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第4話 雷鳴の怒り

顔を立ててやったのに、調子に乗るなよ――墨村慎吾は、そんな甘い相手じゃない。


冷泉家の面々は、彼のことを大人しくて扱いやすい存在だと思っていた。だが、本当にそんなに簡単な男なら、慎吾じゃない。隠していることはいくらでもあるが、それを見せたら周りが驚いて腰を抜かすだろう。


「出ていけ。」


低く一言、慎吾が言い放つと、冷泉亮の怒りは一気に爆発した。ここ数年、「亮兄貴」と呼ばれ、姉の千尋や万川財閥の万川忠の後ろ盾もあり、神奈川県内でそれなりの顔役になった自負がある。こんな仕打ちを受けたのは初めてだった。


「墨村、てめえ……死にてえのか!」  

亮は机を激しく叩いて立ち上がると、慎吾の顔すれすれまで指を突きつけて怒鳴りつけた。唾を飛ばしながら、「ムショ暮らしで頭おかしくなったんじゃねえのか?もともとクズのくせに、今日こそお前をぶっ潰してやる!」


眼前に突き出された指を見下ろし、慎吾の口元には冷たい笑みが浮かぶ。次の瞬間、彼の右手が鉄のような力で亮の指を掴み、勢いよく捻り下げた。


「ぎゃあああああ――!」


豚の悲鳴のような叫び声が響き、亮は腰を折って苦しみ、冷や汗を滲ませながら「痛い!離せ!慎吾、ふざけんな!はやく放せ!」と喚く。


主の窮地に気づいた金髪のチンピラたちが騒ぎ出す――


「亮様を離せ!さもないとぶっ殺すぞ!」

「早く手を離せ!亮様に土下座しろ!さもないとただじゃすまねえぞ!」


痛みに顔を歪める亮が怒鳴る。「やっちまえ!殺す気でやれ!何かあったら俺が責任取る!」


チンピラたちは凶暴な目をして一斉に慎吾へ飛びかかる。


慎吾も溜まっていた怒りの矛先を得て、一歩も引かず応戦する。左手で亮の指をがっちり押さえたまま、右手が素早く振り抜かれる。


「ドン!」


一発、先頭の金髪の鼻っ面に拳が炸裂。悲鳴と共に鼻血が吹き出し、顔を押さえてしゃがみ込んだ。


続いて、慎吾の右足が鞭のように横に振り抜かれ――


「バシッ!」


もう一人の金髪が胸を蹴られて吹き飛び、地面に転がり苦しむ。


残りの二人が間合いを詰めてきたが、慎吾は体を軽くかわし、素早く両拳で応戦する。


「バン!バン!」


鈍い音とともに、二人も腹を押さえてその場に崩れ落ち、全員が一瞬で戦意を失った。


あっという間の数秒――冷酷かつ正確な動きで、全員を圧倒した。


呆然とする亮。痛みさえ忘れるほどの衝撃だ。姉の前では借りてきた猫のように大人しく、エプロン姿で家事をしていたあの義兄が、まるで別人――いや、まるで鬼神のごとき迫力。


亮が我に返る間もなく、慎吾は彼の捻じれた指を離し、片手で首を掴み上げる。まるで子猫を持ち上げるように、軽々と。


「もう、俺たちの間に情なんて残ってない。」  

冷え切った声が響く。


そして――「バシン!」  

容赦なく頬を一発叩きつけた。


「この一発で、人としての礼儀を教えてやる。」


くっきりと手の跡が残り、亮の顔は腫れ上がり、歯がぐらつき、口元から血が滲む。


痛みと屈辱で、亮はほとんど錯乱しかけていた。まさか、自分がこの「役立たず」に殴られるとは――屈辱以外の何物でもない。


顔を押さえ、恨みのこもった目で叫ぶ。「上等だよ!慎吾、よくもやってくれたな!今日のこと、絶対に許さねえ。百倍にして返してやる!」


「まだ分からないのか?」


慎吾の目はさらに冷たくなり、氷のような眼差しが突き刺さる。


「この三年、甘やかしてやったのが間違いだったようだな。」


「いいだろう。今日はお前の親の代わりに、俺がしっかり躾けてやる。」


慎吾は亮の襟元をつかみ、右手を高く振り上げる。


「ビシッ!」


再び、強烈な平手打ちが亮の脳天に響く。


「さっきの一発じゃ足りなかったなら、これで、今後は口の利き方を覚えろ。」


「ビシッ!」


続けざまに三発目、さらに強い力で――


「これは、親の恩を仇で返すお前へのお仕置きだ。」


三度の平手打ちで、亮の顔は腫れ上がり、血と二本の折れた歯が混じって口から溢れた。


「やめて!慎吾、何をしてるの!」


そこへ、小山靖子が慌てて駆け込んできた。


冷泉千尋に命じられ、亮の様子を見張りつつ、慎吾に「痛い目」を見せて財産を諦めさせようと考えていた靖子。だが、目にしたのは亮が慎吾に無残に叩きのめされている光景だった。


慎吾は手を放し、亮は力なく床に崩れ落ちる。


靖子に冷たい視線を向け、皮肉っぽく言った。「いいタイミングで来たな。」


「さあ、今度は何をしに来た?お前たちは次から次へと――何が目的だ?」


靖子は睨みつけながらも、急いで亮の傍に駆け寄る。「亮、大丈夫?しっかりして!」  

倒れたチンピラたちに向かって、「ぼーっとしてないで救急車呼びなさい!早く!」


慌てて電話をかけるチンピラたち。


ようやく靖子は顔を上げ、慎吾を鋭い目で睨みつけ、叫んだ。


「慎吾、もう終わりよ!こんなことしてただですむと思ってるの?千尋社長との縁もこれで終わりよ!どう落とし前つけるつもり!?」


「落とし前?」


慎吾は鼻で笑い、氷のような声で言い返す。


「落とし前が必要なのはこっちじゃない。お前たちの方だ。」


「俺が出所してから、弁護士に離婚届を突きつけられ、それもサインした。その直後に今度はこうやって殴り込みか?」


「俺は、お前たちに踏みつけられ続けなきゃいけない存在か?」


慎吾は一歩前へ出て、鋭い眼光で靖子を射抜く。


「小山さん、よく聞け。落とし前は、俺がつけさせる。」


「お前たちが俺に与えるんじゃない――」


そう言うと、慎吾は勢いよく亮の腫れた顔を踏みつける。亮はうめき声を上げた。


慎吾は威圧的な声で言い放つ。


「――俺が納得するまで、誰一人、この部屋からは出さない。」

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