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第6話 雷のごとき対決

室内は、しんと静まり返っていた。


墨村慎吾の容赦ない強硬さは、その場にいた全員を圧倒した。今後どんな報復が待っていようと、この瞬間、誰一人として彼に逆らおうとは思わなかった。


小山靖子は、火照る頬を押さえながら、怒りよりも恐怖に支配され、震える手で冷泉千尋に電話をかけた。涙声で、墨村慎吾の暴挙を訴える――冷泉亮がどれほど酷く殴られ、辱められたか、自分も平手打ちを受けたことまで、切々と語った。


電話口の冷泉千尋は、最初は信じられない様子だったが、小山靖子の訴えを聞くうちに、次第に疑いの気持ちは消えていった。


墨村慎吾は、小山靖子が電話を終えるのを冷ややかに見届けると、黙って水を注ぎ、一口飲んでから静かに言った。


「じゃあ、迎えに来るのを待とう。」


小山靖子は唇を震わせながらも、もう何も言い返せなかった。慎吾のその姿は、追い詰められた獣のように狂気と危険に満ちていた。もはや、彼は全てを捨てて開き直っているのだ。


星野興産株式会社、最上階の社長室。


小山靖子の泣き声を聞き終えた瞬間、冷泉千尋は怒りに震えた。


「すぐに! 全員、下に集合させて!」内線電話に怒鳴りつけ、乱暴に切る。


机の上には、まだインクの乾かぬ離婚届。冷泉千尋の目は、怒りで燃え上がっていた。


「墨村……少しは面子を立てて、円満に別れようと思っていたのに。どうしてここまで、私に逆らうの? 弟を殴り、私の秘書まで手を出すなんて! 刑務所で三年過ごしたら、そんなに荒れたの?」


「よし、今日こそ思い知らせてやる。あなたなんて、私の目には何の価値もないってことを!」


冷泉千尋は上着をつかみ、殺気をまとってオフィスを出た。エントランスには、精鋭のボディガードと二十名の警備員が待機している。車列は疾風のごとく、墨村慎吾の自宅へと向かった。


現場に到着すると、冷泉千尋はドアを開けて中の光景に息を呑んだ。


小山靖子の頬には鮮明な手形。弟の冷泉亮は、床に泥のように倒れ、顔は腫れ上がり、もはや元の面影もない。その隣で、すべての元凶――墨村慎吾は、ソファに悠々と座り、静かにお茶を飲んでいた。


その光景は、冷泉千尋の怒りにとどめを刺した。


「慎吾、この野郎!」


数歩で慎吾の前に詰め寄り、手に持ったカップをはたき落とす。熱いお茶が床に飛び散った。彼女は指を突きつけ、怒りに震える声で叫ぶ。


「離婚のことで恨んでるのは分かる。でも、どうして……どうして私の弟をこんな目に合わせるの? あなたは本当に、人間の心を失ったのね!」


人でなし?


慎吾は無表情で、目の前の怒りに歪んだ顔を見つめた。胸の奥に、どうしようもない悲しみが込み上げる。


これが、かつて自分が愛し、三年も身代わりで刑務所に入るほどだった女性なのか。わずか三年で、金と権力はここまで人を変えてしまうのか。


時がそうしたのか、それともまばゆい成功の光がそうさせたのか。


慎吾には分からなかった。ただ一つ分かるのは、もう目の前の千尋は、自分の知っていた人ではないということだけだった。


ゆっくりと立ち上がり、千尋の背後に控える警備員たちを一瞥する。恐れは微塵もなく、ただ冷たい絶望だけが残る。


「千尋、ここがどこか、よく考えてみろ。」


声は鋼のように冷たく硬い。


「お前の弟が人を連れて押しかけてきた。俺が黙って殴られろって言うのか?」


事実は明らかだ――冷泉亮が人を連れて慎吾の家に押し入ったのだ。


だが、千尋にとって真実など意味がなかった。彼女の目に映るのは、無惨に打ちのめされた弟だけ。それが、彼女にとって唯一の家族だった。


「亮に非があったとしても、あなたが罰する筋合いはない!」


千尋は、声を荒らげて遮る。その言葉は、どこまでも冷たく、どこまでも刺々しい。


「自分を何様だと思ってるの? いい加減にしなさい!」


千尋の変わり果てた姿を見て、慎吾の悲しみは、ついに氷のような怒りへと変わった。


これが、冷泉家か。これが、千尋なのか。これが、亮なのか。


自分がどれだけ尽くしても、返ってくるのは裏切りと嘘ばかり。どれほど虚しく、どれほど皮肉なことか。


「千尋、こんな風になって、後悔しないのか?」


慎吾の声は低く、言葉一つ一つが刃のように鋭い。


「善悪も分からず、恩を仇で返す。それでも、自分に誇れる過去の影が残っているのか?」


「昔の私の何がいいのよ!」


千尋は、まるで痛いところを突かれたかのように叫ぶ。


「貧乏で、弱くて、無能で、ただ善人ぶってるだけ。本当に情けない! そんな私にはもう二度と戻りたくない。思い出に浸りたいなら、勝手に一人で泣いてなさい。私たちの間には、もう何の縁もない! これが最後のチャンスよ!」


深く息を吸い、最後の絆を断ち切るかのように言い放つ。


「恩を仇で返すって言いたいの? なら、今日で本当に終わりにしましょう。今すぐ神奈川県から出て行きなさい! 今日だけは見逃してあげるけど、亮も私たちも、二度とあなたを許さない! 今すぐ消えなさい。これで過去の恩はチャラよ!」


さらに、吐き捨てるように、冷たく言い放つ。


「離婚届に書いた補償――金も家も、一円たりとも渡さない。あなたには何も受け取る資格はない。命を拾っただけ、ありがたく思いなさい。さあ、出て行きなさい!」


金?


慎吾は、思わず皮肉な笑いをこぼしそうになった。心に残るのは、ただただ冷たい虚しさだけだった。


彼は最初から、千尋の何も欲しいと思ったことはなかった。補償など、彼女の一方的な施しに過ぎない。自分の拒絶は、彼女たちにとっては信じがたいことなのか。自分は、彼女たちの目には一体何に映っているのか。


「いいだろう。」


慎吾の目は鋭く、もはや一片の情も残っていなかった。


「これから先、冷泉家がどう出るか、見せてもらおう。」


「言ったはずだ。お前が来たのは、亮を連れて帰るためだ。」


そう言って、床に倒れる亮を指し、毅然と言い切る。


「俺はここにいる。誰でも、かかってこい。」


そして最後に、慎吾は大きく腕を振り上げ、千尋に向かって憎悪と決別を込めて怒鳴りつけた。


「今すぐだ! 全員連れて――出て行け! ここは俺の家だ!」

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