉洋の腕に親しげに手をかけ、ヒールを鳴らしながら土埃の舞う地面を艶やかに去っていった。


「森川さん、これは……」山本は手をもみながら、困った顔で声をひそめた。「いやあ、私もどうしようもなくて……でも大丈夫です、できるだけ軽い荷物を選びますから、無理はさせませんので……」


「ありがとうございます。」私は軽くうなずき、それ以上は言わなかった。


星野グループの下っ端社員で、私と星野黎子の関係を知らない者はいない――

むしろ、「星野家のお嬢様に飼われている犬」だと、誰もが知っているのだ。


すぐに、フォークリフトで重い工業部品が一台分、プラットフォームに運ばれてきた。


山本は横で心配そうに私を見守っている。


私はシャツの一番上のボタンを二つ外し、肩と首をほぐしてから、しっかりと縛られた木箱の端をつかんだ。


腰と腹に力を込めて、重い箱を持ち上げ、指定されたパレットにきちんと載せる。


最初のうちは、山本の視線がずっと私の動きを追っていた。


やがて、その瞳の中の心配は驚きに変わっていった。


私の動きは決して速くはないが、足取りは安定し、呼吸も整っている。額には汗がにじむものの、みっともない様子は微塵もない。


重い荷物も、私の手にかかれば不思議なリズムさえ生まれる。


「森川さん……」山本は思わず数歩近づき、驚き混じりの声を漏らした。「いやあ、まさか!いつもはスーツ姿なのに……これじゃ、うちのベテラン作業員よりずっと体ができてますね!」


私は汗をぬぐい、特に説明はしなかった。


長年続けてきたハードなトレーニングが、思わぬ形で役立っただけのことだ。


一日中、汗がシャツの背中を濡らし続けた。


しかし、体力を使い果たしても、安らぎの時間は訪れない。


ズボンのポケットで携帯がひっきりなしに震え続け、メール、承認、会議の案内、各部署からの問い合わせ……会社という大きな機械は止まることなく動き続け、その細部を整理し判断する「犬」としての私の役目も終わらない。


荷物を運ぶ合間に、冷たい金属棚にもたれて片手で素早くメールを返したり、電話越しに簡潔な指示を出したりするしかなかった。


最後の箱をきれいに積み上げるころには、すっかり日が暮れていた。


腰や背中の痛み、腕の重さが、一日の疲れをはっきりと知らせてくる。


鉛のように重い足を引きずって工場の門へ向かうと、流線型の赤いスポーツカーが音もなく滑り込んできた。眩しいヘッドライトが薄暗い中に浮かび上がる。


「健太!」


ドアが開き、小林美佑が足早に降りてきた。


シンプルなフィットしたシャツが体のラインを引き立て、ジーンズが長い脚を包み、色気とすっきりした雰囲気を併せ持っている。


数歩で私の前に来て、埃と汗で汚れた姿を見てすぐに眉をひそめた。


「どうしてここにいるってわかったんだ?」私は少し驚いた。


「調べれば、わかるものよ。」彼女は自然な口調で、香りのあるウェットティッシュを取り出し、私の額や頬の汗と汚れをそっと拭い取ってくれた。「疲れたでしょう?さあ、何か食べに行こう。」


疲労が波のように押し寄せ、私は首を振った。「悪いけど、もう食事に付き合う力が残ってない。」


「なによ!」美佑は私を睨み、遠慮なく助手席へ押し込んだ。「誰があなたに付き合ってほしいって言ったのよ?私と食事したい男なんて山ほどいるんだから!さっさと乗って。何も考えずに済むようにしてあげる。」


私は苦笑しながら車に乗り、いつものようにタバコを取り出した。


すると、彼女はさりげなくボタンを押してオープンカーの屋根を開けてくれた。


夜風が心地よい冷たさを運び、カーオーディオからは穏やかなジャズが流れる。


彼女のほのかなジャスミンの香りがふと漂い、一日中張り詰めていた神経が、エンジン音と音楽と香りの混ざった空間で、少しずつほぐれていくのを感じた。


車はどのレストランにも向かわず、最終的に彼女の家の前で停まった。


「まずは横になって。」彼女は有無を言わせず私を家に押し込んで、リビングの大きなマッサージチェアに座らせた。「一日中重い物を運んだんでしょ?これでほぐさないと、明日は腕が上がらなくなるわよ。」


背中が椅子にぴったりと沿い、温かい振動が筋肉に伝わってきて、思わずため息が漏れるほど心地よい。


「最近、新しい料理をいくつか練習したの。ちょうどあんたに味見してもらおうと思って。」そう言って、彼女はキッチンへと向かった。


私は少し驚いた。


彼女が……料理をするなんて?


小林家のお嬢様に対する私のイメージを大きく覆す出来事だった。


換気扇の低い音と、何かを炒める音が微かに聞こえてくる。


マッサージチェアのやさしい包み込みに身を預け、溜め込んだ疲労が一気に押し寄せて、意識はすぐに暗闇へと沈んでいった。


ぼんやりとした中、ポケットの携帯が一度だけ震え、すぐに静かになった気がする。


どれくらい時間がたっただろう。頬をひんやりした指先で軽く突かれた。


「ほら、寝坊助。」美佑の楽しそうな声が耳元で響く。「ご飯できたよ。私の料理の腕前、命にかかわるかどうか試してみて?」

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