目を覚ますと、溜まっていた疲れがほとんど消え、体の奥に残っていた鈍い痛みもマッサージチェアの温かさで和らぎ、心地よい重さだけが残った。
「どれくらい寝てた?」まだ寝起きのかすれ声で尋ねる。
「きっかり二時間よ。」美佑は有無を言わせず私を引っ張り、ダイニングテーブルへと連れていく。
テーブルの上には、四品の料理と一つのスープ。色鮮やかで食欲をそそる香りが立ち込めている。
驚いて美佑を見る。「これ、君が作ったのか?」
彼女はすぐに真顔になった。「何よ?私が料理できないとでも思った?」
「いや、意外だっただけだ。」正直に答える。これほどの腕前、即席でできるものではない。
「留学中、ハンバーガーやフライドポテトばかりで耐えられなくて、自分で作るしかなかったのよ。」エプロンを外しながら淡々と語る。「これで信じた?」
なるほど。実際に口にしてみると、想像以上にしっかりした味だ。
「新しい会社の登記、終わったわよ。」彼女はスープをよそって私の前に置く。「名前は……今は秘密。」
思わず笑ってしまう。「社名まで秘密主義?」
「当然でしょ?」目元を細め、えくぼにいたずらっぽい光が浮かぶ。
一度話が弾みだすと止まらない。経済の話題からマニアックな映画まで、美佑との会話は尽きることがない。心地よい空気の中で、気づけば時間はあっという間に過ぎていた。ふと時計を見ると、もう十一時を指している。慌ててスマホを手に取る。
画面が点灯すると、未接着信の赤いマークと未読メッセージのアイコンがずらりと並び、警告灯のように目に刺さる。
「スマホ、鳴らなかったはずだけど……」言いかけて気づく。
「私がサイレントにしたの。」美佑はあっけらかんと認め、スプーンをくるくる回しながら言う。「仕事終わりくらい、ちょっとは落ち着かせてよ。」彼女は目を上げ、鋭いまなざしで私を見つめる。「黎子のやり方なんて、結局は自分勝手な子供の癇癪よ。」
その言葉は、まさに的を射ていた。
スマホを解錠すると、メッセージは滝のように流れ込んでくる。画面中に黎子の名前が並ぶ。
「森川健太!どこにいるのよ!電話に出なさい!」
「今すぐ電話出て!」
「返事しなかったら、明日からもう星野グループにいられないと思いなさい!」
「この野郎……」
この後は、さらに耳を塞ぎたくなるような罵声が続いているのだろう。
一瞬、指が発信ボタンにかかるが、結局そのまま離した。
この三年間、彼女からの指示は常に最優先だった。
即レスは、もはや体に染みついた習慣だ。
だが今や、星野グループを完全に離れるまで、あと二十日ほどしかない。
無理やり押し付けられた「忠誠心」も、もう値引きしていいはずだ。
どうせ大した用じゃない。ただまた新しい手口で、私の尊厳を踏みにじるつもりだろう。
美佑の言う通りだ。彼女は精神的に未熟な大きな子供に過ぎない。
自己中心的で、意地悪で、愚かだ。
「返さないの?」美佑は頬杖をつき、きらきらした目で私を見つめている。
「必要ないよ。」スマホを伏せて、静かに答える。「どうせ、ヒステリックな怒鳴り声を聞かされるだけだ。」
「ちょっと、座って。」彼女は急に立ち上がり、背後に回り込む。
「え?」と戸惑う。
「ご褒美。」短くそう言い、両手を私の肩に置く。
ご褒美?黎子に屈しなかったからだろうか?
女性の気持ちはよくわからないが、美佑の指先から伝わる絶妙な力加減が、こわばっていた肩と首の筋肉をみるみるほぐしていく。
あまりの心地よさに、思わずため息がこぼれた。
夜も更け、そのまま彼女のソファで深く眠りに落ちてしまった。
—
翌日。工場の埃と騒音が、いつものように押し寄せてくる。
会社の書類、メール、電話も、荷物を運ぶ合間に次々と押し寄せ、体力をじわじわ削っていく。
混乱と非効率に苛立ちながらも、心の中では「あと二十日、たった二十日」と繰り返し数えていた。
昼休み、山本と一緒に質素な食堂へ向かう。
「森川さん。」山本は小声で私に目配せした。「厨房に頼んで、特別に豚骨スープを作ってもらったんです。少しでも力をつけてください。」その目に、さりげない気遣いがにじんでいた。
「ありがとう。」軽く会釈し、心が少し温かくなる。
料理を受け取り、トレイを手に席につこうとしたその時だった。
食堂の入り口がざわつき、黎子が怒りをまとったまま駆け込んできた。
彼女は私を見つけると真っすぐやってきて、何の前触れもなく私の目の前のトレイを手に取り、思い切り頭の上に叩きつけた!
脂っこいスープと料理が一気に髪や顔、首筋に流れ込み、シャツの中まで冷たくべたついて広がる。
「この野郎! よくも私の連絡を無視したな!」と、黎子の鋭い叫び声が食堂中に響き渡った。