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第3話 古い巣と厄介な来客

墨村慎吾は、かつて冷泉千尋と暮らした家に戻ってきた。

ごく普通の3LDK、100平米ほどのマンションだ。室内にはかすかに昔の温もりの名残が感じられるものの、今はすっかり埃をかぶり、人の気配も消えていた。

指先で積もった埃をなぞりながら、慎吾の瞳に複雑な色が浮かぶ。今や成功者となった星野興産の社長が、こんな「質素」な住まいに戻ってくることなど、もうないだろう。それに、ここには「前科者」としての自分の記憶も残っている。

自分が大切にした場所を、彼女は簡単に捨ててしまったのだ。

慎吾は無言で雑巾を手に取り、掃除を始めた。どんなに古くて寒々しい場所でも、ここは彼にとっての港だった。しかし、埃に埋もれた思い出は、今や針のように心に刺さり、苦い痛みを残す。

その頃、かつて彼の後ろをついて歩き、「兄貴」と慕っていた千尋の弟、冷泉亮は、すでにかつての面影もなく、今まさに勢い込んで慎吾のもとへ向かっていた。


神奈川県でも有名な高級住宅街「楓の杜」。その一角に、冷泉千尋が一年前に両親のために購入した家があった。

リビングでは、亮が足を組み、宝石をちりばめた服に身を包んだ意地の悪そうな中年女性に不満をぶつけていた。


「母さん!姉貴もどうかしてるよ!離婚したのはいいけど、なんで墨村慎吾みたいな役立たずに、あんな大金の慰謝料渡すんだよ?ざっと見積もっても一千万はくだらないだろ!」


冷泉和子は目を見開き、甲高い声で言い返す。

「何ですって!?一千万!?刑務所帰りの前科者にそんな価値あると思ってるの?百万だって多すぎるくらいよ!何考えてるのよ、まったく!千尋に電話しないと!頭でもおかしくなったのかしら!」

そう言って、すぐに携帯を取り出そうとする。

この毒舌な態度は、慎吾も知っていた。しかし、昔はまだ遠慮があったのだ。かつて貧しかった冷泉家は、慎吾が現れてから人並みの暮らしを手に入れ、やっと尊厳というものを知った。その頃の和子は、さすがに今のような無礼はなかった。

三年の裕福な生活が、すべての感謝を消し去り、当然のような軽蔑だけを残したのだ。


亮は和子を制し、「電話しなくていいよ。この件は俺に任せて。墨村慎吾なんて、ちょっと脅せばすぐ金を返すさ」と言う。

和子は大きくうなずき、「そうね、そうね!あんな弱虫、前は左頬を叩かれても右頬を差し出すようなやつだったじゃない。今やうちの息子は大物なんだから、簡単に片付けられるわよ!早く行って、すぐ戻ってきて!」と続けた。

亮は得意げに胸を張り、「任せといて!母さんは俺の活躍を楽しみにしてな!」と言い放つと、勢いよく家を出ていった。


外には黒いワゴン車が停まっており、金髪でいかにも柄の悪いチンピラたちが待っていた。

「亮さん、これからあのヒモ野郎をシメに行くんすか?」と一人が媚びを売るように尋ねる。

亮は鼻で笑い、「ヒモだって?あいつにそんな価値もねぇよ。ただのクズだ。さあ、俺と一緒に人生ってやつを教えてやろうぜ。夜は“皇朝クラブ”で飲み放題だ!」と言うと、チンピラたちは大喜びでついていく。

彼らは、今や「亮兄貴」と呼ばれ持ち上げているが、かつて亮がまともな服さえ持てなかったことなど、知る由もなかった。


十数分後、車は慎吾のマンションの前に到着する。

「いいか、俺が合図したら全力でやれ。何かあっても責任は俺が取る」と亮はチンピラたちに念を押し、堂々とエントランスを上がっていく。

ドアベルを鳴らすのも面倒とばかりに、拳で「ドンドン」とドアを乱暴に叩いた。


「墨村!出てこい!中にいるのは分かってるぞ!隠れても無駄だ、さっさと開けろ!」

廊下に響き渡る威圧的な叫び声――。


ちょうど掃除を終えて一息つこうとしていた慎吾の耳に、その聞き覚えのある、しかし今や敵意に満ちた声が届く。

慎吾は眉をひそめ、静かにドアを開けた。


そこに立っていたのは亮で、背後には見るからに柄の悪いチンピラたちが並んでいる。慎吾は亮のふっくらした顔に一瞬目を留め、落ち着いた声で話しかけた。

「亮か。三年ぶりだな。随分いい暮らしをしているようだな」

亮は目も合わせず、慎吾を乱暴に押しのけて部屋に上がり込み、リビングで唯一きれいな椅子にふんぞり返る。チンピラたちも後ろに並び、まるで取り巻きのようだ。


「なれなれしく話しかけんなよ!」と、亮は慎吾を睨みつけ、見下すように言い放つ。「姉貴とはもう離婚したんだろ?お前なんて、もう俺の兄貴でも何でもねぇよ。何様のつもりだよ!」


慎吾は、得意げな亮の態度に眉をさらにひそめた。

「確かに、君の姉さんとは離婚した。でも、こんな大袈裟に来て、何の用だ?」

少し間を置き、冷ややかに続けた。

「昔はそんなやつじゃなかったよな。どうして、今はそんなふうになったんだ?」


その一言が、まるで火に油を注いだようだった。


亮は勢いよく立ち上がり、慎吾の鼻先に指を突きつけて怒鳴った。

「墨村!黙れ!俺はもう、誰からも見下されるような奴じゃねぇんだよ!今や勝ち組なんだ!偉そうに昔の話をするな!」


まるで尻尾を踏まれた猫のように、激しく怒り、唾を飛ばしてまくしたてる。

「いいか、もう俺に近づくな!外で昔の話なんかしたら、ただじゃおかねぇぞ……」

亮の目つきは鋭く、露骨な脅しを込めて続ける。

「その口、切り落とされても文句言えないからな!」


貧しかった過去は、亮にとって耐えがたい恥であり、消し去りたい黒歴史だった。今の彼は、かつての自分を蔑み、過去を語られることを何よりも嫌う「亮兄貴」となっていた。


慎吾は、変わり果てた亮をじっと見つめ、その目は氷のように冷たくなっていく。


「俺の舌を切る?」と、低く、冷ややかな声が響く。「亮、それが俺に対する態度なのか?」

「兄貴とも呼ばず、しかもこんな連中を連れてきて騒ぎ立てて……」

「もう他人だって言うなら――」

慎吾は一歩前に出て、鋭い視線で亮を射抜く。その気迫に、思わず亮は後ずさりした。


「だったら、ここにいる理由はないだろ」

慎吾は玄関を指さし、容赦ない口調で言い放った。


「お前たち全員、今すぐ出ていけ!」

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